正義の味方は業務命令?
第二話
⸻
目を開けても、何もなかった。
天井も、床も、空もない。
白ですらない。ただの“何もない空間”。
しばらく待ってみたが、状況は変わらない。
……あれ?
「ここ、どこっスか?」
自分の声が、やけに大きく響いた。
「あなたたちの世界の認識だと……」
背後から声がした。
振り向くと、女が立っていた。
いつからそこにいたのか、まるで分からない。
年の頃は二十歳前後。
場違いなほど整った顔立ちに、冷めた目。
「“あの世”って呼ばれてる場所、かしら」
「あの世、っスか」
思っていたより、ずいぶんあっさりしている。
「……俺、生きてるんスか?」
間の抜けた質問だと、自分でも思った。
女は一瞬だけ俺を眺めてから、
「死んでるでしょ」
即答だった。
「ですよねー……」
否定されなかったことで、逆に実感が湧いてきた。
⸻
「朝倉大河。四十過ぎ」
淡々と、事務的な声。
「ブラック企業勤務のアラフォーサラリーマン」
一つ一つ、釘を打たれる感覚。
「嫁なし、子供なし、もちろん…彼女なしっと」
「人生全体的に、残念」
……言い方。
「小学生の頃は正義の味方に憧れて」
その言葉に、胸の奥がほんの少し反応する。
「中学生あたりからグレて」
「昔はヤンチャで、地下格闘技にまで手を出してた」
「地下格闘技で小銭を稼いで、ケンカだけはまぁまぁ強い。」
「そこが、あなたの人生のハイライト」
「……警察の人っスか?」
思わずズレた事を聞いてしまった。…死んでるのに。
「ええ。現世では、ね」
妙に納得してしまう自分が、少し嫌だった。
「そして最後は」
女は俺をまっすぐ見て言った。
「下心込みの中途半端な正義感で命を落とす」
「ホント、残念」
ぐうの音も出ない。
⸻
「……ただ」
女の口元が、わずかに緩んだ。
「そんなあなたに朗報です」
来た。
「あなた、運良く転生できます」
「おっ」
「異世界じゃないけど」
「……はい?」
女は小さくため息をついた。
「異世界転生なんて、
どれだけ徳積んだヤツが出来ると思ってんのよ」
「……ですよね」
「その期待、今すぐ捨てて」
夢が、秒速で潰された。
「転生するにも条件があるの。
こっちもかなりコストかかるし」
「転生先と、何かしらの“縁”が必須条件」
女は指を立てる。
「それで、転生先なんですけど」
「十五歳。まぁまぁイケメン。家柄もそれなり」
「今なら特別にご紹介できますけど?」
「不動産屋かっ」
「冗談よ」
即座に茶番は終了
「あなたは、その少年として転生してもらう」
「幼い頃の事故で魂は死滅してるけど、
肉体は生きてる」
「その少年の魂として、入ってほしい」
⸻
「……で、何すればいいんスか?」
「正義の味方」
即答だった。
「具体的には?」
「あなたを殺したみたいな“異形”を退治してもらいます」
脳裏に、あの暴漢の姿が浮かぶ。
「でも、あれ普通じゃねーぞ」
女は一瞬だけ視線を逸らし、
思い出すように言った。
「あなた、暴漢と交戦した時――
相手から、何か出てくるの見たでしょ?」
「……相手から?」
「ええ」
「暴漢の身体から、
影みたいなのが、ほんの少し滲み出てたはずよ」
言われて、思い出す。
殴った瞬間。
確かに――
あの男?から、黒い何かが一瞬だけ浮かび上がった。
「普通の人間なら、見えないし触れない」
女は淡々と続ける。
「でも、あなたは見た。
しかも、ダメージを与えてた」
「……だから?」
「だから」
女は、ほんの少しだけ口角を上げた。
「あなたには、
呪いに干渉できる“素養”がある」
「安心してください。朗報です」
話を切り替えるように言う。
「まさかの朗報第二弾⁇茶番再び?」
「ギフトを与えます」
…..は?
「リミッター解除。
人体の限界ギリギリまで身体能力を引き上げる」
「約三分」
「ウ◯トラマンかよ」
「カラータイマーは無いから安心して♡」
「そこは無いんだ……」
安心していいのか分からない。
「もう一つが〈破壊〉」
「呪いを、壊す力」
女は説明する。
「呪いはね、人間の負の感情に寄生する存在」
「それを“祝福”なんて呼んで、
人間に与えてるヤツがいる」
「呪いが寄生した人間を、あなたが攻撃すると」
「呪いは人間の内部から表に出てくる」
「完全に出てきた呪いには、核――コアが現れる」
「そこに〈破壊〉を叩き込む」
「呪いだけを退治できる……可能性がある」
「……業務内容、完全にブラックっスね」
「ええ」
女は肩をすくめた。
「選択肢は二つ」
「正義の味方か、このままお陀仏か」
少しだけ考えて、
「……ブラック上等」
「やってやろうじゃねーか、正義の味方」
女は、満足そうに頷いた。
⸻
「じゃ、行ってらっしゃい」
軽い。
あまりにも軽い。
「ちょ、待――」
女が、ふと思い出したように付け足す。
「……ああ、そうだ」
「また向こうで」
一拍置いて、
「現世で、会いましょ」
「説明不足感がイナメナイんすけどっ⁈」
意味を考える間もなく。
指を鳴らす音。
世界が、ひっくり返る。
⸻
音が消える。
次の瞬間、
(……え?)
視界が、にじむ。
低い天井。
知らない部屋。
そして――
やけに小さい、自分の手。
「……は?」
漏れた声は、
どう考えても。
少年の声だった。




