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第四話「王太子、逃がしませんわよ?」

 王太子アルバートが大広間を飛び出してから数分後。


「さて、殿下が逃げたのは予想通りとして……どうしましょうかしら?」


 私は扇を軽く振りながら、静かに考える。殿下の背中が見えた瞬間に逃走する未来は読めていたけれど、本当に無計画に逃げるとは思わなかったわ。


「いやぁ、あの馬鹿王子、見事なまでの逃亡っぷりでしたね」


 隣に立つルイン・ベイレフェルト公爵が、口元に笑みを浮かべながら言う。その言葉遣いは優雅そのものだが、発言内容はなかなか過激だ。


「まったくですわ。あのまま逃がしてよろしいと?」


「いいえ。むしろ、捕まえますよ」


 ルインは軽く肩をすくめると、私の方へ向き直った。


「さて、ソニア様。我々で馬鹿王子捕獲作戦を決行しましょうか?」


「……なんだか、犯罪者を捕まえるみたいな響きですわね」


「実質的に似たようなものかと。王太子としての自覚がない今の殿下は、政治的にも人道的にも危険な存在ですから」


「まぁ、否定はしませんわ」


 私はため息をついた。こんな王太子を野放しにしておけば、また意味のない婚約破棄騒動を引き起こしかねない。


「ま、待ってください!」


 突然、聖女エミリナが慌てて話に割り込んできた。


「殿下は……お疲れなのです。どうか、そっとして差し上げて……」


「エミリナ様。申し訳ありませんが、それはできませんわ」


 私は微笑みながら彼女を見つめる。


「殿下は次期国王。感情に任せて逃げることは許されませんわ」


「で、でも……」


 エミリナは困ったように俯く。


「そもそも、どうして聖女さまがそこまで殿下に肩入れなさるの?」


「わ、わたくしは……ただ、殿下が心配で……」


「心配? それとも……」


 私は扇を閉じ、彼女の瞳を覗き込んだ。


「殿下を意のままにしたいのかしら?」


「!!」


 エミリナは息を呑む。


「い、意のままになど……!」


「それなら、殿下のために、しっかりと王太子としての責務を果たすよう導くのが筋ですわ」


「…………」


 エミリナは黙り込んだ。彼女の表情は迷いと不安に満ちている。


「ふむ。聖女様、あなたにはもう少し学ぶべきことが多そうですね」


 ルインが優雅に微笑みながら言う。


「さて、ソニア様。馬鹿王子を捕まえるには、どう動きましょうか?」


「そうですわね……」


 私は少し考え、優雅に微笑む。


「せっかくですし、殿下が逃げ込める場所を封鎖しつつ、最も逃げられたくない場所へ追い込みません?」


「おぉ、それは名案ですね」


 ルインの紫の瞳が愉快そうに細められる。


「では――馬鹿王子捕獲作戦、始動といきましょうか」



 ***



「殿下を捕まえますわよ!」


 大広間に響いた私の宣言に、周囲の貴族たちがどよめく。


 アルバートが逃げ出してからすでに一時間。王宮内の侍従や騎士たちが右往左往しているが、いまだ王太子は見つかっていない。


「……おや、なかなか面白い展開になってきましたね」


 隣に立つルイン公爵が、楽しそうに微笑む。黒髪を指で弄びながら、涼しげな紫の瞳で私を見ていた。


「公爵閣下、あなたも手伝ってくださるのでしょう?」


「ええ、もちろんですとも。馬鹿王子の始末をつけるために来たのですから」


 ――この方、王太子に対する口の悪さが洗練されすぎでは?


 まあ、私も彼に関しては似たような気持ちなので気にしないことにする。


「ですが、どうやって捕まえるおつもりで?」


「ふふ、策はありますわ。逃げ場を塞ぎ、追い詰めればいいだけのことですもの」


 私は扇を広げ、微笑んだ。


「王宮の出入り口にはすでに兵士を配置しましたし、宮殿の内部も侍従たちが探しています。しかし、殿下は単純な方。外に逃げるよりも、まずは宮殿内で息を潜める可能性が高いですわね」


「なるほど。ならば、罠を張るのが得策でしょう」


 ルイン公爵は頷き、指を鳴らす。すぐに彼の部下らしき男たちが数人現れ、無言で敬礼をした。


「さて、王太子を捕獲するとして、どこに誘導するかが問題ですね」


「ええ、それについては……」


「ま、待ってくださいっ!」


 突然、甲高い声が響いた。


 振り返ると、そこには泣きそうな顔をした聖女エミリナが立っていた。彼女の金髪が揺れ、大きな青い瞳が不安そうに揺れる。


「どうなさいましたの?」


「わ、わたくし……殿下を捕まえるなんて……!」


「でも、殿下を捕まえないと話が進みませんわ」


「で、ですが……!」


 エミリナは唇を噛み、必死に言葉を探している。


「そもそも、なぜ殿下は逃げたのです?」


 ルイン公爵が興味深そうに尋ねた。


「そ、それは……」


 エミリナはモゴモゴと口ごもる。


「殿下は、わたくしのことをお守りすると言ってくださいました。でも、ソニアさまが怖いからと……」


「……は?」


 私は思わず聞き返した。


「お守りすると言ったのに、怖くなったら逃げたのですか?」


「そ、そうです……」


「それ、つまり“最初から守る気がなかった”のでは?」


「!!!!」


 エミリナの顔が青ざめた。


「そ、そんなことは……! 殿下は……! 殿下はお優しいお方なのです!」


「お優しい方が、自分の言葉に責任も持てず、逃げ出すのですか?」


「そ、それは……」


 私は深々とため息をついた。


「殿下には、しっかりと現実を見てもらわないといけませんわね」


 ルイン公爵が面白そうに笑い、軽く肩をすくめる。


「では、そろそろ作戦会議を続けましょうか」


「ええ、ではまず――殿下の行動パターンを分析しますわよ」


 こうして、王太子捕獲作戦が本格的に始まった。

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