第四十九話「囚われた真実」
私たちは廊下を進みながら、次に取るべき行動について話し合った。
「本物のグリフィス様がどこにいるのか、何か手がかりが欲しいですね……」
エミリナが不安げに呟く。
「そうね。偽物が王宮にいる以上、本物はどこかに幽閉されているはずよ」
私はそう答えながら考えを巡らせる。
しかし、王宮の中でそれを見つけ出すのは簡単なことではない。
「今のグリフィスが偽物だとしたら、入れ替わった時期がいつかが重要ですね」
ルインが冷静に言う。
「エミリナ、あなたが違和感を覚えたのはいつ頃?」
「……わたくしが最後に"本物のグリフィス様"にお会いしたのは、一ヶ月ほど前です。その時は、確かにいつも通りのお姿でした。でも、その後しばらく姿をお見かけしなくなって……」
「それで、久々に会ったら違和感があった、と」
「はい。言葉遣いも立ち居振る舞いも同じなのですが……何かが違うと感じました」
エミリナは少し俯きながら続ける。
「わたくしに対する態度も変わりました。グリフィス様は昔から冷静な方ですが、わたくしが何かお話しすると、少しだけ優しい表情をされることがあったんです。でも、最近はそれが全くなくなってしまって……」
私は考え込む。
(感情の欠如……それが偽物の特徴ということね)
そして、ふと思いついた。
「エミリナ、あなたはグリフィスに"聖女の奇跡"について相談したことはある?」
「……はい。以前、何度か」
「そのとき、どんな反応だった?」
「本物のグリフィス様は、"奇跡"の正体を慎重に探るべきだと言ってくださいました。でも……最近のグリフィス様は、その話をするとすぐに話題をそらされます」
「なるほどね」
私は腕を組む。
偽物のグリフィスは、"聖女の奇跡"について触れられたくない……つまり、そこに関わる何かがあるのかもしれない。
「まずは、グリフィスが姿を消していた期間を詳しく調べる必要があるわね」
「そうですね。その間、何があったのかを突き止めるのが先決です」
ルインが頷いた。
そして、その調査を進めるために、私たちは王宮の中で最も情報が集まる場所――王宮図書館へと向かうことにした。
夜の王宮図書館は静まり返っていた。
この時間になれば、ほとんどの者が立ち入ることはない。
「ここなら、過去の記録も残っているはずね」
「ええ。王宮に関する出来事は、大抵この図書館の記録室に保管されています」
エミリナが本棚を見回しながら頷く。
私たちは慎重に歩みを進めながら、グリフィスの行動に関する記録を探し始めた。
「……あった」
ルインが一冊の記録簿を手に取る。
「これにはグリフィス宰相に関する記録……ここ数ヶ月分がまとめられているようです」
私たちは息をのんでそのページを開く。
そして――そこには、奇妙な記述があった。
『○月○日――宰相グリフィス・フォン・ファイアストン殿、"健康上の理由"により、一時的に執務を離れる』
「健康上の理由……? そんな話、聞いたことないわね」
私は眉をひそめる。
「本当に体調不良なら、もっと大きな話になっていたはずよ。けれど、私たちの耳には何も届かなかった」
「それに、ここに記載されている"執務を離れていた期間"が……ちょうどエミリナ様が違和感を覚えた時期と重なりますね」
ルインが冷静に指摘する。
「つまり、この期間にグリフィスは入れ替わった可能性が高いわね。でも、"健康上の理由"っていうのが本当なら、どこかで療養していたということになるわ。問題は、その"どこか"がどこなのか、ね」
私は記録簿をめくりながら、別の情報がないか探した。
そして、ある記述を見つける。
『○月○日――王宮地下の"特別収容室"に関する書類の更新』
「……王宮地下?」
「特別収容室?」
エミリナが不安げに呟く。
「そんな場所、聞いたことないわ……」
「私も聞いたことないわ。でも、もしそこに"本物のグリフィス"が囚われているとしたら?」
私の言葉に、ルインとエミリナは表情を引き締める。
「……調べる価値がありますね」
「ええ。行ってみましょう」
私たちは記録を閉じると、誰にも気づかれぬよう静かに図書館を後にした。
目指すは――王宮地下。
本物のグリフィスが、今もそこに囚われているのなら。
私たちは、必ず彼を見つけ出さなければならない。
***
図書館を出た私たちは、王宮の奥深くへと足を踏み入れた。
夜の廊下は静まり返っており、時折、巡回する衛兵の足音だけが響いている。
「特別収容室……そんな場所、王宮内に存在するなんて初めて知りました」
エミリナが小声で呟く。
「私もよ。公になっていない部屋なら、おそらく王族や宰相レベルの者しか知らないでしょうね」
「問題は、その場所への入り口がどこにあるか、ですね」
ルインが周囲を警戒しながら言う。
私たちは慎重に進みながら、地下への入り口を探し続けた。
すると――
「……ここ、怪しくない?」
私は王宮の一角、普段はあまり人が立ち入らない使用人用の廊下に目を向けた。
そこには、古びた壁掛けがかけられているが……妙に不自然だ。
「試しに動かしてみますか」
ルインが壁掛けを慎重にずらす。
すると、そこに現れたのは――小さな扉だった。
「隠し扉……?」
エミリナが驚きの声を上げる。
「まさか、本当に地下へ通じているのでしょうか?」
「確かめてみよう」
私は扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと引いた。
――ギィ……
扉の向こうには、ひんやりとした冷気が漂う石造りの階段が続いていた。
「間違いなさそうね」
「行きましょう」
私たちは息を殺しながら、慎重に階段を下りていった。
***
地下へ降りるにつれ、空気は重く、湿り気を帯びていた。
壁に取り付けられた灯火がわずかに辺りを照らしている。
「こんな場所、まるで牢獄みたいですね……」
エミリナが不安げに囁く。
私も同感だった。
地下へ降りきると、そこには分厚い鉄の扉がいくつも並んでいた。
「これが……特別収容室?」
私は扉に近づき、耳を澄ませる。
どの部屋も静まり返っている。
(ここに本物のグリフィスがいるのかしら……)
「どの扉を開けますか?」
「手当たり次第に開けるのは危険ね。誰かいるか確かめながら進みましょう」
私たちは慎重に扉を調べていく。
しかし、どれも施錠されており、中の様子は分からない。
そんな中――
「……待って」
私は奥の扉の前で足を止めた。
ほんのわずかに、中から微かな気配がする。
私は耳を押し当てた。
そして、確かに聞こえた。
――かすかな、うめき声。
「……誰かいる」
私が囁くと、ルインが扉の鍵を確認する。
「この鍵、簡単には開かないようですね……」
「でも、ここまで来た以上、見過ごせないわ」
私は短剣を取り出し、鍵穴に差し込む。
鍵をいじりながら、息を殺す。
(頼む……開いて)
カチリ――
乾いた音が響き、鍵が外れた。
「……開いたわ」
私は扉を押し開けた。
そして――
「――ッ!」
そこにいたのは、鎖につながれた一人の男。
その姿は痩せこけ、衣服もぼろぼろだった。
だが、私はその顔を見た瞬間、確信した。
(まさか……)
「……グリフィス?」
私の声に、男はゆっくりと顔を上げる。
そして、かすれた声で――
「……助けに、来たのか……?」
本物のグリフィス・フォン・ファイアストンが、そこにいた。




