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第八話「王太子、兄妹に泣きつく」

「兄上ぇぇぇぇ!!!」


 再び王宮に響き渡る王太子アルバート殿下の悲痛な叫び。殿下は今度こそ逃げ延びようと、王宮の奥深くへと駆け込んでいく。


 向かった先は、第一王子エドワルド殿下の執務室。王太子ではないものの、彼は国政に関わる重要な役職についているため、普段から忙しく働いている。


 そんな兄の執務室の扉を殿下は勢いよく開けた。


「兄上! 兄上なら俺の味方だよな!? 助けてくれ!!!」


「……なんだ、お前」


 机に向かって書類を読んでいたエドワルド殿下は、唐突に飛び込んできた弟を冷静に見つめた。


「兄上! 俺、自由を奪われそうなんだ!! ソニアが俺を更生するとか言って、毎朝六時起きで規則正しい生活を強制しようとしてる!! そんなの無理だろ!? だから助けてくれ!!」


「……」


 エドワルド殿下は書類から視線を外し、無言のまま弟を見つめる。その冷静すぎる眼差しに、殿下は少し不安になった。


「兄上……?」


「アルバート。お前、これまで何度婚約破棄を繰り返した?」


「えっ……そ、それは……」


「三回だな?」


「……はい」


「そのせいで王宮はどれだけ混乱した?」


「……けっこう、したかも?」


「お前の尻拭いを誰がしていたと思う?」


「……兄上?」


「その通りだ」


 エドワルド殿下はため息をつくと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「アルバート。お前の勝手な振る舞いのせいで、王家の信用は落ちかけていた。ソニア嬢があそこでしっかりと対応してくれなければ、取り返しのつかない事態になっていた可能性すらある」


「え、ええ……?」


「そんなお前が更生計画を受ける? いいことじゃないか。むしろ、ソニア嬢に感謝すべきだな」


「感謝ぁぁ!?」


 殿下の絶望的な叫びが響く。


「それに、"毎朝六時起き"のどこが無理なんだ? 私は毎日五時に起きているが」


「兄上、そんなの人間の生活じゃない!!」


「甘えるな」


 ズバッと一刀両断され、アルバート殿下は言葉を失った。


「だいたい、お前は王太子としての自覚がなさすぎる。自由だのなんだのと騒ぐ前に、まずは最低限の義務を果たせ」


「そ、そんなぁ……兄上くらいは味方になってくれると思ったのに……」


「弟だからこそ、厳しく言うんだ」


 エドワルド殿下は冷たく言い放ち、再び席に戻ると、書類に目を落とした。


「……さて、話は終わりか? 私は忙しいんだ。退室しろ」


「う、うそだろ……?」


 兄にまで見捨てられ、殿下はふらふらと執務室を出る。


 外で待っていた私とルイン公爵、そしてエミリナの前で、アルバート殿下は呆然とつぶやいた。


「母上も、父上も、兄上も、誰も俺の味方がいない……」


「殿下、それが現実なのよ」


「うああああああ!!!」


 王太子アルバート殿下、更生計画は着実に進行中である。



 ***



「クラリス! お前なら俺の味方をしてくれるだろう!?」


 アルバート殿下は、妹であるクラリス王女の部屋へと駆け込んだ。ここまで両親にも兄にも見放された彼にとって、最後の希望である。


 優しく控えめなクラリスならば、きっと兄を憐れみ、助けてくれるに違いない――そう信じていた。


「……兄上?」


 クラリスは机に向かって読書をしていたらしく、本を閉じると驚いたように兄を見つめた。


「クラリス、頼む! ソニアから俺を助けてくれ!」


「え?」


 クラリスは小さく首をかしげる。


「だって、兄上が悪いのでしょう?」


「お前までそんなことを言うのか!!」


 アルバート殿下はショックを受け、肩を落とした。


「ソニアは俺を"更生させる"とか言って、もうめちゃくちゃなんだ! 朝は決まった時間に起きろとか、勉強しろとか、礼儀を守れとか……」


「……普通のことですね」


「違うんだ! 今までの自由を奪われるのが辛いんだ!」


「兄上、それはただのわがままです」


「……!」


 クラリスの冷静な指摘に、アルバート殿下は言葉を失う。信じていた妹の優しさは、今はどこにもなかった。


「兄上、ソニア様は兄上のためを思って行動されているのですよ? それを"助けて"というのは間違っています」


「クラリス、お前……」


「それに、ソニア様に逆らうのは無理です」


 クラリスは真剣な顔で続けた。


「私はソニア様のことを尊敬していますし、兄上がきちんとした王太子になるならば、むしろ応援したいくらいです」


「応援するなああああ!!」


 絶望したように叫ぶアルバート殿下。しかし、クラリスは静かに微笑んだ。


「兄上、大丈夫です。ちゃんと努力すれば、きっと良い王太子になれますよ」


「俺はなりたくないのに……!」


「ふふ、そう言っても、どうせ逃げられませんから」


 クラリスは小さく笑いながら紅茶を一口飲んだ。


 こうして、アルバート殿下の最後の希望は無残に砕かれたのだった。

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