リスタート!母は委員長⁉️
第四話
ピッ、ピッ、ピッ。
規則正しくて、正直ちょっと眠くなる音だ。
(あー……うん、これ病院だな)
目は、開かない。
正確には——開けられそうだけど、やめておいた。
なんとなく、だ。
今じゃない気がする。
理由は説明できないけど、そういう勘だけは働いてる。
匂いで分かる。
消毒液。機械。ひんやりした空気。
身体を動かそうとしてみる。
……はい、無理。
(知ってた)
不思議と焦りはない。
むしろ落ち着きすぎてるくらいだ。
まぶたの裏がうっすら明るい。
白い天井。たぶん。
(病院スタートの人生リスタートとか、テンプレ感すごいな……)
近くに人の気配がある。
椅子が軋む音。服が擦れる音。
近い。
(起きたら絶対、騒ぎになるやつ)
口を動かしてみる。
声は——出そうだ。
⸻
しばらくして、気配が増えた。
足音。
何人かが、ベッドの周りに集まってくる。
白衣の擦れる音。
低めの声と、少し高い声。
「……呼吸、安定してますね」
「脳波も、反応が出てる」
専門用語が飛び交う。
正直、よく分からない。
(あー、これ完全に“見つかった”な)
まぶたの裏が、少しだけ明るくなる。
光を当てられているらしい。
反射的に、ほんのわずか眉が動いた。
「……今、動きました?」
空気が、変わった。
(やべ)
その瞬間だった。
――頭の奥に、聞き覚えのある声。
『いい? まだよ』
軽い。
驚くほど、いつも通りのトーン。
『いきなり喋らないで』
『声帯は動くけど、使わない』
『音を出すなら、喉を鳴らす程度』
(マニュアルかよ)
『あなた、今まで“そういう状態”だったの』
『急に意思疎通したら、分かるでしょ?』
確かに。
医師の声が、少し弾む。
「……瞳孔反応、出てます」
「記録を」
誰かが、慌てて外に出ていく。
(あ、コレ家族に連絡とかかな?)
胸の奥が、わずかにざわついた。
でも、そこに感情は乗らない。
(来ても、知らん人だしな)
喉を、ほんの少し鳴らす。
「……っ」
空気が吸われる感覚。
それだけ。
「……音、出ましたよね?」
「ええ。確かに」
ざわざわする。
でも、まだ“奇跡”扱いには至らない。
(よし、このラインでいい)
喋らない。
動かない。
ただ、若干の反応だけを見せる。
(転生初日としては、上出来だろ)
天井の白が、相変わらず眩しい。
その向こうで——
何かが、確実に動き始めているのを感じながら。
俺は、まだ黙っていた。
⸻
(……来た)
足音が変わった。
さっきの看護師より、静かで迷いがない。
白衣の人物が、視界に入る。
(また医者か?家族到着は早すぎる)
ゆっくり、ほんの少しだけ目を開ける。
光が滲む中で、人影がはっきりしていく。
——そこで、思考が止まった。
(……え)
背筋が伸びた立ち姿。
落ち着いた動き。
無駄のない所作。
若くは、ない。
確実に、時間は流れている。
それでも。
(なんで、こんなに分かるんだよ)
年齢を重ねても、あの芯の通った雰囲気は変わらない。
(……委員長)
胸の奥が、じわっと熱くなる。
小学生の頃。
教室の前に立って、自然に場をまとめていた人。
正義の味方に憧れてたガキの俺が、勝手に距離を取っていた…….憧れの女子……そして…….
視線を逸らさないまま、名札を追う。
白川 静香
(…………)
一拍。
(間違いない)
(キレイだけど、やっぱ老けたな)
俺だって、四十過ぎだ。
(それでも雰囲気は、あの頃憧れた委員長のままだ)
『慌てない』
頭の奥に、あの声。
『その人が、あなたの器の母親』
(……マジかよ)
『時間はちゃんと進んでる』
『でも縁は、切れてない』
(縁ってコレ?皮肉効きすぎだろ)
白川静香は、俺の顔を覗き込みながら言った。
「……反応は、確かにあるわね」
声は落ち着いている。
医師としての声。
ただ、その奥に。
年齢を重ねた分だけ深くなった、柔らかさがある。
俺は喉を、ほんの少し鳴らした。
それだけで。
白川静香の目が、わずかに見開かれる。
「……」
医師としての判断。
それと同時に、母親としての感情。
二つが、ほんの一瞬だけ交差した。
(呼べるわけねぇだろ)
母さん、なんて。
今の俺にとっては——
年を重ねた「委員長」だ。
目を閉じる。
(……しばらくは、黙っとく)
静かに、そう決めた。
⸻
*
(……で)
白川静香――
いや、委員長を前にして、黙ったままの俺の頭に、あの声が割り込んできた。
『はいはい。ここからが本題』
(来たな)
『まず注意。今すぐ喋るな』
(知ってる)
『今からあなた、検査ラッシュよ』
『脳波、MRI、発声チェック』
『あと当然、リハビリ』
『赤ちゃんの頃から植物状態だった身体が、
いきなり普通に動いたら、医療的にアウト』
(ですよねー)
『喋れるのもダメ。意思疎通もダメ』
『「音が出た?」くらいが限界』
『段階ってものがあるの』
相変わらず、現実的で容赦がない。
『それと……勉強』
(げ)
『あなた、中身アラフォーでしょ』
『でも外見は少年』
『最低限、中高生レベルの学力は必要』
(……最低限、ね)
正直、胸を張れる自信はない。
昔から勉強は、避けて通ってきた。
『安心しなさい』
『期待はしてない』
(余計ひどくない?)
『時間をかければいい』
『あなた達の時間で……そうね』
少しだけ、間が空く。
『一年はかかるかな』
(一年)
一年で普通の生活?無理くね?
『正直、コストは高い』
『かなり』
『本来なら、ここからはあなたの覚悟と努力しだい』
(やっぱり)
『でもまぁ』
声が、少しだけ緩む。
『あなた、呪いに触れる素養はあるし』
『縁も、思ったより強かった』
『それと、なるべく早く呪いの退治始めなきゃっ♡』
なるほど。
だから、ここにいる。
『よし、特別サービス。ギフト追加』
(お?まさか、現代社会で魔法を使える超絶チート能力を私めに?)
『————。』
華麗にスルー。
『身体の回復力を底上げする』
『リハビリ効率アップ』
『成長阻害はしない程度に調整済み』
(それは助かるけどね….。)
『イヤイヤだけど』
念押しされた。
『その分』
声が、少し低くなる。
『ちゃんと働いて、返しなさい』
(来たな、ブラック)
『正義の味方業務』
『逃げ場なし』
『途中離脱不可』
『文句は受け付けない』
(はいはい)
『それと….勉強だけは助けられない…..うふっ♡』
(あんたもか…..)
でも、不思議と嫌じゃなかった。
この身体が生きている理由。
ここにいる意味。
少しだけ、輪郭が見えた気がする。
(長期戦、確定か)
目は、まだ開けない。
声も、出さない。
それでも——
(……まぁ、やるしかねぇか)
静かに、腹を括った。
⸻
*
それからの時間は、正直――地味だった。
検査。
検査。
検査。
医師も看護師も、慎重すぎるくらい慎重で、
身体の反応一つ一つが、逐一記録されていく。
声は出さない。
代わりに、音だけ。
喉を鳴らす。
指を、ほんの少し動かす。
それだけで、周囲はざわついた。
リハビリは、地道だった。
立つ。
歩く。
転ぶ。
また立つ。
そんな最中、頭の奥にアドバイス?があった。
『言っとくけど』
『ギフトを完璧に使いたいなら――身体、ちゃんと鍛えといてね♡』
……言い方。
冗談みたいだったが、
無視できる内容でもなかった。
結果、筋トレだけは、やけに真面目にやった。
医師に止められない範囲で。
リハビリの延長という顔をして。
(働いて返せ、ってことだよな)
そこだけは、よく伝わっていた。
「焦るな」
「無理するな」
何度も言われたが、
一番分かっていなかったのは、自分かもしれない。
勉強も始まった。
読み書きと、基礎的な学力。
普通の学校に通わせたいらしい….
親の気持ちはいつだって、子供にとってはありがた迷惑だ。
中身はアラフォーだ。
理解そのものに、問題はない…..はず。
投げ出す理由はなかった。
時間はかかった。
管理者の言った通り、一年。
気づけば、
一人で歩けて、
普通に会話もする。
制服を着て、学校に通うのも、もうすぐだ。
特別じゃない。
英雄でもない。
ただの少年。
――それで、十分だった。
(……よし)
今から、ブラック業務――もとい、
正義の味方が始まる……..
——-制服、学ランじゃないんだ…..
それと、管理者って名前あんのかな?




