第15話 記憶を失くした少女
この回から新章ですが、この章ではほとんど(あるいは全部)ナチの視点で話を進めていきます。
なぜかは、物語を読んでいればわかるかも?
“星を切り開く民”――――――それは、古代種“キロ”の事を指す。彼らがそう呼ばれる理由は、1つ目は“星の意思”に語りかける事ができるから。そして、もう一つの理由は、「どんな環境でも柔軟に対応できるから」である。それを端的に示すモノが、“他民族との交流ができる”――――すなわち、相手の話す言語を瞬時に取得できるという能力であった。
草木がたくさん生い茂った山道で、ナチはバイクを走らせている。天気は快晴で動き回るにはちょうどいい天候であったが・・・・彼の心中は曇っていた。
とにかく・・・街へ到着すれば、事態を把握できるはず・・・!
考え事をするナチは、バイクを走らせる少し前の会話を思い出していた。
「ナチ少尉!お前に頼みたいことがある・・・」
「なんでしょうか、大佐」
イレルパタンで、ナチは上司である大佐に呼び出される。
「少尉は確か、交渉術を得意としていたな?」
「は、はい・・・!」
「そんなお前を見込んで頼みたいのだが・・・」
「・・・なんでしょうか?」
交渉術という言葉が出てきたために一瞬戸惑ったが、真っ直ぐな視線でナチは大佐を見る。
大佐はサインの入った書類を取り出してから話し出す。
「・・・このイレルパタンの南端にある、“ゲヘナ”という街を知っているか?」
「あ・・・はい。この辺りでは珍しい、機械作りが盛んな自治区・・・ですよね?」
「ああ・・・。実はそこに、俺の知り合いの技師がいるんだ。・・・壊れた軍艦を直すには、そいつの協力が必要なんだよ・・・」
「という事は・・・わたしがそこへ赴いて、その技師に協力を要請せよ・・・という事ですか?」
「そうだ。・・・頼めるか?」
大佐に尋ねられた時、ナチは話をするまでの事を思い返す。
軍艦も壊れ、外部との連絡手段がほとんどない上に、地震から避難した兵も、何人かは負傷者が出ている・・・。そして、この現場の責任者である大佐が、不在になるのが、軍人として良くない事も、ナチは理解していた。
「はい。わかりました・・・!!」
その後、「これなら、陸路を行くのにちょうどいいだろう」と、一人乗り用のバイクの使用許可をもらって、現在に至る。ギルガメシュ連邦では、軍艦で遠い地での任務についた際、偵察用として、1・2台ほどのバイクが支給される。これを使えば、歩いて行くよりもかなり早く目的地に到達できるので、ナチはすごい助かったような気になっていた。
・・・太陽光が原動力だから、今日の場合は大丈夫だよな・・・?
そうこう考えながら走ってはいるが、ジリジリと太陽が照っているため、街までノンストップで行くには、体力的にも厳しい。
あ・・・・!
走っている途中に見えた川が直結している支流だったのか、ナチの目の前に海が見えてきた。
川は流れが早くて近寄りがたかったけど・・・砂浜あたりの海水だったら・・・!
そう考えたナチは、砂浜のある海辺で、一旦休憩を取る事にする。
「はぁー!!気持ちいい・・・!!」
海辺に辿り着いたナチは、上半身だけ裸になって、海の中に入る。
バイクを走らせていたとはいえ、日差しによって汗だくになっていたナチにとっては、気持ちの良い水浴びであった。
「これで、セリエルさんや、クウラ達も一緒だったら、楽しいだろうなぁ・・・」
ザバッという音と共に立ち上がったナチは、海辺を見つめながらセリエルの事を思い出していた。
セリエルさん・・・
あの地震の後、セリエルは意識を取り戻したものの、虚ろな表情のままで声をかけても話さない・・・。そして、自分で立ち上がって動く事すらできない状態になっていた。
「私でなくなる」や「一時的なもの」と、セリエルは言っていたが、セリエルの身に何が起こったのか、全く理解できなかった。
「くそっ・・・!」
ナチは髪をグシャグシャとする。
しかし、のんびりと悩んでいる暇はなかった。とにかく今は、機械づくりの街ゲヘナに行って、アレスという技師に、大佐から預かった書類を渡す―――――今は、この任務の事だけ考えようと、ナチは決意する。
よし・・・服が乾いたら、出発するか・・・!!
そう思って浜辺へ戻ろうとすると・・・
「ん・・・?」
ナチのいる場所から少し離れた場所に、何かが打ち上げられているのが見える。
不思議に思った彼は、その“何か”の方へ向かって歩き出す。
「あれは・・・!!!」
近づいていくにつれて、ナチの視界に入ってきたのは、人であった。
水を掻き分けながら、その倒れている人物の元へ進むナチ。
「・・・シア・・・!!?」
浜辺に打ち上げられていたのは、全身びしょ濡れで、長い黒髪をした少女。
その顔は、以前、軍のホールで出会った歌姫シアのモノであったが・・・変わった服装に、ナチは首をかしげる。
「と・・・とにかく・・・!」
ナチは意識を失っている彼女を抱き上げて、バイクの置いてある岩陰の方に運ぶ。
地面に横たわらせた後、シアの首筋や腕に触れると、まだ脈を打っていた。
「よかった・・・生きている・・・!」
意識を失ってはいるが、まだ息がある事に安堵するナチ。
「でも・・・どうしてこんな・・・」
シアを見つめながら、彼女の横で座り込む。
「ゴホッゴホッ!!!」
咳をするナチ。
・・・一人でいると、やっぱり病の事を考えちゃうよな・・・
ボーッと考え事をしていると、ナチは次第に睡魔に襲われる。
「う・・・」
数分後、意識を取り戻したシアの声で、ナチも目が覚める。
「あ・・・!!」
意識の戻った彼女を見つめながら、ナチは口を開く。
「良かった・・・。大丈夫かい?」
「・・・агё・・・?」
「えっ・・・!!?」
意識を取り戻したシアは、聞いたことのない言葉で話す。
その行動に、ナチは驚く。
以前に会った時は、普通に話していたのに・・・!!?
ナチが戸惑う中、彼らの間に沈黙が走る。
シアはずっと黙り込んでいたが、数秒後、何かに気がついたのか、我に返ったような表情をしてから話し出す。
「・・・あなたは・・・ダレ・・・?」
「あ・・・。俺は、以前に国立のホールで会った、ナチ・フラトネス少尉です・・・。覚えていますか?」
“誰”と聞かれたので、とりあえずは自分の名前を名乗るナチ。
しかし、彼女の言葉に少しなまりがあるのに、違和感を感じる。シアはゆっくりと起き上がった後、ナチを正面から見つめてから話し出す。
「私は、ラストイルレリンドリア・ユンドラフ・・・。通称でラスリア・・・」
「・・・はい・・・!!?」
彼女の台詞を聞いたナチは、驚きの余りに、身体を硬直させる。
「君は・・・歌姫シアでは・・・ない・・・!!?」
「・・・はい・・・」
ナチの台詞に、ラスリアはゆっくりと頷く。
こんなにそっくりなのに・・・シアではない・・・。まさか、この世で彼女に瓜二つの女性がいるとは・・・!!
見た目は歌姫シアの顔なので、ナチは困惑する。
そして、その後、ナチはこのラスリアという少女がなぜ、浜辺で倒れていたか等の話を聞き始める。
「じゃあ、ラスリア・・・さん。君は、自分の名前以外はほとんど覚えていない・・・という事?」
「はい・・・。私が“スト”という村で暮らしていた所までは覚えているのですガ・・・村を出た後が、どうしても思い出せナクて・・・」
深刻そうな表情で話すラスリア。
ほんの少し聞こえる訛りを聴きながら、ナチは考える。
そういえば、ラスリア(この子)。最初は俺にもわからない言語を使っていたのに、どうしてすぐにギルガメシュ連邦(この国)の言葉を話せるようになったんだ・・・?
言葉に訛りがあるという事は、ギルガメシュ連邦の人ではないのはすぐわかる。記憶を失う前に学んだのか等と考えるナチ。
しかし、彼はここでのんびりしている程、時間がない事に気がつく。
「あ・・・そうだ!!」
何かを閃いたナチは、ラスリアに向かって話し出す。
「ねぇ!!俺、これから“ゲヘナ”という街に向かわなくてはいけないんだけど・・・君が良ければ、そこまで一緒に行かない?」
ナチの表情を見て、ポカーンとするラスリア。
・・・この場所に置き去りにするわけにはいかないし・・・。ゲヘナに行けば、彼女を保護してくれるかも・・・!
ナチの頭の中には、そんな考えがよぎっていた。
ラスリアは、その場で考え込むが、数秒後、すぐに口を開いて・・・
「そう・・・ですね。ここにずっといるわけにもいかないですし・・・。よろしくお願いします・・・!」
そう言ったラスリアは、ナチに軽く会釈をする。
「じゃあ、決まりだね!もう少ししたら、出発しよう・・・!!」
ラスリアに笑顔でそう答えたナチは、その場で立ち上がる。
とにかく、今は自分にできる事を、しっかりとやらなければ・・・!!
「前向きにいこう」というという想いを持ちながら、ナチは穏やかな海を見つめていた―――――
いかがでしたか。
同タイトルの『Left』を読んで戴いている方はあれ?と、思われたことでしょう。
実は今回、ナチが見つけたラスリアという少女。なんと、『ガジェイレル-Left
-』のヒロインなんです!!
以前にも、堕天使のフリッグスというキャラが両作品に登場してたりしていましたが・・・。このラスリアが『ガジェイレル-Right-』に登場するという設定は、連載開始前からずっと考えていたシナリオ。
そこをどう組み立てていくかは最近考えましたが、読み手の皆さんが「面白い」と感じて戴ければ、幸いです。
ご意見・ご感想をお待ちしています!