第9話 不吉な夢
今回、スタートはセリエルですが、半分以上はナチ視線でのお話です。
ここは――――――
何も聴こえない空間で、セリエルは目覚める。ゆっくり起き上がってみると、周囲には水晶のような石が大量に存在している。しかし、人の気配も声を感じない。
これは・・・夢・・・?
頭の中にもやがかかったようで、あまり深く考える事ができないセリエル。本能の赴くがまま、彼女はこの不思議な空間を歩き出す。しかし、少し歩くと目の前に見えない壁がある事に気がつく。
見えない壁を“硬い”って感じるなんて。・・・。どれだけ、現実的な夢なのかしら・・・
セリエルは見えない壁を右手でコンコン叩きながら、辺りをきょろきょろと見回す。
「あれ・・・は・・・もしや・・・?」
数秒後、何かが自分に近づいてくるのを感じたセリエルは、目を細めてそれが誰かを見極めようとする。
しかし、思いにもよらない人物であった。
「あなた・・・!!!」
セリエルは、驚きの余り、声を失う。
彼女の目の前にたどり着いた人物は、銀色の髪にライトグリーンの瞳をした20歳くらいの男性であった。しかも、瞳の色と性別以外は、セリエルと本当に瓜二つの顔をしている。
「・・・あなたは・・・そのままでいいの・・・?」
男の顔を見ながら、セリエルは呟く。
しかし、銀髪の男は聞こえていないのか、全く表情を変えない。
声は聴こえないけど、あの顔は間違いない・・・。私と違って、何も知らされていない、“彼”だわ・・・
セリエルはつばをゴクリと飲み込んでから、口を開く。
「・・・“イル”を求めている・・・のよね?」
「?」
相変わらず、何を言っているか聴こえていないらしく、不満そうな表情で首をかしげる。
「イルよ。イ・ル!!!…あれは、探さない方が・・・」
その先を言おうとした瞬間、周囲と自分の目の前が真っ暗になっていく。そうして、“彼”が持つライトグリーン色の瞳がチラッと見えた直後、完全に真っ暗になってしまう。
「待って・・・!!!」
全身に汗をかきながら、セリエルは目覚める。
「夢・・・」
横に振り向くと、隣のベッドにはフラメンがすやすやと眠っていた。
なんだったの・・・あの夢は・・・!!?
セリエルは、自分の心臓が強く脈打っているのを感じていた。そして、数分が経過し、頭の中が落ち着いてくると、すぐに理解した。
この夢は・・・異世界にいる“彼”が、“イル”に近づきつつあるって事みたいね・・・
起き上がったセリエルは、水を飲みながら、先ほど見た夢の事を思い返していた。
列車ジャックに遭ったセリエル達一行は、無事に旅行先の宿にたどり着いた。時間も遅かったため、明日に備えて早めに就寝していたのである。目が完全に覚めてしまったセリエルは、どうしようかと一瞬考えた。敵の銃弾で怪我をした左腕を見ながら・・・。その後、自分の身体が思いのほか汗だくな事に気がつく。
・・・温泉にでも入ってこようかしら・・・
そう思い立ったセリエルは、仕度をした後、フラメンを起こさないようにと、静かに部屋の扉を開ける。
※
「あー・・・気持ちいいなぁ・・・」
温泉につかりながら、ナチはポツリと呟く。
今日はバタバタしていたから、全然満喫できなかったな・・・
視線を上に向けながら、ナチはボンヤリとしていた。
宿に到着後、クウラと同室になったナチは男2人で、何気ない会話をしていた。しかし、昼間にテロリストと対峙していたので、疲れが溜まったクウラは真っ先に寝付いてしまった。一方でナチは、疲れてはいたが、クウラほど身体を動かしたわけでもないので、変に目が覚めていた。
そういえば、「早めに寝よう」って提案したのは、フラメンだったよな・・・
この時、ナチの頭の中には親しそうにしているクウラとフラメンの顔が思い浮かぶ。
「・・・いいなぁ・・・」
クウラとフラメンは自分の親友だから、「つきあう」と報告を受けた時も、特に心が痛まなかった。しかし、仲むつましい2人を羨ましく思うのは事実・・・。
複雑な表情で、俯いていた。
「・・・あれ?」
しばらく俯いていたナチだったが、少し離れた場所から物音がする。
しかし、この温泉は翌朝の5時くらいまで使えるので、誰かが入りにきても不思議でもない。
・・・もしや・・・
ナチの背後に男子更衣室の扉があったのを思い出した瞬間、彼は嫌な予感を感じる。ペタペタと、裸足で歩く音が少しずつ大きくなって、彼の方に近づいてくる。
「・・・え」
「あら・・・?」
気がつくと、そこにいたのはタオルを巻いて入ってきたセリエルの姿だった。
「ええっ・・・!!?」
セリエルさんがその場で叫び、2人して顔が真っ赤になっていた。
「あ・・・そっか!セリエルさんはこの旅館初めてだったから、混浴だって事を知らなかったんだよね・・・」
ナチはあたふたしながら、セリエルから視線をずらす。
「・・・泊まる前に、一言言ってほしかったわ・・・」
セリエルさん・・・
横を向いて顔を真っ赤にしながら、そう呟く彼女が、なんだかとても可愛いかった。
「・・・身体、洗うから」
ボソッと呟いた後、セリエルは桶のある方へ歩いていった。
「・・・夢?」
「ええ・・・。それでちょっと、うなされていたみたい・・・」
セリエルは口を動かしながら、自分の髪と身体を洗う。
一方でナチは、彼女の身体を見ないように、湯船の中で反対の方向を向いていた。
「内容は訊きませんが・・・どんな夢だったんですか?」
「・・・物凄い、不吉な夢・・・」
彼の台詞に返答したセリエルの声が、とても低く感じられた。
この女性が抱え込んでいるものは・・・想像もできないくらい、重いモノなんだろうな・・・
そう考えながら、無意識にセリエルの方向を見ていた。
・・・え・・・
先ほどはタオルで隠れていたために気がつかなかったが・・・セリエルの背中には、一面に謎の形をした刺青が掘り込まれている。その凄さに、ナチは声を失ってしまう。
「・・・ナチ・・・?」
「・・・はっ・・・!」
後ろ向いたままのセリエルが、彼の名前を呼ぶ。
その台詞で我に返ったナチは、元向いていた方向に向きなおした。
そうして、数分が経過し、身体を洗い終えたセリエルは、タオルを巻いて湯船の方に歩いてきた。
どうしよう・・・刺青の事、訊かない方がいいのかな・・・?でも、嘘をつくのも良くないし、正直気になる・・・
先ほど見た背中の刺青について、尋ねようか迷うナチ。つばをゴクリと飲んだ後、意を決したような表情で、口を開く。
「あの・・・セリエルさん・・・」
「・・・何?」
「・・・さっき、偶然見ちゃったんですけど・・・」
「・・・何を・・・?」
ナチは正面で彼女を見ずに、話を続ける。
「背中の刺青・・・それ、どうしたんですか・・・?」
「・・・・・」
ナチの台詞を聞いた直後、深刻な表情をしながら、セリエルは黙り込む。
・・・やっぱり、触れて欲しくない事だったのかもな・・・
そう重いながらため息をついていると・・・
「・・・“人ならざる者”の証・・・」
「え・・・」
緊張したような声で言った言葉は、何を意味するのか、一発では理解できなかった。
「・・・これは、私が“星の心”である何よりの証拠。そして、それと同時に“異質な生き物”を知らしめる刺青・・・」
その台詞に、ナチはかける言葉が見つからず、黙り込んでしまう。
「・・・こんな身体であったり、周囲のおかげで、自分がそういった存在であるのは、十分なくらい理解しているの。でも・・・」
「でも・・・?」
「クウラとフラメン・・・あの子達を見ていると、“自分も人間のように生きたい”って時々考えてしまうの。・・・可笑しなモノよね・・・」
この時、セリエルの顔を正面で見たナチはすぐに気がついた。
セリエルの瞳が少し潤んでいる事を――――――
「・・・ごめんなさいね、ナチ。・・・辛気臭い話になっちゃって・・・」
涙をこらえるようなかんじで、セリエルは後ろに向き返す。
「・・・この刺青、一部で古代文字が描かれているらしいの。・・・貴方だったら、少しはわかるわよね・・・?」
そう呟いたセリエルは、巻いていたタオルを外し、ナチに背中の刺青を見せる。
「あ・・・」
よく見ると、1つにつながっているように見える刺青には、所々に古代文字が描かれている。
「・・・古代の人間は、“星の意思”がこの文字を使っていたから、自分たちも使うようになったみたいね・・・」
そう呟くセリエルの背中を、ナチは右手でそっと触れる。
華奢な肉体・・・。こんなに女性らしいのに、世界の命運を握る“鍵”の役割を持っているなんて・・・
ナチは、セリエルが1人でどれだけ思い悩んでいるのかと、胸が苦しくてたまらなかった。
「・・・ナチ・・・?」
何が起きたのかわからないような表情で、後ろにいるナチの方を向こうとするセリエル。
しかし、それはできないだった。なぜなら、ナチが後ろからセリエルを抱きしめていたから・・・。
「セリエルさん・・・」
「・・・何・・・?」
セリエルは、頬を赤らめながら返事をする。
「自分が“異質な存在”だとか・・・。そういった言葉で自分を痛めつけないでください・・・」
「・・・・・」
「貴方が、本当に“世界を滅ぼす存在”であったとしても・・・俺にとって貴方は友人であり、大事な女性なのだから・・・」
そう言ったナチは、先ほどよりも強く抱きしめる。
「痛っ・・・!」
「あ・・・ごめんなさい・・・!」
左腕を怪我していたセリエルは、思わず声を出してしまう。
その直後、抱きしめていた腕をパッと放す。
セリエルさん・・・。貴方は、そのままでいいんだ。そんな貴方を俺は・・・
ナチは、心の中で呟いていた。すると・・・
「・・・・ありがとう・・・・」
セリエルが柔らかい声で呟いた。
その直後・・・ナチの方に向きなおしたセリエルは、彼の唇にそっと口づけをする。
彼女を脅かすモノを失くす事はできないけれど・・・俺が側にいる事で、励みになってくれたら・・・嬉しいな・・・
そう思いながら、セリエルを正面から優しく、包み込むように抱きしめる。
ナチとセリエルは、この夜を境により親しい関係になったのは、言うまでもない。こうして、つかの間の幸せは、あっという間に過ぎて行くのであった――――――――
いかがでしたか。
実はこの回を書いている途中、何でか『NANA』のコミックを久しぶりに読み返していました。
・・・それに感化されたのかな?
とりあえず、主要キャラが男と女になれば、こんな事もありえるかな・・・なんて、思っちゃったりしいます(苦笑)
でも、”彼”とシンクロしつつある所をしっかり描けたので、当初の目的は達成する事ができました♪
更新頻度が前の作品に比べると低いかもしれませんが、『Left』と交互に連載しているので、その辺は大目に見てくださいね(汗)
引き続き、ご意見・ご感想をお待ちしてます☆