第七話「王太子、両親に泣きつく」
「母上ぇぇぇ!!!」
アルバート殿下の叫び声が、王宮の長い廊下を震わせた。
「ソニアのやつが……っ! 俺を朝起こすとか言ってるんだ! こんなの人権侵害だ!!」
王妃エレノア様の私室。優雅にティーカップを傾けていた彼女は、王太子の突如の乱入にも動じることなく、そっとカップを置いた。
「まあ、アルバート。どうしたのですか?」
「どうしたもこうしたもない!! ソニアが俺を矯正するとか言って、生活を管理するって……っ!」
殿下は王妃の膝元に座り込み、まるで駄々をこねる子供のように訴えた。私とルイン公爵、エミリナも後ろから静かに部屋へ入る。
「……母上、助けてくれるよな? 俺、自由がいいんだ!」
アルバート殿下は切実な眼差しを向ける。が――
「素晴らしいですわね、ソニア」
「え?」
「本当に、ようやくアルバートを更生させようとしてくださる方が現れたのですもの。私、感動しております」
王妃はにっこりと微笑んだ。
「ちょっ……えっ……?」
状況が読めていない殿下が、困惑した顔で固まる。
「母上!? いや、ちょっと待ってくれ! 俺、味方がほしいんだが!!」
「もちろん、私はあなたの味方ですわ」
「ならば止めてくれ!」
「いいえ?」
「いいえ!?」
殿下が信じられないものを見るような目で王妃を見つめる。王妃は優雅に微笑んだままだ。
「だって、あなた……そろそろ王太子としての自覚を持っていただかないと、王家としても困りますもの」
「そんなぁぁぁぁ!!」
崩れ落ちるアルバート殿下。
「というわけで、ソニア。どうぞ徹底的に鍛えてくださいませ」
「ありがたきお言葉ですわ、王妃様」
私は深く一礼する。ルイン公爵は肩を震わせて笑いを堪え、エミリナは気まずそうに視線をそらした。
「さあ、殿下。明日から朝六時起床ですわよ?」
「母上ぇぇぇぇ!!!」
アルバート殿下の絶望の叫びが、王宮に響き渡った。
***
「父上ぇぇぇ!!!」
再び王宮の廊下に響き渡る王太子アルバート殿下の叫び。今度は王の執務室へ向かって一直線に駆け込んでいく。
「父上! 助けてくれ!! ソニアが俺を矯正するとか言って、生活を管理しようとしてくるんだ!! これは人権の侵害だ!!」
執務室の中では、国王陛下――リヒャルト陛下が大量の書類と格闘していた。顔を上げた彼は、突然飛び込んできた息子を一瞥すると、ため息をつく。
「アルバート、お前……また何かやらかしたのか?」
「違う! 俺はただ自由に生きたいだけなのに、ソニアがそれを奪おうとしてるんだ!! 朝六時起き!? 予定管理!? こんなの耐えられない!!」
必死に訴える殿下。だが、国王陛下は静かにソニアの方へ視線を向けた。
「ソニア、お前がやろうとしているのは?」
「殿下をまともな王太子へと更生する計画ですわ」
私は優雅に一礼する。
「王家の名を背負うお方として、もっと品格と自覚をお持ちいただくべく、徹底指導させていただきます」
「ほう……」
陛下は顎に手を当て、しばし考え込む。
「父上! 俺、自由に生きたいだけなんだ!」
「……アルバート」
真剣な声に、殿下がびくりと肩を震わせる。
「私が今、何をしているか分かるか?」
「えっ……?」
殿下が首を傾げると、陛下は無言で手元の書類の山を示した。
「これはな、お前が婚約破棄を繰り返したせいで生じた問題を処理するための書類だ」
「えっ……」
「外交問題になりかけた話もあったし、貴族たちの不満も収めねばならなかった。私は日々、そうした問題に対処し、国をまとめている」
殿下の顔が青ざめる。
「お前は、王太子としての責務を果たしているか?」
「…………」
「そんなお前を更生してくれるというのなら、私としては非常に助かる」
陛下は真剣な眼差しで言い切った。
「むしろ、ソニアには感謝しなければな」
「感謝ぁぁ!?」
殿下の絶望の声が響く。
「というわけだ、アルバート。ソニアにしっかり指導してもらえ」
「う、うそだろ……父上まで……」
殿下の肩ががっくりと落ちる。
「さあ、殿下。明日は朝六時起床、朝食後は執務の勉強ですわよ?」
「もうやだぁぁぁぁ!!!」
王太子アルバート殿下、更生計画は着々と進行中である。