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第六話「王太子捕獲作戦、始動」

「まずは、馬鹿王子がどこへ行きそうかを考えませんとね」


 私は扇を軽く開きながら言った。


 ルイン公爵は顎に指を添えて考え込む。


「そうですね。まず、彼は追われる立場であることを自覚しているはずです。となると、すぐに見つかるような場所にはいないでしょう」


「……では、どこかに潜伏している可能性が高いと?」


「ええ。馬鹿王子の性格を考えれば、居心地のいい場所を選ぶはずです。つまり、王宮の外でも、それなりに贅沢ができる場所ですね」


 私はルイン公爵の言葉に頷いた。


 アルバート王太子が逃げ込む先となると、金に物を言わせて快適に過ごせる場所が限られる。


「そうなると……」


「王都の貴族の館……あるいは、高級宿の類でしょうか?」


「ふふっ……馬鹿王子、そんなに簡単に見つかってくださるといいのですけれど」


 私が微笑むと、ルイン公爵も愉快そうに目を細めた。


「案外、愚かですからね。聖女様のことを考えれば、彼女を心配させまいと何かしらの動きを見せる可能性もあります」


 私は視線をエミリナへ向けた。


 彼女は先ほどから、黙ったまま拳を握りしめている。


「……エミリナ様?」


「……わたくし、心当たりがあります」


「まあ?」


 私が扇を閉じると、彼女は真剣な表情で言った。


「殿下が、時折訪れていた場所があるのです。王宮の外にある、古い別邸です」


「……別邸?」


 ルイン公爵が片眉を上げる。


「ええ。かつて王族の隠れ家として使われていたそうですが、今はほとんど使われていません。でも、殿下は時折そこで静かに過ごしたいと仰って、訪れていました……」


「なるほど。それは有力な情報ですね」


 ルイン公爵が微笑む。


「では、まずはそこを調べてみましょうか」


 私は軽く頷いた。


「ええ。馬鹿王子を捕獲しに行きますわよ!」



 ***



 馬鹿王子――アルバート殿下が潜伏しているかもしれないという別邸は、王宮の敷地から少し離れた森の奥にあった。


 表向きは長らく使われていないことになっているが、完全に放棄されたわけではなく、一応の管理はされているらしい。


「まったく、王太子ともあろうお方が、隠れ家とは……いえ、むしろ彼らしいと言うべきでしょうか?」


 馬車の中でルイン公爵が苦笑する。


 私は窓の外に広がる木々を眺めながら、扇を軽く開いた。


「"馬鹿王子"ですもの。王宮にいたらすぐに捕まると考えたのでしょうけれど、果たしてどこまで考えて行動しているのかしら?」


「どうでしょうね。少なくとも、そう遠くへは行っていませんし、聖女様の言葉を信じるならば、やはり別邸が怪しいですね」


 ルイン公爵の言葉に、エミリナが申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「……もし違っていたら、申し訳ありません」


「いいえ、むしろ感謝していますわ。少なくとも、手がかりがなければ探すのも難しかったでしょうから」


 私がやんわりと微笑むと、エミリナは少しだけ表情を和らげた。


 それでも、彼女の瞳にはどこか迷いが見える。


「……エミリナ様?」


「……あの、ソニア様。もし殿下がこのまま見つからなかったら……」


「それはありませんわ」


 私はきっぱりと言い切った。


「王太子がこのまま逃げ続けることなど不可能です。それに、貴方がいる限り、彼は必ず戻ってくるでしょう」


「……わたくしが?」


「ええ。殿下は貴方に執着しているようですし、放っておけないのでしょう。むしろ、そちらから出向いた方が、殿下も動きやすいかもしれませんわね」


 エミリナは困ったように眉を寄せたが、何かを考え込むように口を閉ざした。


 ――さて、問題の別邸はもうすぐだ。


「着きましたね」


 ルイン公爵の言葉とともに、馬車が止まる。


 私は軽く息をつき、ゆっくりと降り立った。


「さて……"馬鹿王子"がいらっしゃるかしら?」


 私は扇を閉じ、優雅に微笑んだ。



 ***



「閑散としていますね」


 ルイン公爵が静かに呟く。


 私たちが到着した王族の別邸は、まるで長年放置されていたかのようにひっそりとしていた。庭は荒れ果て、門には蔦が絡まっている。だが、よく見れば、人の手が入った形跡があった。


「……隠れるにはいい場所かもしれませんね」


 エミリナが心配そうに辺りを見回す。


「さて、それでは早速確かめましょうか」


 私は扇を閉じ、足元の石畳を踏みしめながら歩を進めた。扉をノックするが、反応はない。


「いないのでしょうか……?」


 エミリナが小さく呟く。


「いえ、いますね」


 ルイン公爵がふっと微笑んだ。その視線の先、窓のカーテンがわずかに揺れた。


 ――間違いなく、中にいる。


「では、開けましょうか」


 私はさっと扇を掲げると、ルイン公爵が頷き、同行していた護衛の騎士たちが扉を押し開いた。


「……っ!」


 中から聞こえたのは、明らかに焦った足音。


「逃げる気ですね」


「させませんわ」


 私は裾を軽く持ち上げると、迷いなく別邸の中へ踏み込んだ。


 ――そして、


「うわっ、待て! 来るな、ソニア!」


「……ごきげんよう、殿下」


 目の前で慌てて窓から逃げ出そうとしている馬鹿王子を見つけた。


「もう少し、隠れ方を考えた方がよろしいのではなくて?」


 私は優雅に微笑む。


 アルバート殿下はぎくりと肩を震わせ、じりじりと後ずさった。


「お、俺は……その……ちょっと、疲れていただけで……」


「まあ、それは大変ね。では、これ以上お疲れにならないよう、王宮へお送りいたしますわ」


「嫌だ!」


「では、捕獲してちょうだい」


 私が手を掲げると、ルイン公爵が手を叩いた。その瞬間、護衛の騎士たちが一斉に動く。


「ま、待て! 俺は……!」


 アルバート殿下は必死に逃げようとするが、あっという間に取り囲まれる。もがく彼を見下ろしながら、私は冷ややかに告げた。


「殿下、覚悟を決めていただきますわ。これより"更生計画"を始めますので」


 アルバート殿下の顔が一瞬にして青ざめた。



 ***



「……俺は断固として拒否する!」


 王宮へ連れ戻されたアルバート殿下は、玉座の間の片隅で腕を組み、頑なな態度を貫いていた。


「殿下、逃げ出した時点で拒否権はございません」


 私は微笑みながら扇を開き、そっと顔元に掲げる。隣ではルイン公爵が静かに佇み、エミリナは少し困ったように殿下を見つめていた。


「アルバート様……どうしてそんなに嫌がるのですか?」


「決まってる! ソニアの言う『更生計画』なんて、どうせ俺をいじめ抜くためのものだろう!」


「……いじめる?」


 私はゆっくりと扇を閉じた。


「まさか、殿下。私は殿下を"まっとうな王太子"にするために、全力を尽くそうとしているのですのよ?」


「それがもう嫌なんだよ!!」


「殿下、それはつまり、ご自分がまともでないと認めるということでよろしいですね?」


「……ぐっ」


 言葉に詰まる殿下。私は微笑みを深めた。


「さて、更生計画の第一歩として――まずは"規則正しい生活"を身につけていただきます」


「規則正しい生活?」


「ええ。殿下の行動は自由すぎて、もはや王太子としての自覚が足りません。よって、今後の生活は私が管理いたしますわ」


「なっ……!?」


 アルバート殿下の顔が凍りついた。


「ソニア、それは流石にやりすぎでは……」


 エミリナが遠慮がちに口を挟むが、私は微笑んだまま首を横に振る。


「いえ、エミリナ様。ここまで好き勝手に生きてこられたのですから、矯正するには徹底的に管理するのが一番ですわ」


「ひ、ひどい……!」


 アルバート殿下が悲鳴のような声を上げるが、私の心は微塵も揺るがない。これまでの奔放な振る舞いを思えば、むしろ優しいくらいだ。


「では、まず第一の課題として"朝、きちんと起きる"ことから始めましょう」


「子供扱いかよ!!」


「……ええ、殿下が子供のような行動を続ける限り、私は子供として扱います」


 ルイン公爵がくすっと笑いを堪えている。エミリナは複雑そうな顔をしていた。


「さて、明日から本格的に更生計画を始めますわよ、殿下?」


 アルバート殿下の顔は、絶望に満ちていた。


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