第13話 一つになった後の話
冒頭はナチ視点ですが、ほとんどはセリエル視線での話。
この回は、"ガジェイレル-Left-"の第12話と22話を読んでから読むと、より内容が理解できるかもしれません。
「ナチ少尉・・・。大丈夫ですか?」
セリエルが魔物退治に出向いていた頃―――――イレルパタンの植民地に残っていたナチは、咳をしている所を部下に声かけられる。
「ああ、大丈夫・・・。ありがとう・・・」
笑顔でそう答えた後、ナチは歩き出した。
報告によると、植民地で栽培している作物が、異常なスピードで枯れ始めている・・・か。
ナチは、現地軍人が作成した報告書を読みながら、考え事をする。
「そういえば、俺達が畑の周辺を通った時、実っていたモノが、ものの1秒くらいで枯れたような・・・?」
動く足を止めたナチは、その場で考える。
・・・まるで、「何か」が来るのを待ち構えていたかのように・・・
そう考えていると、またゴホゴホと咳が出る。
「風邪・・・ではないはずなんだけどなぁ・・・」
最近、熱はないのに体調が思わしくないような感覚に、ナチは陥っていた。
「あ、いたいた!!おい!!ナチ少尉だな・・・!?」
振り返ると、少佐くらいの地位を持った軍人が、ナチに声をかける。
「はっ。わたしがナチ少尉ですが・・・」
上司を目の前にしたナチは、背筋をピンと立てて敬礼をする。
その少佐らしき男が、ナチの元へやってきて話しだす。
「さっき、お前宛に通信機から連絡が入った」
「俺宛・・・?」
そう聞いたナチは、誰が自分に連絡をしてきたのか不思議に感じていた。
「・・・どなたからですか?」
ナチの台詞を聞いた少佐は、少し気まずそうな表情をした後、話し出す。
「以前、一般軍人の健康診断を担当した・・・医療団体の医者だ」
※
「・・・っ・・・」
大樹に激突した時に打った頭の痛みを感じながら、セリエルは目覚める。
「ここは・・・一体・・・?」
起き上がってみると、周りは一面が真っ白で何もない空間だった。
そして、先ほどまで戦っていた軍人たちの存在も見当たらない・・・。そして、周囲には自分以外の生き物がいる気配すら感じなかった。
「一体、ここは・・・どこ・・・?」
歩き出そうとしたが、その先には壁すら見えない。
かと言って、密室空間でもない――――――――流石のセリエルでも、自分に何が起こっているのか、わからないでいた。
『やっと、話す事ができたね・・・』
「誰・・・!!?」
真っ白い空間の中に、少し高めではあるが・・・1人の男性の声が響く。
セリエルが警戒していると、彼女の目の前に1人の男性が姿を現す。
「・・・あなたは・・・?」
セリエルは、その男性をまじまじと見つめる。
パッと見たかんじでいうと、その男は実体のない幽霊のように見えた。しかし、この長い紺色の髪に黒い瞳を持った男に、なぜか「懐かしい」と感じていたセリエル。
『・・・僕の名前は、ラクマリゼノ・アドグラフ。ラゼでいいよ』
男は柔らかい笑顔で自己紹介をする。
「ラゼ・・・。貴方、もしかしてさっき・・・魔物との戦いの場で、私に精神感応能力で語りかけてきた・・・?」
「うん、そうだよ」
豆鉄砲を食らったような表情でセリエルが尋ねると、ラゼがその場で頷いた。
「・・・貴方は何者で、ここはどこなのか・・・説明してもらえるかしら・・・?」
困惑した表情で、セリエルは話す。
『もちろん、そのために僕はこんな“無茶”をしでかしたのだから・・・』
「“無茶”・・・?」
セリエルが首をかしげると、ラゼはそれを遮るかのように話し出す。
『ここはー・・・なんて言ったらいいかな?そう、君たちが住む“アビスウォクテラ”でも、僕が存在している“レジェンディラス”にも属さない、特殊な空間・・・って所かな』
「“レジェンディラス”って・・・もしかして、“もう一つの世界”の事・・・?」
『そう。やはり、“君”はちゃんとそれを知っていたんだね・・・』
ニコヤカな表情で話すラゼ。
冗談なのか、本気で話しているのか・・・この時のセリエルは全く区別がつかなかった。
『そして、僕はラゼという名前の“キロ”・・・。こう言えば、僕が何者かわかるよね・・・?』
「“星を切り開く民”・・・!!?」
セリエルは驚いた。
彼女が知っている限りだと、古代種“キロ”は古代大戦によって絶滅したはずだった。
「生き残りがいた・・・という事・・・!!?」
『・・・まぁね。一応、僕の他に、あともう2人くらいは・・・』
ニコヤカに話していたラゼの表情が少し曇る。
『まぁ、僕自身の事は置いといて・・・。時間もあまりないことだし、さっさと本題に入るよ』
「本題・・・?」
そんな事言われても、いっぺんにそんなに言われては、流石の私でも冷静でいられない・・・
セリエルは、内心でかなり焦っていた。産まれて初めて古代種“キロ”を見て、この空間に自分がいる事が、彼の力によるものだとしたら・・・実物のラゼは、何者なのだろうかという考えが頭を占めていた。
そんなセリエルを見かねたラゼは、ため息交じりで話し出す。
『ちなみに僕は、レジェンディラス(こちら)と君のいるアビスウォクテラの両方に存在する大樹から、ここへアクセスしている。・・・そして、君をこの場に連れてきたのも、“両世界に存在する物質”の力によるものなんだ・・・』
「・・・大樹って・・・さっき、私が投げ飛ばされたあの・・・?」
セリエルの台詞に、ラゼは黙って頷いた。
『・・・こういった空間転移の術は、キロの中でも使えるのは僕ただ1人・・・。そして、悠久の時を生きる僕は、君と同様・・・“全てを知っていても何もできない立場の者”だ・・・』
「え・・・?」
“全てを知っている”という言葉に反応するセリエル。
その後、真剣な眼差しに変わったラゼは話を続ける。
『・・・まずは一つ。・・・まもなく、君は“彼”と一つになる・・・。この言葉の意味・・・わかるよね・・・?』
「!!!!」
セリエルはその場で身体を硬直させる。
「それって・・・まさか・・・!!」
激しく脈打つ、彼女の心臓・・・。
真剣な表情で、セリエルを見つめるラゼ。
『・・・それによって世界は本来の姿を取り戻し、“君たち”は一時的に意識が混同する』
「・・・?」
異世界にいる“彼”が“イル”を見つける事で2つの世界が元に戻る事は、セリエルも知っていた。
しかし、“意識が混同する”という言葉が、何を意味するのかが全くわからない状態になる。
『・・・僕がこうして君に伝えたかったのは・・・“世界が統合した直後の話”なんだ』
「世界が元に戻った後・・・何が起きるという事・・・!?」
『そう・・・。だから、“世界の心”!・・・これから僕が言う事をしっかり聞いて・・・!』
「あ・・・ああ・・・」
ラゼの気迫に押されたセリエルは、その場で黙って頷いた。
『・・・“彼”が“イル”を手に入れ・・・すなわち、君と一つになった後、君たちの意識が混同し、一時的に肉体が入れ替わるんだ』
「という事は・・・。私の精神が“彼”の肉体に宿り、“彼”の精神が私に宿る・・・そういう事・・・?」
『うん』
「・・・でも、どうして・・・」
『こればっかりは、僕にも説明はできないんだ。ただ、その入れ替わっている期間は一時的なモノだから、何日かすればすぐ元に戻る。問題は、入れ替わっている最中と、元に戻った後・・・』
ラゼの表情が険しくなり、不思議に思ったセリエルは彼の顔を覗き込もうとする。
何か言いたげな表情だったが、数秒程黙り続けると、その重たくなった口を開いた。
『・・・これは、まだ仮説の段階だから、今は辞めとこう・・・。それより・・・!!』
ラゼがセリエルの瞳を、いきなりジッと見つめ始めたので、セリエルは驚く。
『君たちの肉体が入れ換わっている間・・・本来の肉体ではないから、自分の意思で動かせない状態なんだ。だから・・・君の周囲で、君自身を理解してくれている人間に・・・注意をするよう伝えてくれ』
「・・・ええ。わかったわ」
このラゼという青年が、どういった理由で自分にいろいろ教えてくれるのかわからなかったが、彼の表情がとても真剣だったので、「一応は信じてみよう」そう思ったのだった。
バチバチバチ!!!
彼らのいた真っ白い空間から電撃のような音が聴こえてくる。
『・・・ここまでか』
周囲を見渡したラゼが、ボソッと呟く。
「ねぇ・・・!」
ラゼは振り向くと、セリエルは少しせつなそうな表情をしていた。
私は“心”なんてないはずなのに・・・。この男が持つ想いに、何かを感じていた気がした・・・。一体、何だったのだろうか・・・?
そう思いながら、セリエルは口を開く。
「貴方は・・・“彼”に会った事があるの・・・?」
セリエルの言葉に、ラゼは僅かに反応する。
『直接ではないけど・・・一応・・・ね。“彼”は“彼女”の大事な男性みたいだし・・・』
そう呟くラゼの瞳が、少し潤んでいた。
「“彼女”・・・?」
ラゼの表情を見て、セリエルは少しドキッとする。
しかし、すぐに元の穏やかの表情に戻して話し出す。
『まー・・・でも、大丈夫!!“彼”には仲間を救う術を“ビジョン”で伝えた事だし。仲間たちがいれば、“彼女”も寂しい想いは絶対にしないはず・・・!』
「・・・貴方が言う、“彼女”・・・。とても、大切な女性なのね・・・」
そう呟くセリエルの頭の中には、ナチの姿が思い浮かんでいた。
『まぁね。・・・だって、“彼女”は僕の・・・』
ラゼが何かを言いかけた直後、周囲に響く電撃のような音が、更に強くなる。
「まさか・・・崩れる・・・!!?」
汗を握りしめながら、セリエルは周囲を見渡す。
『どうやら・・・これで、お別れのようだね・・・』
「ラゼ・・・ありがとう・・・!」
そう告げると、ラゼは光と共に消えて行く・・・。
そして、セリエルの周囲も眩しく輝きを増して行く――――
「おい・・・しっかりしろ・・・!!!」
閉じた瞼をゆっくり開いて行くと・・・頭上には、大佐の姿が見える。
「ここ・・・は・・・?」
意識を取り戻したセリエルは、頭の中がボンヤリとしていた。
「ここは、さっきの森の中だ・・・。お前、魔物の触手に絡め取られた後、この木に飛ばされて気絶していたんだ・・・」
ゆっくりと話しながら、大佐はすぐ側にあった大樹を指差す。
辺りを見回してみると、一緒に行動していた軍人達・・・そして、その少し離れた場所には、先ほどまで戦っていた魔物の死骸が転がっていた。
夢・・・だったのかしら・・・
差し伸べられた手を掴んで立ち上がりながら、セリエルはラゼとの会話を思い出していた。
「よし!!この辺りの調査も終わった事だし・・・待機組と合流するぞ!!」
大佐の合図の後、隊は連邦の植民地がある村の方向に足を踏み出す。
セリエルは、自分がぶつかった大樹の方に振り返る。
「・・・っ!!?」
突然、胸にズキッと痛みを感じたセリエルは、右手で自分の胸を押さえる。
気がつくと、自分の心臓がドクンドクン鳴っていた。
この感覚・・・。やっぱり、ラゼが言っていた事は真実であり・・・あの会話も夢ではなかったようね・・・!
胸に手を押さえ、少し苦しそうな表情をしながら、セリエルは歩いて行く。
そして、2つの世界が元に戻る瞬間が、すぐそこまで迫りつつあった――――――――
いかがでしたか。
この展開は、割りと最近に考え付いたのですが・・・上手い具合に繋がったので、良かったなと思っています。
現在、本当の意味で同タイトルの”Left”と交互に書いているので、時々”セリエル”を、”Left”のヒロインであるラスリアと間違えてキーボードで打っちゃいそうな自分がいますね。笑
ナチに入ってきた連絡も、気になるところですが、勘が鋭い方は、おおよそわかるかもしれないです。
それでは、次回もお楽しみに☆
引き続き、ご意見・ご感想と作品に対する評価をお待ちしてます(^^