高校生、演じてみます。
第六話
目が覚めて、すぐ分かった。
(……あ、まだ若干痛い)
二日前の出来事なのに、
肩と背中が、じわっと主張してくる。
(若い身体でもコレかよ)
原因は一つ。
コンビニ裏。
光る拳。
爆発音。
布団の中で、手のひらを見る。
普通の手だ。
昨日も何も起きなかった。
今日も、今のところは平和。
それでも身体だけは、
「あれ、現実だから」と言ってくる。
(……何がチュートリアルだ)
ゆっくり起き上がる。
今日は――
高校編入初日。
社会復帰、第二ラウンド。
(人生のペース配分おかしいだろ)
軽く肩を回す。
少し痛む。
でも、動ける。
(まずは)
(高校生から、やり直しますか)
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コンコン。
「タイガくん、起きてる?」
ノックと同時に、カーテンが開いた。
朝の光が、一気に部屋に流れ込む。
「うわ、まぶし……」
「初日なんだから、しゃきっとしなさい」
静香は慣れた様子で窓を開ける。
相変わらず、この部屋は無駄に広い。
(白川家だもんな)
「タイガくん」
その名前を呼ばれる。
(……やっぱ、慣れない)
転生した直後から、ずっとそうだ。
名前は同じ。
でも、呼ばれる立場が違う。
「朝ごはん、もうすぐできるから」
「わかった」
声は普通。
でも、どこか間が合わない。
母親。
なのに、昔の同級生。面影がちらつく。
静香はそれ以上気にせず、
「遅れるわよ」とだけ言って出ていった。
静かになった部屋で、軽く息を吐く。
(名字も、家も)
(名前と中身以外は、全部リニューアルか)
制服に手を伸ばす。
———————
ダイニングに行くと、朝食の準備が終わろうとしていた。
焼き魚、味噌汁、卵焼き。
妙にちゃんとした朝食だ。
「……旅館?」
「文句ある?」
「ない」
席に座る。
テーブルが広いのは、もう突っ込まないことにした。
「学校、遠くない?」
「自転車で二十分くらい。こないだ行ってみた」
「じゃあ、ちょうどいい運動ね」
そう言いながら、静香は味噌汁を差し出す。
自然な動作。母親っぽいのに、やっぱりどこか不思議だ。
食後、玄関へ。
「ヘルメット、忘れないで」
「わかってるって」
エレベーターで一気に下へ。
地下駐輪場はやたら広くて、静かだった。
「……そういえばこれ、やっぱ高いやつ?」
黒いロードバイクを見て、思わず聞く。
「命預けるものに、ケチらない主義なの」
そう言われると、何も言えない。
「じゃ、行ってくる」
「気をつけて」
軽く手を振って、ペダルを踏む。
(ロードバイク通学か)
(前の人生では単車だった。ずいぶん変わったな)
風を切って走り出す。
二十分先に、新しい日常が待っていた。
———————-
ペダルを踏み込む。
朝の空気が少し冷たい。
(転生したのが、この体の中学卒業の頃)
十五歳。
体はちゃんと育っていたけど、
筋肉はほぼ使われていなかった。
最初のリハビリは地獄だった。
歩くだけで息切れ。
階段は拷問。
(生まれてすぐから、動いてなかったんだからな)
営業時代、徹夜明けで外回りしたことはあるが、
あれは気合でどうにかなった。
この身体は違った。
身体が動かない、まったく言うことを聞かない。
そこから一年。
午前はリハビリ。
午後は勉強。
家庭教師つき。
祖父の「特例処理」つき。
“到達度確認のうえ、高二編入を許可”
書類上はそれだけ。
(まあ、白川家パワーだな)
とはいえ、詰め込みは嫌いじゃない。
期限と目標があれば、人間は動く。
それは身に染みている。
信号で止まる。
ハンドルに肘を預ける。
一年で取り戻した、って言えば聞こえはいい。
でも実際は、必死だった。
若い脳は吸収が早い。
そこに四十数年分の要領を乗せれば、何とかなる。
青に変わる。
ペダルを踏み込む。
(よっしゃ、高校生……演じてやろうじゃねぇか)
……営業トークは封印だな。
—————————
ロードを駐輪場に滑り込ませる。
校門をくぐると、
視線が、ほんの一瞬だけ集まった。
時期が微妙な編入生。二年。
それだけじゃない、という空気。
(噂みたいなもんがあったんだろう。まあ、そうなるか)
軽く会釈して、昇降口へ。
職員室前で立ち止まる。
コンコン。
「失礼します」
中の空気が、わずかに整う。
担任らしき男が、すぐに立ち上がった。
「白川くんだね。待っていたよ」
“待っていた”。
言葉は柔らかい。
でもどこか、扱いが丁寧すぎる。
他の教師の視線も、
好奇心というより――事情を知っている側の目。
(ああ、共有済みか)
担任は書類を整え、軽い説明。
必要以上のことは何も言わない。
「体調は大丈夫かい?」
「問題ありません」
一瞬だけ、目が合う。
探るでもなく、同情でもなく。
理解している、という目。
(プロなんだな)
廊下を歩く。
担任の歩幅は、微妙にゆっくりだ。
気遣いか。
それとも形式か。
どちらでもいい。
教室前。
中のざわめきが、扉越しに聞こえる。
担任が軽く息を整える。
「大丈夫かい?」
その確認が、すべてを物語っている。
「はい」
ドアが開く。
視線が集まる。
(さて)
(白川家の坊ちゃんでも、奇跡の少年でもない)
(ただの編入生、だ)
一歩、前へ出た。
———————————
体育館。全校集会。
校長の話が続く。
(この感じ、懐かしいな….)
校長テンプレの無駄に長い挨拶なんか、ブラック企業の全社会議に比べれば、優しいBGMだ。
前の列の男子が小声で言う。
「ねむ……」
(少年、分かるよ。昔はオジサンもそうだった)
教室に戻る。あらためて担任から紹介
「今日から編入の白川だ」
視線、どん。
(飛び込み営業のときより視線は軽い)
「白川大河です。よろしくお願いします」
以上。
(余計なことは言わない。ボロが出る)
拍手、ぱちぱち。
(うーん。反応は微妙)
休み時間。
即、囲まれる。
(さっきの反応は?)
「ロードバイク乗ってんの!?ドコのヤツ?」
「白川ってあの病院の!?」
「マジで奇跡の人じゃん!」
(肩書きが強い)
「まあ、運はいいほうかも」
「なんか大人っぽくない?」
(中身オジサンだからな)
女子が少し遠慮がちに聞く。
「…昔のこと、覚えてないって本当?」
教室が一瞬静まる。
「ああ、赤ちゃんの時からだから、さすがに」
間。
「赤ちゃん!?」
爆笑。
「現在ほぼゼロ地点じゃん!」
「チュートリアルの最中!?」
(……..デジャヴ⁈それは否定できない)
「今はちゃんとアップデート済みだ」
「何その言い方!」
わちゃわちゃ。
距離が近い。
遠慮は薄い。
でも悪意はない。
(高校生、エネルギーが素直だ)
放課後。
帰ろうとしたらまた捕まる。
「部活どうすんの!」
「LINE交換な!」
「文化祭ガチだから覚悟しとけ!」
(情報量が多い)
スマホを出しながら思う。
(前世より人間関係がフラットだな)
通知が増えていく。
騒がしい。
でも。
悪くない。
(呪い退治の前に)
(まずはクラスに対応からだな)
夕方の光が差し込む。
俺は、ブラック業務を少しだけ忘れ、
青春に淡い期待をよせる、中身はアラフォーの高校生だ。




