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今を生きてみないか  作者: いわまこうぞう


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野球観戦

今日は久々の飲み会。注文した料理が次々と提供された。

「ちょっと待って。写真撮らせて。」

同僚は料理が来るたびにスマホで写真を撮っていた。注文したものはいつも写真を撮ってSNSでUPしている、と同僚は言っていた。


写真をSNSでUPする趣味の人が散見される。

趣味に対しては何も言う気はない。自分の趣味のために周囲の人の行動を制限するのはどうなんだろうという違和感は感じているが…。


その同僚が先日野球を見に行ったという。

「推し選手のホームランが見れた」

嬉しそうに動画を見せてくれた。

「この動画をSNSにUPしたらバズったんだ」とも言っていた。


ピッチャーが投げてバッターが打って、打球がグングン伸びてスタンドインするまでが完璧に撮られていた。

確かによく撮れていた。完璧と言ってもいいと思う。


この動画に私は違和感を覚えていた。

動画を撮るためには打った瞬間というか打つ前からスマホで構えていたんだろう。この瞬間を完璧に撮るためには恐らくずっとグラウンドではなくスマホ画面を見ていたんだろうと思う。

ホームランの瞬間に拍手さえしていなかったんだろう。

これって野球を見に行ったのだろうか。スマホ画面を見に行ったのではないだろうか。「ホームランが見れた」ではなく「ホームランが撮れた」ではないだろうか。


私は大きな声を出して推し選手を応援する観戦方法しかしたことがない。スマホに映った選手ではなく、この目で選手の打席を見ている。

記録は思い出を楽しむための「手段」であり、野球観戦の「目的」はライブ感ではないのだろうか。


「すごい動画が撮れたね」

他に言える言葉はなかった。


この同僚は今を生きているのだろうか。将来のための思い出を保存するという生き方なんだろうか。

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