伯爵家の長女は悪魔的
「おたく娘さんもう一人いますよね」
特別調査官スターリングの問いかけにストリクス伯爵家の三人は固まった。
「娘は……」
「あの子は……」
「お姉さまは……」
口ごもる彼らを観察するスターリングの頭には伯爵家の情報が入っている。
ここはストリクス伯爵邸の応接室。
特別調査官一行を迎えた伯爵家の面々は家族四人のうち目の前でソファに座っている三人。
父親:ジェイ・ストリクス伯爵代行。
故マーレット・ストリクス女伯爵と結婚した入り婿。
妻の死後、長女アウレリアが成人するまで伯爵家の当主代行を務めている。
仕事熱心で融通の利かない性格。
母親:ロビン・ストリクス夫人。
女伯爵の死後、後妻として嫁いできた元男爵令嬢。
結婚前に愛人だったとか不倫関係にあったとかそういう事実はなく、普通に親戚の紹介で再婚した。
田舎育ちで少々迷信深いところがある。
次女:キャナリー・ストリクス嬢。
普通に再婚した親から普通に生まれた普通の16歳。
デビュタントも今年済ませている。
普通でないのは腹違いの姉がいることくらい。
伯爵家の娘ではあるが、父親が中継ぎの伯爵代行なので伯爵令嬢と呼べるかどうかは微妙である。
『ご家族全員にお会いしたい』と執事に伝えたら、この三人だけが姿を見せた。
だがもう一人いなければならないのだ、長女のアウレリアが。
長女:アウレリア・ストリクス伯爵令嬢にして次期伯爵。
故マーレット・ストリクス女伯爵が生んだ唯一の子。
なぜかデビュタントをしていないし、社交もせず、学園にも通っていない。
今年で18歳になるはずだが、貴族名鑑に名前があるだけで、顔を知るものはほとんどいない。
スターリングの任務はこのアウレリアの現状を確認することである。
疾病などで表に出せないだけで適切なケアを受けているなら問題なし。
その他の理由があるのなら、それが正当かどうかを調べ上げ、報告する。
今回、伯爵一家と面談するにあたってスターリングは事前にかなり綿密な聞き込み調査を終えていた。
情報その1:アウレリアが公式に姿を見せたのは母親の葬儀。当時アウレリアは生後半年の赤ん坊で乳母に抱かれて眠っていた。
情報その2:キャナリーの誕生日は当日の昼にパーティーが開かれ友人知人が招かれるが、アウレリアの誕生パーティーは少なくともここ十数年は開かれてない。
情報その3:キャナリーは幼いころから子ども同士のお茶会に参加しているが、アウレリアが参加したことはない。
情報その4:伯爵家に雇われた家庭教師はキャナリーにだけ指導するように言われていて、アウレリアとは顔を合わせたこともろくにない。
情報その5:退職した使用人の間で『上のお嬢様は悪魔憑きだ』という噂が囁かれていた。
情報その6:深夜、ストリクス伯爵邸から大きな黒い影が飛び立つのを目撃した。真夜中に鳥が飛ぶのはおかしいし、コウモリにしては大きすぎた。
……
総合的に判断すると、後妻による前妻の娘虐待の疑いがある。
悪魔憑きを思わせる情報もあるが、虐待の事実を隠すためのカバーストーリーと見た方がいいだろう。
この国の貴族社会には魔法使いも獣人も当たり前にいるが、悪魔憑きは噂されるだけで実在はしない。
虐待の加害者が『こいつは悪魔憑きだった。悪魔祓いのために必要なことをしただけだ』と主張することがある。
気の毒だが、多くは貴族家内部の問題として処理され、外部からは口出しできない。
今回スターリングが出張ってきたのは父親ジェイが伯爵家当主でなく代行にすぎず、長女アウレリアに対する権利が限定されているからである。
伯爵家当主が娘を虐待していてもよほどの事がない限り罪には問えないが、当主代行が真の当主を虐待していたらそれは犯罪として立件されるのだ。
アウレリア本人への面会申し込みは断られた。
執事や家族によって握りつぶされた可能性がある。
『貴族家現況調査』として送った手紙には返事が来たが、本人の自筆かどうかは確認できなかった。
現役の使用人たちは一様に口が重く、キャナリー嬢については『普通に可愛らしいお嬢様』だと語るが、アウレリア嬢については黙して語らない。
何かある、とスターリングの勘が告げていた。
国の特別調査官としてスターリングには伯爵家の真の当主であるアウレリアの安否を確認する義務がある。
彼は部下数名を引き連れてストリクス伯爵邸に乗り込んだ。
「アウレリア嬢に会わせていただきましょうか」
「あ、あの子は療養中ですの」
「先ぶれも無しに突然押しかけられても困りますな」
「しかしこちらのご自宅にいらっしゃるでしょう? 生存確認するだけです。特別な用意は必要ありませんよ。ご病気ならば横になられたままでも構いません」
夫妻が抵抗するが、アウレリアがこの建物内にいることは分かっている。
スターリングは鼻が利く。
使用人ではない若い女性がこの建物の四階、おそらく屋根裏部屋であろう高い場所にいることは間違いない。
なお夫妻の寝室は二階、キャナリー嬢の私室も二階にある。
アウレリアだけポツンと離れて四階だ。
虐待の疑いが濃くなってきた。
「では2時間ほどお待ちくださいませ。夕方になればあの子も夕食に下りて参りますから」
「いえ、ストリクス夫人。今すぐにお会いしたいのです」
「今すぐ……それは無理ですわ。あの子は今眠っておりますので起こして着替えさせなくては」
「身支度は不要です。そのままの状態でお会いします。階段を下りていただく必要もありません。我々がアウレリア嬢のお部屋へ伺います」
「そんな、非常識ですわ!」
時間稼ぎや証拠隠滅はさせない。
被害者に黙秘するよう言い含める時間を与えてたまるか。
「……ご案内します」
それまで無言だったキャナリーがすっくと立ちあがった。
「何を言うの、ダメよ、貴族の娘の部屋へよその男性を入れるなんて」
「そういう問題じゃないのよ、お母さま」
夫人が引き留めようとするのをキャナリーは振り払った。
「もっと早くこうするべきだったんだわ。いつまでも隠し通すのは無理よ。お姉さまのありのままの姿をこの方たちに見てもらいましょう」
「我が家の体面に傷がつく……が、仕方あるまい。どうぞ、こちらです」
「ああ神様、なんてことでしょう」
伯爵代行も立ち上がった。
夫人も嘆きながら後に続く。
キャナリーが先頭に立ち螺旋階段を上がっていく。
スターリングと部下その1(女性)がそれに続く。
伯爵代行と夫人がそれに続く。
最後に部下その2(男性)その3(男性)が続く。
もしもアウレリアが男性の目に触れさせるのをためらわれる状態だった場合、部下その1(女性)が対応する。
伯爵代行夫妻が逃亡を図った場合、部下その2その3が対応する。
「こちらですわ」
四階にある一つの扉の前でキャナリーは立ち止まった。
確かにこの扉から若い女性の匂いがする。
キャナリーは扉をノックした。
「お姉さま、私よ。起きてる?」
鍵はかかっていないようだ。
返事を待たずにスターリングは大きく扉を開けた。
部屋の中の様子をその場の全員が目撃できるように。
室内は意外にも綺麗に整えられていた。
屋根裏なので天井は斜めだが、大きな窓があり採光は悪くなさそうだ。
若い貴族女性にふさわしい明るい色合いの壁紙が貼られ、可愛らしいデザインの調度品が置かれている。
鏡の前に寝間着姿の女性がこちらに背を向けて座っていた。
アウレリアと思われるその人物は華奢なスツールに細い腰を下ろし鏡に向かったまま振り向こうとしない。
薔薇の花模様のヘアブラシを亜麻色の髪に当てのんびりと梳かしている。
「さっき起きたところよ。まだ眠たいけどね。もう夕食の時間?」
「そうじゃないわ。人が来てるのよ。緊急事態よ」
「緊急事態? 人って誰が?」
アウレリアはやっと大勢の人の気配に気づいたようで、ゆっくりと振り向いた。
体は後ろ向きのまま、首から上だけをぐる~りと180度回転させて。
人間の首が。
180度回った。
後ろ向きの背中と正面を向いた顔。
その組み合わせには現実感がなかった。
近くで絹を裂くような悲鳴がほとばしった。
部下その1(女性)が叫んでいるなあ、女の悲鳴ってうるさいなあ、とスターリングはどこか遠くの出来事のように感じていた。
初めて見たアウレリアの顔は整っていた。
顔と背中の向きが180度違っていなければ、美人だと思えたことだろう。
首が回転して顔が真後ろを向いてると造作が整っていても美人に見えないという事実をスターリングは発見した。
※
「娘はフクロウの獣人なのです」
伯爵代行は苦々しい表情で語った。
衝撃的な対面の後、一同は応接室へ戻っていた。
アウレリアも身なりを整えて合流した。
彼女は至って健康そうだった。
きちんとした装いをしてニコニコと笑っている様子は文句なしの美人だ。
虐待の事実はないと判明した時点で立ち去っても良かったのだが、スターリングにはいくつか確かめたいことがあった。
「失礼ですが、アウレリア嬢はどうしてデビュタントしなかったんですか」
「フクロウの要素として夜行性が顕著に表れてしまいまして。昼間は熟睡して起きないのです。無理やり起こしても眠気が強いらしく一人で立っていられません。ましてやダンスなど」
デビュタントは日中に行われる。
「夜行性の獣人が人間社会に合わせる苦労はわかりますが、それほどまでに眠気が?」
「睡眠障害だと医師の診断を受けております。これの母親もフクロウの獣人でしたが、この子ほどの強い眠気はありませんでした。この子は幼い頃から完全に昼夜が逆転した生活で、夕食時に起き出して、夜中に一晩中活動し、朝方に眠りにつくという有様でして」
「では学園に通っていないのは」
「昼間起きられないので通いようがないですな」
ハハハ、と疲れたように笑う伯爵代行。
その横ではハンカチを握りしめた夫人が嘆いている。
「なんとか昼間に行動できるよう躾けようとしたのですけれど、力及ばずこんな年まで。お茶会に連れて行こうとしても熟睡して起きないのです。自宅に招けばと思っても、小さいお子さんを夜中に招待するわけにもいかず。昼間ではこの子を椅子に座らせておくことさえできないのです。誕生パーティーも身内だけで夜中にひっそりと祝うしかありませんでしたわ」
子供の頃はそうでも、今は18歳なんだから夜会にでも連れて行けばよかったじゃないか、とスターリングは思った。
まあ今まで社交してこなかったのがいきなり夜会というのもハードルが高いのだろうが。
「ご心痛お察しします。ところで失礼ですが『悪魔憑き』という噂に心当たりは?」
「ああ、まだそのような噂が!」
「お母さまは悪くないわ。そんな噂をする人が悪いのよ。調査官様、誤解なのです。お母さまはお姉さまの昼夜逆転を直そうと必死だっただけなのですわ」
うめき声を上げる夫人に変わってキャナリーが説明を引き継いだ。
「お姉さまの睡眠障害が少しでも改善できればと、お医者様だけでなく、まじない師、祈祷師など色んな人に相談したのです。その中の誰かが無責任な噂をばらまいたのですわ。ちょっとお姉さまの首が人より余分に回るからって、暗がりで目が光ったとか、大げさに」
「目が光るのは本当よ。私の目って暗闇でもよく見えるのです」
アウレリアは大きな瞳をキラキラさせて楽しそうに微笑んでいる。
時々小首をかしげる動作をするのだが、横に倒す角度も常人より可動域が広いらしく、90度は倒れている。
令嬢の首が横90度にコキッと曲がる様子は心臓に悪い。
「ではアウレリア嬢の部屋が四階にあるのはどうしてですか」
「夜のお散歩に行くのに高い所からの方が飛びやすいからですわ」
アウレリアはさらりと答えたが、飛びやすいとはどういうことか。
普通、令嬢は空を飛ばない。
「フクロウに変身できるのですか?」
「ええ。こんな風に」
アウレリアは袖から出ている腕の片方だけを翼に変えて見せた。
ほっそりとした女性の腕から風切り羽根の生えた鳥の翼へ、サッと変えてシュッと元に戻す。
部分変身か。
1秒とかからずに腕を翼に、そしてまた翼を腕に瞬時に変えられるとは器用なものだ。
「伯爵邸から真夜中に大きな影が飛び立つのを見たという目撃情報がありましたが、それは」
「お散歩に出る時の私ですわね」
全身まるごとフクロウに変身して夜な夜な『お散歩』してたのだろう。
ケロッとした様子のアウレリアに『人騒がせだからやめろ』とは言いにくい。
「遠くには参りませんのよ。おうちの周りをぐるっと回るだけですの。令嬢たるもの一人で外に出てはいけないと分かってはいるのですけれど、月が綺麗な夜などはつい窓から飛び出したくなりますの」
「気持ちはわかりますが」
満月の夜にはスターリングも浮かれて外を飛び回りたくなる。
子供の頃は屋根の上を走り回って母親にこっぴどく叱られたものだ。
アウレリアは急に不安そうな顔になった。
「あの、やはりいけないことだったのでしょうか? 音を立てずに静かに飛ぶので誰にも迷惑はかけていないと思っていたのですが、ご近所から苦情がありましたか?」
「お姉さまは誰にも迷惑なんかかけてないってば。苦情を言ってくるような心の狭い人がいるなら私が文句言いに行ってやるわ!」
キャナリーは姉の味方であるらしい。
姉妹の仲がいいのは良いことだ。
「しかし夜行性のままでは今後の社会生活に差し支えるのでは?」
貴族の当主の仕事は夜中ではできないこともあるだろう。
会議とか視察とか。
この昼夜逆転したフクロウ獣人令嬢に伯爵家の当主が務まるのだろうか。
日中は爆睡して起きず、夜に屋敷の上空を音もなく旋回している女伯爵って……。
「理解のある婚約者を探してはいるが……」
「難航しているんですね。わかりました。調査にご協力いただきましてありがとうございます。本日はお騒がせいたしました。これで失礼いたします」
伯爵代行が濁した言葉の先を補足し、さっさと退出の挨拶をする。
事件性がないとわかった以上、長居は無用だ。
自分の仕事は調査結果を報告すること。
アウレリアが当主として不適格かどうかは上が判断するだろう。
部下を連れて立ち去るスターリングの後ろ姿をアウレリアのよく光る二つの眼が見ていた。
※
数日後。
「婚約の申し入れ?」
「そう、君にだよ。スターリング君」
「誰からですか」
「ストリクス伯爵家からだよ」
「まさか」
「アウレリア嬢と婚約して彼女を支えて欲しいそうだ」
「なんで?」
上司を介して婚約を申し込まれてしまった。
スターリングは下級貴族の息子で狼の獣人だ。
伯爵家に婿入りするような身分ではないが、スターリングが匂いでアウレリアの存在を嗅ぎ取ったのと同じように、アウレリアもスターリングの正体、元来夜行性でありながら人間社会に適応して生活している獣人であることを嗅ぎ取ったらしい。
「夜行性に理解があって昼間に動ける頼りがいのある男が欲しいんだってさ。君、条件にぴったりだよね。いいじゃないか、アウレリア嬢は美人で裕福。良縁だよ」
「良縁って」
いくら美人でも首を前後に180度回す女なのだが。
横にも90度倒せちゃうのだが。
「断るなら自分で断りたまえ。ま、これを断ったら君の出世はないだろうけどね」
『実質強制じゃねえか』と思ったが口には出せない。
上司の『君も満更嫌でもないのだろう?』と言いたげな生温かい視線が腹立たしい。
同僚たちの『やったな逆玉じゃないか』『今夜おごれよ』と口々に肩や背中を叩いていくのにもげんなりする。
そりゃあ美人だなとは思ったよ?
首だけ回して振り向いた時はギョッとしたけど、体ごと正面向けば普通に明るくしゃべるし。
満月の夜にフクロウ姿と狼姿でじゃれあったら楽しいかな、とちらっとは思ったよ。
だからって本当にデートしたわけでもないし、一度会ったきりでお互い誘い合うこともなかったのに、いきなり伯爵家の権力使って外堀埋めるか?
可愛い顔して強引か?
伊達に当主教育受けてないってか?
フクロウ令嬢、中身は女傑か?
『目がよく見える』って獲物をロックオンするのが速いってことか?
狙った獲物は逃がさないってか?
綺麗な眼をして、可愛い顔して……!!
アウレリアの顔が脳裏に浮かんだ。
瞳をキラキラさせていたずらっぽく笑っている。
小悪魔め。
俺は抵抗を諦めた。
「はあ、ありがたく……お受けします」
<完>
ファンタジーとしてもコメディとしても弱いので恋愛ジャンルにしましたが、恋愛物としてはむしろここから始まるのかもしれません。
寝起きの姿をスターリングに見られたアウレリアの気持ちとか、婚約してから二人がどう歩み寄っていくのかとか、悲鳴上げてた部下は割り込んでくるのかとか。
続きは皆様のご想像にお任せします。




