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第三十六話「アレクセイとの再会」

 翌朝。


 私たちは馬車に乗り込み、王都近郊の宿へ向かった。


 アレクセイが滞在しているのは、王宮からさほど遠くない閑静な宿だった。使節団の者たちの姿は見当たらず、彼は単身でここに滞在しているようだった。


 宿の主人に案内され、私たちは二階の客間へと通される。


 そして、扉が開くと――


「……やあ、意外と早かったな」


 アレクセイは窓辺の椅子に座っていた。


 私たちの姿を確認すると、彼はゆったりとした仕草で立ち上がる。


「まさか、王太子自ら会いに来るとはな。少し驚いたよ」


「俺は……聞きたいことがある」


 殿下は真剣な表情で、まっすぐアレクセイを見つめる。


「お前が王宮を離れた本当の理由を教えてくれ」


 アレクセイは少し目を細めた。


「ふむ……なるほど。そっちから聞いてくるとはな」


 彼はため息をつき、椅子に腰を下ろす。


「まあ、正直に話そうか」


 そう言って、アレクセイは私たちを順番に見回した。


「まず、お前が成長した姿を見たかったというのは本当だ」


「……それだけじゃないんだろ?」


 殿下が鋭く問い返す。


 アレクセイは苦笑する。


「そうだな……実は、王宮を離れたのにはもう一つ理由がある」


 その言葉に、私は僅かに身を乗り出す。


「何の理由かしら?」


 アレクセイは少し間を置き、そして静かに口を開いた。


「――この国の中枢には、俺が警戒すべき"何か"がある」


 その言葉に、私たちは一瞬息をのむ。


「……"何か"とは?」


「はっきりとは言えない。だが、俺が王宮にいた間、ずっと感じていたことがある」


 アレクセイは険しい表情を見せた。


「この国の中枢には、何らかの異変がある。俺はそれを確かめたかったんだ」


 彼の言葉に、殿下はぎゅっと拳を握る。


「異変……?」


「そうだ。表向きは安定しているように見えるが、深い部分では何かが動いている」


 アレクセイの言葉は重い。


 私は、ふとエミリナを見る。彼女も考え込んでいるようだった。


 何かが動いている――その言葉の意味を、私たちはまだ知らない。


 だが、確かに"何か"が起こりつつあるのは間違いなかった。


 アレクセイの言葉が頭の中で何度も反響する。


 ――この国の中枢には、何らかの異変がある。


 何かが動いている。

 その"何か"が何なのかはまだ分からない。


 私はアレクセイを見つめた。


「アレクセイ様は、その異変について具体的な手がかりを掴んでいるのですか?」


「……まだな。だが、違和感が積み重なっているのは確かだ」


 アレクセイは腕を組み、窓の外を見やる。


「例えば、俺が王宮を訪れたとき、すでに俺の動向は王宮内の一部の人間に把握されていた。それだけならまだしも、俺がどのような目的で訪れたのかまで、まるで最初から知っていたような雰囲気だった」


「……それは確かに不自然ですね」


 エミリナが静かに頷く。


「わたくしも少し調べましたが、王宮内の情報の流れに妙な偏りを感じます。通常なら知り得ないことが、一部の人間には筒抜けになっているようでした」


「つまり……この王宮のどこかに、情報を操作している者がいる?」


 殿下が低い声で呟く。


「そういうことだろうな」


 アレクセイは軽く肩を竦める。


「そして、その動きは決して王宮の安定を守るためのものではない。むしろ……混乱を生み出すような動きをしている」


 私は、殿下の横顔を盗み見る。


 殿下は深く考え込んでいるようだった。


 ――王太子として、どうするべきか。


 その葛藤が、表情の端々からにじみ出ていた。



 ***



 翌朝の早朝。


 考え事をしながら王宮の回廊を歩いていた時だった。


「――ソニア様」


 ふいに、後ろから静かな声をかけられる。


 振り向くと、エミリナがいた。


「おはようございます、エミリナ」


「おはようございます。お急ぎのところ申し訳ありませんが、お伝えしたいことがございます」


「……何かあったの?」


 エミリナの表情はいつもの穏やかなものだったが、どこか緊張感があった。


「……実は、王宮の書庫で不審な動きがありました」


「書庫?」


 私の眉が自然と寄る。


「ええ。王宮内の一部の記録が、何者かによって持ち出されようとしていました。まだ未遂ですが、非常に気になります」


「……具体的にはどんな記録なの?」


「外交に関する古い文書です。特に、エルフェルト王国との過去の条約に関するものが狙われていました」


 エルフェルト王国。


 つまり、アレクセイの国だ。


「……それは偶然とは思えないわね」


「はい。ですが、今のところ犯人の正体は不明です。王宮内の人間の可能性が高いですが……」


 王宮の内部にいる誰かが、情報を操作しようとしている。


 それは、アレクセイが言っていた"違和感"とも通じるものだった。


「殿下に報告した方が良さそうね」


「はい……ですが、殿下にはまだ重荷かもしれません」


 エミリナは殿下のことを心配しているのだろう。


 ――確かに、彼にこの問題をすぐに突きつけるのは酷かもしれない。


 だが――


「いいえ、伝えるべきよ」


 私はきっぱりと言った。


「殿下が王太子として歩もうとしているなら、こういった問題からも目を背けるべきではないわ」


「……そうですね。ソニア様のおっしゃる通りです」


 エミリナは静かに微笑んだ。


「では、殿下のお部屋へ参りましょう」



 ***



「……書庫での不審な動き?」


 私たちの報告を受けた殿下は、驚いたように目を見開いた。


「はい。持ち出されようとしたのは、エルフェルト王国との条約に関する記録です」


「エルフェルト……つまり、アレクセイの国のものか」


 殿下は考え込むように顎に手を当てた。


「……その文書が何か重要な意味を持っている可能性が高いな」


「ええ。単なる偶然とは思えません」


 私は頷く。


「殿下、どうされますか?」


 殿下はしばし沈黙した。


 以前の彼なら、ここで曖昧な態度を取ったかもしれない。


 だが、今の彼は違った。


「……俺が調べる」


「殿下が?」


 私とエミリナは驚いたように顔を見合わせる。


「俺が王太子として、この問題をはっきりさせる。もう他人任せにはしない」


 殿下はそう言い切った。


 その眼差しには、確かな覚悟が宿っていた。


 ――王太子アルバートが、ついに動き出したのだ。

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