29. 親権争い再び
「ヒロミさん!あんた、いい加減、家に帰りなさい!!」
しびれを切らした俺が再びキャンディさんの店へ向かったのは、それから三日後のことだった。
カウンターに突っ伏していたヒロミは俺の顔を見上げ、その後ろに鬼の形相で仁王立ちしている背の高い男に気が付くと、慌てて立ち上がった。
「コージ!なんで君がここに!!」
呼んだのは俺だ。コージから生活費が振り込まれることになってから、連絡を取った。
ディアナやヒロミとはどういう関係か根掘り葉掘り聞かれ、というか尋問され、見かねたイラさんに助け舟を出してもらい、現状を説明していたら、いつの間にか俺とコージがヒロミを連れ戻す話になってしまった。
「どうしたもこうしたも・・・。お前、このままじゃ親権がはく奪されるぞ!!」
眼光鋭くヒロミを睨みつけながらコージは怒鳴る。
「何だよ、今更、君がディアナの親権を請求するのか?仕事、仕事で、さんざん僕たちを放っておいてさ。裁判でも養育実績がないって判断されたじゃない!」
「お前なあ、そんな段階はとっくに超えてるんだよ!!事態の深刻さを理解したらどうなんだ!!」
コージはヒロミの胸倉を掴み、今にも殴り掛からんばかりだ。
俺は慌てて二人を引き離す。
二人をカウンター席に座らせると、間に俺が座った。
「ヒロミさん、世間であんたがどう報道されているか、知らないんですか?」
そう言って、俺はニュース記事の見出し一覧をヒロミに見せる。
「VRアイドルの養父、子供をほったらかして男遊びのとんでもない実態。」
「娘の稼ぎを搾取して散財。」
一つ一つ、俺が読み上げると、ヒロミは顔を真っ赤にして、「ひどい!!」と叫んだ。
「子持ちのゲイだって恋する権利はある!シングルなのに何の問題があるっていうんだ!!」
「あのなあ。現にお前、ディアナが大変な時に家にいないじゃないか!育児放棄を疑われても仕方ないぞ!そんなのゲイだろうがストレートだろうが、アウトだろうが!!」
負けず劣らず顔を真っ赤にしてコージはしかりつける。
「お前のお気持ちなんてどうでもいいんだよ!現状はすでにスクリニク夫妻が親権取得に向けて動き出しているんだ!!」
それを聞いてヒロミは今度は真っ青になる。
「え?どうしよう・・・。俺のこれからの生活、どうなっちゃうの?」
「だからお前は、どこまでも自分のことばっかりなんだ!!そういうところだ!!お前がダメなのは!!」
再びコージがヒロミにつかみかかろうとして、俺が制止する。
「現状、スクリニク夫妻に親権がいかないように、黒岩教授たちが頑張っているだろ?でもその前に夫妻に親権が渡ってしまったら、元も子もない。」
できるだけ落ち着いて、俺はヒロミに伝えた。
「だから、家に戻りなさい。今、ディアナは大変な時なんだ。父親のあんたがそばにいなくてどうする。」
ヒロミはのろのろと力なく立ち上がるとディアナに「今から帰る。ごめんね、頼りない親で。」と連絡を入れると、店を出た。
はあっとため息をついて俺とコージはカウンター席に腰掛けた。
キャンディさんは無言でウーロン茶とおつまみを出してくれた。
「迷惑をかけてすまないね。」
「いいのよ。それより、「防御」の方はうまくいっているの?」
キャンディさんのいう「防御」とは、ディアナたちを守るためのカウンタープロパガンダとのいうべき、ポジティブな情報拡散だ。
スクリニク夫妻が虚実織り交ぜ、拡散している、ディアナに関するネガティブキャンペーンへの対抗だ。
親族に理不尽な目にあわされていたアザミの逃亡をディアナが手伝った経緯を好意的に紹介したり、イラさんやシルバーの力を借り、自活して生活する日常を当たり障りない範囲で公開したり。
「ああ、立石と丸山がグレーゾーン関係者に、黒岩教授がロストテクノロジー関係者に、それぞれ協力を仰いでいる。山田さんや、スポンサーを断られてしまった、甲府の人にも協力してもらっている。」
拡散の成功は、特にディアナと同じ山田さんがスポンサーの、古風なVRアイドルの星乃の影響力が大きい。彼女には感謝してもしきれない。
甲府のスポンサー候補だった人から協力が得られたのは意外だったが、何でもメタルの話題でホワイトフォックスと意気投合し、協力してくれる流れになったそうだ。
協力の輪はホワイトフォックスが青森の「恐山DeathFestival」で知り合った人たちにまで広がっている。
このメタラー同士の結束の強さは一体何なのだろうか。
「私にも協力できることがあれば何でもします。」
コージが首を垂れる。
「ふがいない親で申し訳ない。本当は私もディアナのそばにいたいのですが、裁判所からヒロミに接近禁止命令が出ていて・・・。」
「あんた、一体、何をしたんですか?」
「・・・ヒロミと彼の浮気相手を待ち構えて、ボコボコにしました。要は傷害事件を起こしました。」
そりゃあ、親権も取り上げられるわけだ。
「悪い、それを知っていたらあんたを呼び出すこともなかったのに・・・。接近禁止命令を破ってしまったな・・・。」
「いいんです。今はそんなことを言っている場合じゃないですよ。」
キャンディさんもカウンター越しに無言で「うんうん」とうなずく。
このコージという人、こんなにけんかっ早くなければ、むしろヒロミよりディアナの保護者に向いている気がする。
「俺、本当に男運ないんですよね。いつも浮気するような奴ばかり捕まえてしまうし・・・。」
うなだれるコージにキャンディさんは「サービスよ」と、レモネードのグラスを置く。
「聞いてくださいよ、ママ!俺の歴代彼氏、どいつもこいつも、そろいもそろって、優しくするとすぐ付け上がって浮気するし、人の金は使いこむし、肝心な時に逃げるし!!」
堰を切ったように愚痴を話し出すコージ。
そこへイラさんから連絡が入った。スマートグラスを装着する。
「ちょっと、ショウってば!キャンディさんのお店にいるなら、進捗を教えなさいよ!進捗!」
すっかり忘れていたが、イラさんは、俺とキャンディさんの、ありもしない「恋の行方」にご執心だった。
「悪いけど、今はそれどころじゃなくて。ディアナのもう一人のお父さん、いたでしょ?コージさん。その人の歴代失恋話しを聞かされているところ。」
「何?もう新しい男?」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
面倒くさい。
「ああ、もういいわ。この際、どっちでもいいから早く選びなさいよ!!」
「ちょ・・・声が大きいって!」
キャンディさんもコージもこちらに聞き耳をたてている。明らかに会話を聞かれている。
「ちょっと、イラさん…だっけ?一つ勘違いしているようだけど、いい?」
キャンディさんはイラさんにも聞こえるような声で言った。
「あたしにはちゃんと奥さんと子供がいるから、ご心配なく。」
俺とコージ、それと通話中のスマートグラスの向こうにいるイラさんから同時に「え?!」という声が出た。
「ママさん、トランスジェンダーじゃないんですか?」
「ただの女装好きのオカマよ。お店を一歩出たら普通に男に戻っているわ。」
「キャンディさんの奥さんって・・・女の人?」
「もちろんよ。私の女装趣味も理解してくれる、私にはもったいないくらいの、本当にできた女房よ。」
キャンディさんとは数十年来の付き合いになるけど、初めて知る事実に衝撃を受ける。
スマートグラスの向こうで、イラさんもショックを受けているようだ。
「ま、まあ、それならそれで仕方ないわね。じゃあ、ショウがコージさんとくっつけば、丸く収まるじゃないの。親権問題も解決だわ。」
「それなんだけど・・・。」
今度はコージからイラさんに話しがあるようだ。
「俺、横井さんみたいな生真面目な人には惹かれないんだよね。だから俺はだめんずなんだけど・・・。」
スマートグラスの向こうでイラさんは深いため息をつく。
「人生ってままならないわね。ショウ、気を落とさないで。」
それだけ言うとさっさと通話を切ってしまった。
なんか俺、キャンディさんとコージの二人に振られたみたいになっていないか?
すべてが丸く(?)収まった後、俺だけがものすごくもやもやした気持ちを抱えたままになってしまった。




