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第四十七話「疑念の種」

 翌朝、王宮はいつもと変わらぬ静けさに包まれている。


 昨日から私の胸には小さな違和感が残っていた。


(宰相グリフィス・フォン・ファイアストン……本当に彼が黒幕なの?)


 もちろん、昨夜の刺客の証言が間違っているとは思えない。けれど、グリフィスはこれまで王宮の中枢を担ってきた人物だ。仮に彼がグスタフ王子派に協力しているとしても、その理由がはっきりしない。


「……納得できないわね」


 私は執務室へと向かう殿下の背中を追いながら、小さく呟いた。すると、隣を歩いていたルインが私の独り言を拾うように言葉を返した。


「宰相殿が黒幕かどうか、確証があるわけではありません」


「そうね。ただ、証言が出た以上、疑うべきではあるでしょう?」


「ええ。ですが、"なぜ"という部分を見落としてはいけません」


 ルインの言葉は的確だった。


 殿下はまだ何も言わずに歩いていたが、私たちの会話は聞こえているはずだ。やがて、王宮の長い廊下を進む足を止め、彼は低く呟いた。


「――グリフィスが変わったのは、いつからだ?」


「……え?」


 その問いに、ルインがわずかに目を細める。


「確かに、最近の宰相殿の動きには不審な点が多いです。以前まで彼は公平な立場を保ち、慎重な判断を下すことで知られていました。しかし、ここ数ヶ月の間に急激にグスタフ王子派と距離を縮めている」


「やっぱり"最近"なのね」


 私がそう確認すると、ルインは頷いた。


「興味深いことに、その時期と"ある事件"の発生時期が重なっています」


「……ある事件?」


「ええ。数ヶ月前、グリフィス宰相が数日間、公務を休んでいたことがありました。理由は"体調不良"とされていますが……彼が王宮から姿を消していた期間があるのです」


 殿下の表情が険しくなる。


「……それは、どれくらいの期間だ?」


「四日間です。その間、宰相の代理を務めたのは補佐官でした。ですが、正式な文書には宰相自身の署名が残されている」


「おかしいわね……」


 体調不良で公務を休んでいたのに、正式な文書には署名が残っている?それはつまり……


「――その期間の宰相は、本当に彼だったのか?」


 殿下の言葉が静かに響く。


 王宮の静けさの中で、私たちは互いに目を見交わした。


(四日間の不在、そして公的な書類に残された署名……)


 それが事実なら、宰相グリフィス・フォン・ファイアストンはその期間、どこにいたのだろう?


「とにかく、まずは宰相と話してみましょう」


 私の言葉に、殿下はゆっくりと頷いた。


「そうだな……しかし、下手に疑いを見せるわけにはいかない。こちらが何かを探っていると悟られれば、証拠を消されるかもしれん」


「ええ、慎重に進めるべきね」


 そうして私たちは宰相の執務室へと向かった。


 宰相グリフィス・フォン・ファイアストンの執務室は、王宮の中でも特に格式の高い一室だった。豪奢な装飾は抑えられているものの、整然と並ぶ書類や書架の数々が、ここが王国の政務の中心であることを物語っている。


「王太子殿下、お待ちしておりました」


 中に入ると、宰相――いや、「今のグリフィス」が落ち着いた様子で迎え入れた。


 貴族らしい洗練された所作、冷静で隙のない表情。その姿は、私がこれまで知っていた宰相そのものだった。


 だが――


(何かが違う気がする……)


 これまで何度も顔を合わせてきたはずなのに、目の前の彼からは、言葉にできない違和感が漂っている。


「殿下、昨夜の件についてはすでに報告を受けております。刺客の件、調査を進めておりますのでご安心を」


 淡々とした口調で話す宰相に、私はじっと視線を向けた。


 そしてふと気づく。


(……目の色が、こんなに冷たかったかしら?)


 もちろん、宰相はもともと冷静沈着な人物だった。だが、それでも政治的な議論を交わすときには、どこかに知的な鋭さや熱意を感じたはず。


 今の彼の瞳には、それがない。まるで――ただの「役割」を演じているかのように。


「宰相、少し質問をよろしいかしら?」


「ええ、もちろん」


 私は何気ない調子を装いながら、彼に問いかけた。


「数ヶ月前、体調を崩されたと聞いていますが……大丈夫ですか?」


 その瞬間、宰相の表情が僅かに揺らいだ――気がした。


 だが、それはほんの一瞬のこと。彼はすぐに穏やかな微笑を浮かべる。


「ええ、少し無理をしすぎていたようで。殿下の外交政策の調整など、多忙でしたからな」


「そうですか……では、その間の公文書についても、宰相ご自身で署名されていたのですね?」


「当然です」


 即答だった。


(……違和感が強くなったわね)


 私の問いに一切の迷いがない。それはつまり、あらかじめ「こう答えるべき」と用意されていたかのような反応だった。


 何かがおかしい。


 けれど、この場で追及するにはまだ早い。


(少しずつ、確かめていくしかないわね)


「わかりました。お身体にはお気をつけくださいね、宰相」


 私は微笑みを浮かべながら、ゆっくりと席を立つ。


 そして執務室を後にしながら、ルインと殿下に小さく囁いた。


「……やっぱり、おかしいわ」


 殿下の表情が険しくなる。


「俺もそう思う。まるで……」


「"本物のグリフィス"を演じているかのように、ね」


 私たちは目を見交わす。


 ――真実は、まだ隠されている。


 けれど、この違和感はきっと、やがて"確信"へと変わるはずだった。


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