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第四十五話「罠にかかった獲物」

 「王太子殿下が極秘裏にエルフェルトの使節と会う」


 この情報が宮廷に流れてから、動きは予想以上に早かった。


 オーウェン伯爵が自身の息のかかった者たちを通じて情報を探り始めたのは、確認できただけでも半日と経たぬうちだった。そしてその夜、彼は密かに動いた。


「オーウェン伯爵の動きを確認しました。側近を通じて、数人の"仕事人"を手配したようです」


 ルインが静かに告げる。


「……思ったよりも手回しがいいわね」


 私は唇を噛む。伯爵が単なる傀儡でなく、相応に手腕を持つ人物であることは分かっていたが、これほど迅速に動くとは。


「やっぱり、オーウェン伯爵は刺客を送り込むつもりなのか?」


 殿下が表情を引き締める。


「可能性は極めて高いですね。彼は"確認"のために動くような慎重な性格ではありません。確実に"排除"しようとしています」


 ルインが静かに目を細める。淡々とした口調だったが、その奥にある緊張感は隠しきれない。殿下が標的にされる可能性が高い以上、彼を守る手筈は万全でなければならない。


 私は殿下の表情を窺う。いつもはどこか頼りなげなところもある彼だが、今の瞳には迷いがなかった。


「なら、こちらも準備を万全にしないとね」


 そう言った私の言葉に、アレクセイが軽く肩をすくめる。


「殿下、"囮役"は予定通りでいいんだな?」


「……ああ」


 殿下が深く頷く。


 ――そう、今回の作戦の要は"おとり"。


 刺客を誘い出し、その背後にいる黒幕を暴くこと。


 そして、その囮を務めるのは――


「王太子殿下が危険を冒す必要はありません。私が身代わりになります」


 ルインが淡々と言った。


「お前が?」


 殿下が驚きの声を上げる。


「はい。私は殿下の側近であり、ある程度の体格や雰囲気を似せることは可能です。暗がりであれば、遠目からでは区別はつきにくいでしょう」


「でも、それじゃルインが狙われることになるわ」


 私が口を挟むと、彼は小さく微笑んだ。


「そこは心配ご無用。私の護衛の腕は、伊達ではありません」


「……とはいえ、完全に一人で囮になるのは危険すぎる」


 アレクセイが腕を組む。


「そもそも、お前じゃ殿下ほど"無防備な標的"には見えないだろう。下手をすると警戒されて刺客が引くかもしれん」


「なるほど、確かに……」


 ルインが考え込む。


 私も眉を寄せた。確かに、ルインはあまりに隙がなさすぎる。王太子殿下が無防備に一人で出歩いている、という状況を演出しなければ、刺客たちは慎重になりすぎてしまうかもしれない。


「だったら――」


 私は意を決して口を開いた。


「私が殿下の付き添い役として同行するわ」


「お前が?」


 殿下とルインが同時に私を見る。


「ええ。殿下が完全に一人きりではなく、護衛もつけずに女性一人を連れているとなれば、刺客たちも"好機"だと判断するでしょう。それに、何かあれば私も戦える」


「……確かに、お前なら戦力としても期待できるな」


 アレクセイが頷く。


「ただし、逃げ道の確保は絶対条件だ。刺客を捕らえるのが目的とはいえ、こちらが犠牲を出すわけにはいかない」


「その点は、私が手配しましょう」


 ルインが落ち着いた声で言う。


「すでに配置済みの護衛たちと合流できるポイントを複数設けておきます。万が一の際は、速やかに撤退を」


「わかった」


 殿下が深く息をつく。


「じゃあ、予定通り決行だ」


 こうして、私たちは決戦の夜を迎えた。


 暗闇に紛れて、刺客たちは動き出す。


 だが、彼らは知らない――


 標的だと思っている王太子殿下こそ、彼らを誘い込むための罠であることを。



 ***



 夜の帳が降りる頃、私とルイン――いや、王太子殿下の替え玉を務める彼は、決められた場所へ向かって歩を進めていた。


 辺りはしんと静まり返り、通りを歩く人影もまばら。宮廷の片隅にある庭園の奥まった場所は、確かに密会には最適だ。


 だが、こちらが求めているのは密会ではない。


 刺客を誘い出し、捕らえること。


 私たちが木立の影を抜けた、その瞬間。


 ――ザッ。


 わずかな足音が、背後から聞こえた。


(来た――!)


 咄嗟に身構えようとした私を、ルインがわずかに手で制する。


 まだ動くな、と。


 確かに、ここで焦って相手を威嚇すれば、向こうが警戒して逃げる可能性がある。


 私はゆっくりと呼吸を整え、王太子殿下(に扮したルイン)を見上げるふりをしながら、視線だけで周囲を探る。


 ――いた。


 木々の影に紛れるようにして、数人の影がこちらを囲むように移動している。


 恐らく、まずは状況を見極めているのだろう。王太子殿下ルインが本物かどうか、護衛がいないか、確実に仕留められるか――慎重に動いている。


(でも、もう遅いわよ)


 私は密かに合図を送る。


 瞬間、風を切る音と共に、影が動いた。


 ギラリ――


 月明かりを反射する鋭い刃。


「ルイン!」


 私が叫んだと同時に、ルインが身を翻す。


 刺客の刃が宙を裂いたその刹那――


「――今だ!」


 アレクセイの声が響いた。


 直後、物陰から複数の護衛たちが飛び出し、瞬く間に刺客たちを取り囲む。


「何っ――!?」


 不意を突かれた刺客たちが驚きに目を見開く。


 その隙を逃さず、ルインが一閃。


 彼の剣が、刺客の手に握られた短剣を弾き飛ばす。


「動くな」


 低く鋭い声に、刺客は歯を食いしばった。


 しかし、周囲を完全に包囲された今、もはや逃げ道はない。


 アレクセイが刺客の一人に近づき、無造作にその顎を持ち上げると、軽く鼻を鳴らした。


「ふーん。思ったよりも高位のやつを送り込んできたな」


「……何のことだ」


 刺客の男は吐き捨てるように言うが、その肩には汗が滲んでいる。


「お前たちの動きが速すぎる。つまり、事前にしっかり準備されていたってことだろ?」


 アレクセイが冷ややかに言う。


「よほど、"確実に仕留めろ"と念を押されていたんじゃないか?」


 刺客は何も答えない。


 しかし、その沈黙こそが答えだった。


「――さて、あとは誰がこいつらを送り込んだのか、吐いてもらわないとな」


 アレクセイが不敵に笑う。


 私は息を整えながら、ルインと視線を交わした。


「まずは一歩前進、ね」


「ええ。ただし、まだ終わりではありません」


 ルインは表情を崩さないまま、静かに告げた。


 ――そう。これで終わりではない。


 背後にいる黒幕を突き止めるまで、この戦いは続く。

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