第四十話「疑惑の影」
翌日、王宮はいつもと変わらぬ静けさに包まれていた。だが、その裏では確実に"何か"が動いている。
私は書庫で手に入れた記録の内容を改めて整理し、ルインやエミリナと共に考察を重ねていた。アレクセイが情報を探るために動いた以上、こちらも手をこまねいているわけにはいかない。
そんな中――
「殿下、急ぎお話ししたいことがあります」
王宮の一室で、マルティンが真剣な顔で報告に現れた。
「何か分かったのか?」
殿下が身を乗り出す。
「はい。先ほど、王宮内の文官の一人が、王国外務省の役人と密かに接触していたという情報が入りました」
部屋の空気が一気に張り詰める。
「……外務省?」
ルインが鋭く反応する。
「はい。どうやら、書庫の件について、何らかの情報をやり取りしていたようです」
「つまり……この記録を探していたのは、グスタフ王子派の内通者だけではなく、"王国内部の勢力"の可能性もある、ということね」
私は静かに呟いた。
「ふむ……」
ルインは考え込む。
「外務省が関与しているのなら、単なるスパイ活動ではなく、より大きな政治的動きがある可能性が高いですね。殿下、どうなさいますか?」
殿下は一瞬迷ったが、やがて深く息を吐いた。
「……このまま放っておくわけにはいかない。直接、外務省の動きを探る必要がある」
「殿下……」
私はその真剣な表情を見て、胸の鼓動が早くなった。
――この気持ちは何だろう?
そんな疑問を抱きながらも、答えは出ないまま、私は殿下と共に動き出した。
***
外務省の動きを探るべく、私たちは王宮の一角にある事務官たちの執務室へと向かった。ここには外交に関する書類が集まり、多くの文官が日々働いている。
廊下を歩く間も、殿下の表情には緊張が浮かんでいた。ルインも黙って彼の隣を歩く。
「まずは、件の文官の身元を確かめましょう」
マルティンの声が低く響く。
「接触していた外務省の役人は、名をマティアス・グレゴリー。元々は王宮に仕えていましたが、五年前に外務省へ異動しました」
「王宮にいた……?」
殿下が眉をひそめる。
「ええ、当時は外交文書の整理を担当していたはずです。つまり、王宮内の機密情報にもある程度触れていた可能性があります」
「……そんな人物が、なぜ今になって裏で動き始めたのかしら」
私は疑問を口にした。
「彼の背後には何者かがいる可能性がありますね」
ルインが淡々と言う。
「エルフェルト王国のグスタフ王子派と繋がっているのか、あるいは国内の別の勢力なのか……」
そのとき――
「――おいおい、ずいぶんと熱心に調べてるな」
低く、落ち着いた声がした。
顔を上げると、廊下の向こうからこちらに歩み寄る人物がいた。
「アレクセイ……」
長身の男が微笑を浮かべて立っていた。
「よう、アルバート殿下、それにソニア」
「なぜここに?」
殿下が警戒する。
「外務省に関する情報を集めてたら、そっちも同じ動きをしてるみたいだったからな」
アレクセイは落ち着き払った様子で言う。
「それとも……俺のこと、警戒してんのか?」
「……まさか」
殿下は僅かに目を伏せた。
確かにアレクセイはエルフェルト王国の人間だが、彼自身がグスタフ王子派と繋がっている証拠はない。それどころか、むしろ彼の冷静な態度は、この混乱の中で貴重な助けになり得るかもしれない。
「何か手がかりが見つかったの?」
私が問うと、アレクセイは一瞬だけ沈黙した後、微笑を深めた。
「少しな。ただ、ここじゃ話しづれぇ。場所を変えようぜ」
私たちは静かに頷き、彼の案内で人目のない部屋へと移動することにした。
***
小さな応接室に入り、ドアを閉めると、アレクセイはゆっくりと口を開いた。
「外務省の一部で、不審な動きがあるのは確かだ。それに関与してるのが、さっきのマティアス・グレゴリー」
「彼は何をしているの?」
「最近、王宮内の古い外交記録を密かに調べてたみたいだ。特に、二十年前の交易条約に関する資料をな」
私は殿下と視線を交わす。まさに、私たちが書庫で見つけた記録と一致する。
「なぜ今になって、その記録が狙われるのかしら」
「おそらく――」
アレクセイは一拍置き、ゆっくりと続けた。
「エルフェルト王国の王位継承問題が関係してるんだろうな」
やはり、そこに行き着くのか。
「今のエルフェルト国王の立場は、決して安定しちゃいねぇ。グスタフ王子派が勢力を拡大し、国内に不穏な動きが見られる。そして、その勢力は"過去の条約"を利用しようとしてる可能性がある」
「……過去の条約?」
殿下が訝しげに聞き返す。
「そう。つまり――"この王国は、過去にエルフェルト王国の王家と婚姻同盟を結ぼうとしていた"って事実が、今の政治情勢に影響を与えるかもしれないってことだ」
私は息を呑んだ。
「その記録を使って、何をしようとしているの?」
「もしグスタフ王子が即位を狙ってるなら、"正統性"が必要だろうな。それで、過去の記録を引っ張り出して、"この王国とエルフェルトは昔から深い繋がりがある"って印象を与えようとしてるのかもな」
「……それってつまり、"この王国の王太子"である殿下が、何らかの形で巻き込まれる可能性があるってこと?」
「そういうこった」
アレクセイは微笑を浮かべたまま言った。
「つまり、王太子殿下の立場が、エルフェルト王国の内政問題にも影響を与える可能性があるってことだ」
私は殿下を見た。
彼の表情は険しいものだったが、迷いは見えなかった。
「……もう逃げるつもりはない」
静かに、しかし力強くそう言った殿下の姿に、私はわずかに微笑んだ。
――この国の未来を守るために、次の一手を考えなければならない。




