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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: G3


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1/9

イレギュラーは、夜道で起きる。

第一話



 事故は、深夜に起きた。


 雨に濡れた交差点。

 赤信号に差し込むヘッドライト。

 ブレーキ音が、わずかに遅れた。


 衝突音は一度きりだった。

 金属が潰れ、ガラスが砕け、車体は無残に横転した。


 運転席にいた父親は即死。

 助手席の母親は重傷。

 後部座席のチャイルドシートにいた、生後数か月の赤ん坊だけが、奇跡的に無傷だった。


 警察は事故として処理した。

 居眠りか、判断の遅れか、あるいは雨による視界不良。


 だが、現場を見た一部の人間は、言葉にできない違和感を覚えていた。

 ブレーキ痕の位置。

 衝突角度。

 そして、事故車の周囲に残された、説明のつかない“空白”。


 結局、それは掘り下げられることはなかった。

 事故は事故として処理され、

 記録だけが静かに残った。


 ――時は流れる。



 暖簾をくぐると、油と出汁の匂いが鼻を突いた。


「いらっしゃ……って、はいはい。今日もお疲れさん」


 カウンターの向こうで、幼馴染が軽く顎をしゃくる。

 坂本翔太。四十を過ぎ、父親からこの店を継いだ居酒屋の大将だ。


「いつもの」


「はいよ。はい、生」


 グラスが置かれる。

 説明はいらない。ここは、そういう店だった。


「……はぁ」


 一口飲んで、思わず息が漏れる。


「その溜め息、仕事か? 女か?」


「どっちもだよ」


「はいはい」


 翔太は焼き鳥を返しながら、苦笑する。


「まだマッチングアプリやってんの?」


「一応な。マッチはする」


「で?」


「既読がつかねぇ」


「写真変えろって言っただろ」


「変えたわ。若い頃のは詐欺って言われたから、最近のにした」


「それが原因だろ」


「うるせぇ」


 二人で笑う。

 笑える程度には、もう慣れていた。


 テレビでは音量を落としたニュースが流れている。

 連続通り魔殺人事件。

 犯人は、まだ捕まっていない。


「物騒だな」


「近所で出たら洒落にならんぞ」


「夜道は気をつけるわ。一応」


「お前が言うと説得力ねぇな」


「もう若くねぇっての」


 そう言いながら、腹を軽く叩く。


「昔はヤンチャで、地下格闘技にまで手ぇ出してたくせにな」


「今やったら一発で腰いく」


「だろうな」


 焼き鳥を焼きながら、翔太がふと思い出したように言う。


「そういやさ……成人式の日、覚えてるか?」


「……タイムカプセル」


「それそれ」


 翔太はニヤッと笑う。


「お前、小学生の頃さ。

 将来の夢、正義の味方になるって書いてなかったっけ?」


「……やめろ」


「ガチで書いてたぞ。ノートに」


「ガキの頃は純粋だったんだよ」


「今は?」


「見ての通り、くたびれた四十過ぎのサラリーマンだ」


「夢も現実も、だいぶ方向変わったな」


「言うな」


 だが、不思議と嫌な気はしなかった。


 両親の話もした。

 もう二人ともいないこと。

 姉が相変わらず口うるさいこと。

 甥にやったお年玉が高すぎた愚痴。


 マッチングアプリの愚痴。

 サブスクで観る映画とアニメの話。

 休日に、何も予定がない現実。


「俺たち、ちゃんと大人になったはずなんだけどな」


「気づいたら四十過ぎてたな」


「怖ぇよな」


 一瞬、間が空く。


「……まぁ、生きてりゃいいか」


「だな」


 グラスを軽く合わせる。


「じゃ、そろそろ行くわ」


「おう。夜道気をつけろ」


「近所だって」


「それでもだ」


 会計を済ませ、手を振る。

 俺は一人、夜の道へ出た。



 白いカーテン越しの光が、病室を満たしている。


 ベッドの上には、十五歳になる少年が眠っていた。

 身体は成長しているが、意識は戻らないまま。


 椅子に腰掛ける母親は医師だった。

 彼女は毎日、ここに来る。


 希望は口にしない。

 奇跡も、期待していない。


 ただ、呼吸を確かめ、

 今日も変わりがないことを確認する。


「……また明日ね」


 それは祈りではなく、

 いつものルーティンだった。



 夜の街。

 その女は、一人で歩いていた。


 三十代前半ほどの、どこにでもいそうな女性。


 連続通り魔事件。

 本来、今夜も“予感”はあった。


 だが、胸の奥に小さな違和感が引っかかる。


「……ズレてる」


 理由は分からない。

 だが、放っておけない感覚だった。


 その瞬間――

 遠くから、女性の悲鳴が聞こえた。


「チッ……」


 女は舌打ちし、走り出した。



 その夜、俺は家に帰る途中だった。


 悲鳴が聞こえた瞬間、身体が先に動いた。


(助けたら、いいことあるかもな)


 ほんの一瞬、そんな下心がよぎる。

 だが、路地の奥を見た瞬間、それは消えた。


 女性が押し倒されそうになっている。

 刃物が、街灯の光を反射した。


「おいっ」


 声をかけると、暴漢が振り向く。


 刃が振るわれる。

 かわす。

 一歩踏み込み、拳を叩き込む。


 ――当たった。


 だが、感触がおかしい。

 殴った箇所から、影のような“何か”が滲み出る。


「逃げろ!」


 女性を突き飛ばすようにして逃がす。


 次の瞬間、腹部に激痛が走った。


 深い。

 致命傷だと、すぐ分かった。


 それでも、最後の力を振り絞る。

 渾身の一撃。


 再び、異様な“何か”が、暴漢から漏れ出た。


 視界が暗くなる。

 倒れているのが、自分だと理解するまで、少し時間がかかった。


 ――誰か、来た。



「……あーあ」


 駆けつけた女は、血の海に倒れている男を見下ろした。


「この男、死ぬ予定じゃなかったはずなんだけど」


 本来、死ぬ可能性があったのは、襲われていた、あの女性のほう。


 筋書きは、完全に狂っている。


 だが――見た。


 人間が。

 素手で。

 異形に、確かにダメージを与えていた。


「完全にイレギュラーじゃない」


 逃走する異形へ発砲する。

 弾はかすめるが、仕留めきれない。


「……はぁ。最悪」


 倒れている男は、もう息をしていない。


 それでも。


 縁はある。

 干渉できる。

 予定外。


「……使うしかないか」


 女は、淡々と判断した。


 ――転生処理を開始する。

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