表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/52

第四十二話「囮作戦開始」

「では、殿下を囮にした作戦を決行しましょう」


 ルインがそう宣言すると、部屋の中に緊張が走る。


「とはいえ、あくまで安全を確保した上での話です。殿下に危険が及ぶような状況は作りません」


「具体的には、どういう作戦を?」


 私が尋ねると、ルインは冷静な口調で説明を始めた。


「まず、殿下が単独で動くという情報を意図的に流します。その際、護衛を最低限に減らしたように見せかけ、隙を作る」


「でも、実際には?」


「もちろん、裏では精鋭の護衛を配置し、刺客が現れたら即座に確保します」


「なるほど……」


 私は考え込む。この作戦の要は、相手に「今なら王太子を狙える」と思わせることだ。


「問題は、どこでやるか、ですね」


 アレクセイが腕を組みながら言った。


「宮殿の中だと相手も警戒するだろうし、かといってあまりに人気のない場所だと護衛の配置が難しい」


「適した場所を選ばないとね……」


 私がそう言うと、ルインが頷いた。


「ちょうどいい場所があります。城の庭園の一角に、小さな離れがありますよね?」


「ああ、あそこか」


 殿下が思い当たったように言う。


「普段はあまり使われていない場所だが……確かに、人目につきにくい」


「殿下が『気分転換に散歩に出かける』という情報を流せば、相手が動く可能性が高いですね」


「わざわざ囮にならなくても、もっと別の方法はないんですか?」


 エミリナが心配そうに殿下を見つめる。


「もちろん、殿下に危険は及ばせません」


 ルインは冷静に答えた。


「離れには見えない場所に護衛を配置し、刺客が近づいた瞬間に確保します。殿下には最低限の演技をしていただくだけです」


「演技ね……」


 殿下はため息をつく。


「まあ、俺がぼんやり庭を歩けばいいんだな?」


「ええ、適当にため息のひとつでもついていただければ、それらしく見えるでしょう」


「おい、俺はそんなに弱々しく見えるのか?」


「さあ?」


 ルインはさらりと流した。殿下がむっとした顔をするが、エミリナが不安そうにしているのを見て、口を閉ざす。


「では、作戦を決行するのは明日ですね」


 ルインが話をまとめると、全員が緊張した面持ちで頷いた。


「……わかった。やるからには、しっかり捕えろよ」


「承知しました」


 こうして、王太子を囮にした作戦が始動することとなった。



 ***



 翌日、作戦決行。


 昼下がりの庭園。柔らかな風が吹き抜け、草花が静かに揺れている。


 殿下は予定通り、気怠そうな様子で歩いていた。時折ため息をつき、遠くを眺める。まるで何か悩み事を抱えているかのような雰囲気だ。


「……本当にそれらしく見えるわね」


 私は少し離れた茂みに隠れながら、殿下の様子を観察していた。ルインやアレクセイも別々の場所に潜み、護衛たちも周囲に潜伏している。


 今のところ、怪しい動きはない。


(……本当に刺客は現れるのかしら?)


 そう思ったその瞬間、遠くの木々の陰から、黒ずくめの人物が現れた。


「来た……!」


 私は息をのむ。


 その人物は慎重に周囲を伺いながら、殿下へと近づいていく。片手には、細い短剣が握られていた。


(やっぱり……!)


 私は緊張しながら身構え、腰に差した剣の柄を強く握る。だが、慌てて動くわけにはいかない。護衛たちもまだ動かない。相手がどこまで近づくかを見極めているのだ。


 刺客はさらに歩みを進め、殿下との距離を縮める。


(あと数歩……!)


 その時――


「今だ!」


 ルインの声が響くと同時に、護衛たちが一斉に動いた。


「なっ――!?」


 刺客は驚いたように身を翻そうとしたが、既に遅い。複数の護衛に取り押さえられ、地面に押し倒された。


「くそっ……!」


「大人しくしろ」


 ルインが冷ややかに言い放つ。刺客は必死に抵抗しようとするが、完全に動きを封じられていた。


「――ふぅ、これで一安心か」


 アレクセイが茂みから出てきながら、肩をすくめる。


「……まったく、危ないところだったな」


 殿下も安堵のため息をついた。


 私は刺客をじっと見つめる。


(さて……あなたは、いったい誰の差し金なのかしら?)


 次なる課題は、この刺客の背後にいる黒幕を暴くことだ。



「――さて……まずは、お前の正体を聞かせてもらおうか」


 ルインが静かに告げると、取り押さえられた刺客は苦々しい表情を浮かべた。


「くっ……こんなはずじゃ……」


 護衛に押さえつけられたまま、刺客は悔しそうに唇を噛む。


「誰の指示で動いた?」


 アレクセイがゆっくりと近づき、冷ややかな目で刺客を見下ろした。


「答える気はないか?」


「……」


 刺客は唇を噛んだまま、視線を逸らす。その沈黙が答えだった。


「まあ、そう簡単には吐かないですよね」


 ルインが溜息をつきながら、殿下の方を振り返る。


「殿下、この男を宮廷の尋問官に引き渡しましょう。拷問は避けられませんが、それなりに有力な情報は引き出せるはずです」


「……それしかないか」


 殿下は複雑そうな表情を見せながらも頷いた。


「だが、下手に拷問しても嘘の証言をする可能性もある。時間をかけて慎重に調べるべきだろう」


「ええ、そうですね」


 ルインが軽く頷いた。


「では、すぐに移送を――」


「待って」


 私は考えを巡らせながら、刺客をじっと見つめる。


「……何か?」


 ルインが私に視線を向ける。


「この男、あまり鍛えられていないわ。プロの暗殺者にしては、動きが鈍かった」


 言いながら、私は刺客の腕を見た。しなやかではあるが、筋肉が薄い。とても訓練を積んだ者には見えない。


「確かに……」


 ルインも同じく観察しながら、静かに呟く。


「じゃあ、こいつはただの使い捨てか?」


 アレクセイが軽く眉を上げた。


「グスタフ王子派の本命じゃない可能性があるな」


 私も頷く。


「もしかすると、私たちの反応を確かめるための"偵察"かもしれないわ」


「偵察、ね……」


 殿下が難しそうに考え込む。


「つまり、もっと本格的な暗殺者が控えているってことか?」


「可能性はあるわ」


 私の言葉に、殿下は唇を引き結んだ。


「なら、これはまだ始まりに過ぎないってことだな」


「……殿下」


 私は殿下の表情を見つめる。


 囮作戦は成功した。だが、これは単なる"序章"にすぎないかもしれない。


「もう少し情報を集める必要があるわね」


「ええ。そのためにも、この男をうまく利用しましょう」


 ルインが冷静に告げる。


「尋問で情報を引き出すだけでなく、逆にこちらから"偽の情報"を流すこともできます」


「なるほどな……」


 アレクセイが口元に笑みを浮かべた。


「例えば、『王太子殿下が王宮を離れ、別の場所へ滞在する予定だ』なんて話を意図的に広めるのも手だな」


「相手がそれを信じて本格的な手を打ってくれば、次の動きが見えてくるかもしれません」


 ルインの言葉に、私は小さく息を吐く。


「……殿下、本当に危ない橋を渡ることになるわよ」


「もう覚悟は決めた」


 殿下は力強く言った。


「俺はこのまま、王太子としての責務を果たす。それに――」


 彼は私をまっすぐに見つめる。


「お前たちがいる。だから、大丈夫だ」


 その言葉に、私は少し胸が熱くなった。


(この人は、ちゃんと前を向いている)


 私が彼を支えるべきかどうか迷う必要なんてなかった。


「じゃあ、決まりね」


 私は微笑み、剣の柄に手をかけた。


「次は、こちらが仕掛ける番よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ