第10話 歌姫<前編>
今回は、なんだかんだで全部セリエル視点で進みます。
歌姫――――――それは、ギルガメシュ連邦独特の職業で、読んで字のごとく、歌を歌う女性の事を指す。軍事国家であるギルガメシュ連邦では、娯楽や軍人達のモチベーションを上げるために存在する人々。彼女達は大きな舞台で、いろんな歌を披露するのが仕事である。また、軍属の職業であるため、軍人ではなくても少佐相当の地位を持つ。しかし、欠点があり、歌を歌っている時以外は、会話や行動も制限されている。そして、高い給料をもらえる代わりに、軍の監視が強いという事であった。
軍人は常に死と隣り合わせの生活を送るため、国民や軍人には広く歓迎されている歌姫。しかし、この職業が作られた“本当の理由”は、誰も知らないのであった――――――
「はい、ちょっと貴方達―!!手を休めないで、ちゃんとやって!!」
セリエルが、自分の部下達に向かって声を張り上げていた。
「セリエル少尉・・・!」
「・・・あら、ナチ少尉。どうしたの・・・?」
「もう後30分くらいで、皆さんが到着するみたいですよ・・・!」
ナチがセリエルの名を呼び、2人の会話が続く。
全く・・・なんでこんな事を私達が・・・
セリエルは心の中で文句を言っていた。
この日、セリエルとナチは自分達の部下を連れて、この国立ホールの掃除を行っていた。この会場では主に、“歌姫”のライブを行われ、多くの軍人や一般市民が訪れる。当然、軍関係の施設であるため、セリエル達の管轄に入る。
「セリエルさん。部下達(彼ら)もいるんだし、もう少し凛とした態度で臨まないと・・・」
ナチがセリエルの耳元で囁く。
・・・そんな間近で言われると・・・
セリエルは頬を少しだけ赤らめながら、ボンヤリしていた。
「セリエル少尉!今日、ここでライブをする歌姫って、誰ですか・・・!!?」
部下の一人が、目を輝かせながらセリエルに尋ねる。
「上からの報告だと・・・今夜歌うのは、“シア”ね」
「えっ・・・マジっすか!!?」
「ええ。シア・ハルドラフ少佐だけど・・・?」
「わかりました!ありがとうございます、少尉!!」
質問してきた部下はその後、スキップをしながら作業に戻っていった。
「・・・ねぇ、ナチ」
「なんですか?」
セリエルは声を少し低めにして、ナチに話しかける。
「この”シア”って歌姫・・・そんなにすごいの・・・?」
セリエルの質問に、きょとんとするナチ。
しかし、すぐに口を開いて話し始める。
「まぁー・・・そうですね。今、一番人気の歌姫ですから・・・」
「・・・ふーん・・・」
ナチの話を聞きながら、セリエルは上司から受け取った書類に目を通す。
そこには、歌姫であるシアとそのプロフィールが記載されていた。
黒髪・黒い瞳の女性・・・。珍しいわね・・・
セリエルはこのシアの写真を眺めながら、考え事をしていた。
ギルガメシュ連邦は多民族国家のため、見た目の異なる人間は多い。だからこそ、セリエルのように顔に痣があっても、特に何も思われないし、怪しまれる事もない。それでも、彼女が知る限りだと、黒髪・黒い瞳の女性はあまり見かけない人種だった。
それから数時間後、本番前のリハーサルを行うために、シアと彼女の護衛や世話をする人等の一団が、このホールに到達する。
「オルセルグ中佐。お勤めご苦労様です」
「・・・うむ。君が、このホールの責任者であるセリエル・ヒエルグリフ少尉だね?」
セリエル達の目の前には、シアの担当をしている軍人・オルセルグ中佐がいた。
セリエルは、上司に当たる彼に敬礼をしてから挨拶をする。
「ホールの清掃も終わり、すぐにでも機材が使えるように準備しておりました。存分にお使いください」
「ああ。そうさせてもらうよ」
その後、セリエル達が敬礼する中、中佐達はホールの楽屋の方へと進んでいく。
その時、何人かの屈強な護衛達の間から、黒い髪が僅かに見え隠れしていた。
あれがシア・・・
長い黒髪を靡かせながら、彼女は護衛と一緒に中へ入って行く。
中佐達の姿が見えなくなると、周囲にいたセリエルの部下達は、「あれがシアかぁー!」
とか、「顔が小さくて可愛いよな」などと会話しながら、浮かれていた。
あの娘の表情・・・
セリエルは有名な歌姫を間近で見ることができた事よりも、せつなそうな表情をしながら歩いていくシアの状態の方が気になっていた。
「セリエルさん・・・?」
「えっ・・・?」
ナチに自分の名前を呼ばれて、ようやく我に返ったセリエル。
「受付の設置とか・・・まだ俺らの仕事は終わっていないし、あいつらにも指示ださないと・・・」
「そ・・・そうね・・・」
セリエルは、どこかたどたどしい口調で返事をする。
「でも、それにしても・・・」
その直後、ナチが何かを言いかける。
「ナチ・・・どうかしたの?」
不思議そうな表情で首をかしげるセリエルに対し、
「いえ。大したことではないんですが・・・。シアのスタイリストさんの髪色が紅だったから、珍しいなと思って・・・」
「・・・そうなの?」
「本来、紅は血の赤を連想させる等と言われているので、髪を染める色として使う人は少ないんです。いくら軍人ではないとはいえ、あんなに堂々と紅い髪を曝け出せる人って、早々いませんよ」
「・・・それは、初耳ねぇ・・・」
そう呟いたセリエルに、ナチからの視線がやってくる。
「ナチ・・・?」
「・・・いや、なんか・・・セリエルさんでも「知らない事」ってあるんだな・・・って今思いました」
「・・・そういえば、めずらしいかもね」
セリエルが腕を組んでいると、ナチはクスッと笑う。
「とにかく、俺達もホールへ行きましょう!・・・彼らの警備もれっきとした仕事なのだから」
ナチがそう言ったのを皮切りに、2人は部下たちのいるホールへと向かう。
「それでは、皆。失敗のないように・・・!」
「はっ・・・!」
リハーサルを終えて、本番30分前くらいになり、セリエルの部隊はそれぞれの配置につく。
このように、軍が管理する施設で警備員やイベントのスタッフを行う事は、彼らが勤める軍事施設課の仕事の一つでもあった。その中でセリエルとナチは、部下たちのフォローをして回る役割のため、止まることなく、ホールの中を歩き回っていた。
「・・・あら?」
セリエル達は、女性用のお手洗いから出てきたシアを目撃する。
「あ・・・お疲れ様です・・・」
少し甲高い声で、シアはセリエルとナチに挨拶をする。
「あれ?護衛の方は・・・」
「・・・お手洗いへ行く時だけは、1人で行かせてもらっているんです。男性は女性のお手洗いに入れませんし・・・」
「あ、そっか。そうですよね・・・」
そう答えられたナチは、頬を少し赤らめながら俯いてしまう。
「・・・何かあったの?」
「え・・・?」
「浮かない表情をしていたけど・・・」
セリエルは、シアの顔を覗き込みながら話す。
仮にも自分たちより上の階級の人間なのに、普通に話しかけているセリエルに、ナチは驚いていた。
「・・・・」
「まぁ、貴方たち歌姫はいろいろと制限もあるだろうから、嫌なら訊かないわ」
セリエルがそう言い放つと、俯いていたシアはゆっくりと彼女の方を見る。
そして、セリエルを見つめながら、何かに気がついたか、その表情が一変する。
「あなた・・・もしや・・・」
「どうかした・・・?」
シアがその続きを話そうとすると、
「シア!!!」
背後から聞きなれない声が聞こえてくる。
「!!!」
振り向くと、そこには紅の髪を持つ女性のような化粧をした男性がいた。
「コルテラさん・・・」
「もう、シアってば!・・・護衛のお兄さん達が痺れを切らしているわよ?」
「あ・・・」
このコルテラという男の台詞を聞いた瞬間、シアの表情が軽く歪んだ。
「ささ!!もうすぐ本番だし、さっさと戻るわよ!!」
「あ・・・はい・・・」
コルテラに連れられて、シアは楽屋の方へ足を向ける。
歩き出す前に、コルテラはセリエル達の方を向いた。
え・・・!!?
その紅い瞳から見られる眼光に、セリエルは心臓を掴まれたような感覚を覚えた。
しかし、すぐに笑顔に戻ったコルテラは、その口を開く。
「・・・自己紹介をしてなくてごめんなさい!あたしはシア(この子)のスタイリストをしている、コルテラという者ですぅ。今後とも、ご贔屓に・・・」
そう挨拶したコルテラは、シアを連れてさっさと歩いていってしまう。
その場に残されたセリエルとナチは呆気に取られていた。
「あのスタイリストさん・・・女性みたいな外見をしていたからそうなのかと思いましたが・・・」
「あれは・・・オカマね・・・」
本番が始まり、大勢の観客の中でシアは歌を披露する。客の前で満面の笑みで歌う彼女を見ていると、昼間の浮かない表情が嘘のようだった。
「・・・ナチ」
「・・・はい?」
本番前に走り回っていたセリエルとナチは、客席の扉近くでドアマンをしながらシアの歌を聴いていた。
「貴方は、シア・・・あの子達みたいな、“歌姫”については・・・どう思う?」
「え・・・?うーん・・・そうだなぁ・・・」
セリエルの質問に、少しの間だけ、考え事をするナチ。
「うーん・・・。まぁ、いいんじゃないですかね?歌を歌うだけで給料がもらえるし、少佐相当の地位をもらえるって特権もあるし・・・」
「そう・・・」
「・・・でも、なんでそんな事を・・・?」
セリエルの質問に答えたナチが、今度は彼女に対して質問をする。
その後、セリエルはせつなそうな表情をしながら話しだす。
「いや・・・彼女達って、歌っている時以外は行動や言動・・・全てが制限されているでしょう?・・・軍は、あの子達みたいな人形を従わせて、何が楽しいのかしら・・・って思っていたの」
セリエルは不自由な暮らしを強いられている彼女を、人と同じようにして生きられない自分と重ねていたのだ。
ナチは、せつない表情をするセリエルに、何て言葉をかければ良いのかと迷っていた。すると・・・
「えっ・・・!!?」
セリエルは、急に顔を上げて辺りを見回す。
この感覚は・・・・!!!
「・・・セリエルさん!!?」
「ちょっと、お手洗いに行ってくる・・・!!」
ナチにそう告げたセリエルは、走り歩きでホールの外に出る。
早歩きから、走り始めたセリエルは、ホールの廊下を走り回る。
この感覚は・・・私が“使った”時と同じ・・・・!!!
身に覚えのあるセリエルは、感じた方向へと走って行く。
そうしてたどり着いたのは・・・音響機器を扱う部屋の扉の前だった。
「あら、軍人さん。・・・どうかしました?」
セリエルの視線の先にいたのは、先ほど本番前に出会った、シアのスタイリストであるコルテラの姿だった。
「・・・ちょっと・・・いいですか?」
周囲に人の気配を感じていたセリエルは、息切れをしながら、コルテラを人気のない場所へ連れて行く。
「ここなら・・・誰も来ないわ」
セリエルは、誰も使っていない楽屋の扉に内側から鍵をかけた。
「少尉さん・・・お話って何?あたし、もう少ししたらシア(あの子)の所に行かなくてはならないんだけど・・・」
「・・・言い逃れはさせないわよ」
不満そうな表情で呟くコルテラに対し、セリエルは深刻な表情で彼女(=彼?)を一喝する。
「貴方は・・・何者なんですか・・・?」
「・・・はい?」
とぼけるコルテラに対し、セリエルは話を続ける。
「先ほどホールにいた時・・・前にも体感した事がある感覚に気がつきました。それは、私にしかできない事のはずなのに・・・」
「・・・何が言いたいの?」
おちゃらけた表情が消え、コルテラの紅の瞳がセリエルを睨む。
「貴方は先ほど、このホールで魔術を使用していた・・・。私も以前に使用した事があるから、感覚でわかるのよ・・・!!」
ギッと相手を睨み付けるセリエル。
コルテラは下に俯いて黙ったままだったが、数秒後、彼女の身体が震えだす。
「ウフ・・・ウフフフフフ・・・・」
「!!?」
気がつくと、コルテラの表情は狂気に満ちていた。
その表情に対してセリエルは、全身に鳥肌が立つ。
「あっははははは!!!そう・・・やっぱり、あんたは“あれ”だったのね・・・!!」
甲高い声で笑うコルテラ。セリエルはどういう意味だかさっぱりわからない表情をしていた。
「“あれ”・・・?」
「・・・本当に、今日はいい日だわ!!!久々に外へ出れたし、しかも“世界の心”に会えたし・・・!!!」
「!!!!」
その台詞を聞いた瞬間、セリエルは身構える。
そんな彼女を見たコルテラは、ため息をつく。
「大丈夫!そんな、取って食ったりなんてしないわよ・・・!「今は」・・・だけど」
「どういう意味だ・・・!!?」
セリエルは構えた銃を下ろさず、そのまま立ち尽くしていた。
この感覚はどう見ても、普通の人間・・・。でも、どうして私が“世界の心”だという事を・・・!!?
予想すらできなかった展開に、焦りを感じるセリエル。
「まぁ、ここで会ったのも何かの縁だし・・・。せっかくだから、教えてあげる!」
「・・・何・・・?」
得意げに話し出すコルテラに、セリエルは不快な気分を味わっていた。
「あんただったら・・・“8人の異端者”を知っているわよね・・・?」
「?それが何か・・・」
低い声でボソッと呟いたセリエルは、その後ハッとする。
「まさか・・・・」
「・・・そう!あたしはね・・・“8人の異端者”と呼ばれた者達の一人・・・「魔術師コルテラ」よ・・・!!」
いかがでしたか。
この急展開に「どういう事?」と思われた方も少なくないと思います。
とりあえず、事の真相は次回の後編で語られるとして・・・
ちなみに、今回初登場となったコルテラは、今で言うニューハーフ。
ただの変人スタイリストかと思いきや、悪役なので、書いていた自分もビックリです!笑
ちなみに、コルテラのモデルは漫画「黒執事」の死神グレル・サトクリフ。
最初はグレルのようにロン毛という事にしようかと思いましたが、今回同じく初登場となったシアが長い黒髪の少女なので、カブるのもおかしいかと思い、その辺はあえて詳しく書きませんでした。
また、コルテラはもちろんですが、実はシアも一発屋キャラではないです。
最も、彼女自身の出番はほとんどないのですが、違った意味で重要性があったりする・・・
次回は、このコルテラの目的や、なぜシアが浮かない表情をしていたのかが語られます!
引き続き、ご意見・ご感想をお待ちしてます♪