第五十話「囚われた宰相」
鎖につながれた男――本物のグリフィス・フォン・ファイアストンが、力なく私たちを見つめていた。
その姿は痛ましいほどにやつれ、肌には傷や痣がいくつも刻まれている。
「グリフィス……本当に、あなたなの?」
私が慎重に問いかけると、男はかすかに笑った。
「……疑うのも無理はないな……だが、私は……本物だ……」
「どうやって証明する?」
ルインが冷静に尋ねると、グリフィスはわずかに眉を動かした。
「お前たちにしか……知り得ない話をしよう……」
そう言って、彼は低く続ける。
「……王太子殿下が幼い頃……私が初めて謁見した際……彼は、私の眼鏡をじっと見つめて……"どうしてそんなに賢そうに見えるの?"と聞いてきた……」
「……!」
私は驚いて殿下を振り返る。
殿下の目が、一瞬大きく見開かれた。
「……覚えているぞ」
「ならば……納得して、くれるか……?」
グリフィスは微かに苦笑する。
私は深く息を吸った。
(……間違いない。この人こそ、本物のグリフィス・フォン・ファイアストン)
では、今王宮で宰相として振る舞っている男は――
「……偽物だった、というわけね」
私の言葉に、グリフィスが小さくうなずく。
「そうだ……私を陥れ、地位を奪った者がいる……」
「誰なんですか?」
エミリナが恐る恐る尋ねる。
するとグリフィスは苦しげに唇を噛み、しばし沈黙した。
そして、低く呟くように言った。
「……それは――」
しかし、その瞬間――
ゴゴゴゴゴ……ッ!
突如、地下室全体が揺れた。
「何……!?」
「これは……まさか!」
私が振り返ると、奥の壁がゆっくりと動き始めていた。
「見つかった……!」
ルインが剣を抜き、即座に臨戦態勢を取る。
「来ます……!」
エミリナが短剣を構える。
そして――
闇の中から、複数の足音が響いた。
「これはこれは……思ったよりも早かったな」
低く響く声。
姿を現したのは、漆黒のローブをまとった男たち。
その先頭に立つのは――
「……君たちがここまで来るとは、驚いたよ」
王宮の宰相、グリフィス・フォン・ファイアストン――"偽物"の方が、冷笑を浮かべてそこにいた。
***
「……やはり、お前が黒幕だったか」
ルインが剣を構え、鋭く睨みつける。
対する"偽物"のグリフィスは、嘲るような微笑を浮かべた。
「黒幕? まるで私が悪事を働いているような言い方だな」
「とぼけるつもり? 本物のグリフィス宰相を幽閉し、王宮を支配していたくせに」
私が静かに言うと、偽グリフィスは肩をすくめる。
「支配、ね……なるほど、そう見えるか」
「言い逃れはできません」
エミリナが短剣を握りしめ、一歩前へ出る。
「あなたが宰相として王宮に入り込んだ時期と、王太子殿下が暗殺されかけた事件が重なっています。偶然とは思えません」
「ほう……なかなか鋭いじゃないか」
偽グリフィスは満足げに笑うと、背後の黒衣の男たちに軽く手を振った。
「……だが、知りすぎたな。君たちには、ここで消えてもらおう」
「ッ……!」
黒衣の男たちが一斉に動いた。
私は即座に剣を抜き、迎え撃つ。
ルインもすかさず前に出て敵を引きつけるが、相手の動きはただの兵士ではない。
「これは……訓練された暗殺者ね」
「厄介な……!」
私たちは必死に応戦しようと身構える。
その瞬間、背後で微かな声がした。
「……やめろ……!」
本物のグリフィスが、かすれた声で叫んでいる。
偽グリフィスは彼を一瞥すると、冷たく言い放った。
「お前には、もう何の力もない」
「ぐっ……!」
鎖につながれた彼が悔しげに拳を握る。
(本物のグリフィスを助けなければ……!)
私は敵を振り払いながら、ルインと目を合わせる。
「ルイン、囚われた宰相を!」
「わかってます!」
ルインが一気に駆け、鎖を断ち切ろうとする。
しかし――
「させるか!」
偽グリフィスが合図を送ると、壁の向こうからさらに増援が現れた。
「……っ、数が多い……!」
「全員ここで仕留めるつもりなのね」
状況は圧倒的不利。
だが――
「……なら、こちらも覚悟を決めるまでよ!」
私は剣を握り直し、前へ踏み出した。
この戦い、絶対に負けられない――!
***
私たちは圧倒的不利な状況に追い込まれていた。
偽物のグリフィスは余裕の表情でこちらを見下ろしている。
「君たちは優秀だが、詰めが甘いな。数の差を覆せるほどの力は持っていないだろう?」
「そうかしら?」
私は挑発的に笑ってみせた。
「殿下を暗殺しようとしたのに失敗し、宰相の座に偽物を据えたこともバレた。あなたのほうが詰めが甘いんじゃない?」
「……フフ、面白いことを言う」
偽グリフィスは肩をすくめながらも、その表情には余裕があった。
だが、私は気づいていた。
(時間を稼げば、必ず助けが来る)
王宮の警備はすでに動いているはず。ルインの部下たちも、事態を察しているだろう。
問題は、それまでどう耐えるか――
私は剣を握り直し、ルインとともに前線へ飛び込んだ。
敵は多いが、守りに徹すればなんとか持ちこたえられる。
本物のグリフィスも、鎖で縛られながら必死に何かを訴えていた。
「……王宮の……地下通路を……!」
「地下通路?」
私は敵を払いながら、グリフィスの言葉に耳を傾ける。
だが、それを聞いた偽グリフィスが冷笑した。
「なるほど、そんなことをまだ覚えていたとはな」
「……?」
「だが、もう遅い。ここで終わりだ」
偽グリフィスが指を鳴らした瞬間――
爆音が響き、天井が崩れ始めた。
「ッ――!?」
「退がれ!!」
ルインが叫び、私たちはとっさに後ろへ飛びのく。
土煙が舞い上がり、視界が一瞬塞がれた。
そして――煙が晴れた時、偽グリフィスの姿はなかった。
「……逃げられた?」
「どうやら、計画的に逃走手段を用意していたようだな」
ルインが悔しげに言う。
だが、私はそれよりもまず――
「宰相を助けましょう!」
本物のグリフィスの鎖を斬り、彼を解放する。
宰相は疲れ切った様子だったが、かすかに微笑んだ。
「……助かった……」
彼の体を支えながら、私は問いかける。
「地下通路というのは?」
「……王宮の奥にある……秘密の通路だ……」
彼の言葉に、私は一つの確信を得た。
(偽グリフィスは、その地下通路を使って逃げた可能性が高い!)
「ルイン、すぐに追跡を!」
「了解!」
こうして、私たちはついに偽グリフィスの正体へと迫ることとなった――




