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第三十五話「新たな動き」

 あれから数日が経った。


 エルフェルト王国の使節団はまだ王都に滞在しており、アレクセイも変わらず優雅に振る舞っていたが、彼が何もしていないはずがない。


 私はアレクセイの動向を気にしながらも、王宮内での情報収集を続けていた。


「……やはり、エルフェルト王国だけの問題ではなさそうね」


 私は手元の書類を見つめながら、小さく息をついた。


 ルインが隣で微かに眉をひそめる。


「王宮の商業記録を調べたところ、不自然な金の流れがいくつかありました。特定の貴族が、何者かを通じて大量の資金を動かしている可能性があります」


「それは、武装集団と関係があると?」


「直接の証拠はありませんが、これほどの大金が短期間で動くのは異常です。何かしらの計画が進行していると見ていいでしょう」


 ルインは静かに頷いた。


「アレクセイ王子が言っていた外部からの干渉、もしくはそれを利用しようとする者がいる可能性が高いですね」


「……ええ。殿下にも報告しなければなりません」


 殿下は最近、アレクセイと話し合う時間を増やしていた。以前よりも外交や政治について考えるようになっているのは確かだが、彼一人に全てを任せるわけにはいかない。


 エミリナもまた、王宮の神殿関係者を通じて独自の情報を集めているらしい。


 アレクセイが王都に滞在する間に、できるだけ多くの情報を整理しなければならない。


 だが――その矢先、思わぬ報せが届いた。


「エルフェルト王国の王太子アレクセイ・フォン・エルフェルトが、突如王宮を離れた」



 ***



 私は驚きながらも、すぐに王宮内の動きを確認した。


「アレクセイ様が、王宮を離れた……?」


 エミリナが困惑した表情を浮かべる。


「はい。護衛と共にですが、急なことで詳細は不明です」


 ルインが冷静に補足する。


 殿下も慌てて駆けつけ、真剣な表情で私たちを見回した。


「アレクセイがいなくなった? 何かあったのか?」


「今のところ、理由は分かりません」


 私は考える。何らかの理由があって急いで動いたのなら、それは偶然ではなく必然だ。


「……すぐに調べましょう。何が起きたのか」


 エルフェルト王国の王太子が突然姿を消すなど、単なる気まぐれとは思えない。


 不穏な空気が、王宮に漂い始めていた。



 ***



 アレクセイの突然の出発から、一夜が明けた。


 私は王宮の一室で、ルインと共に報告をまとめていた。エミリナも神殿からの情報を整理しており、殿下は――


 彼は、一人で考え込んでいた。


 私はふと視線を向ける。窓際に立つ殿下は、沈んだ表情で外を見つめていた。


「殿下?」


 声をかけても、すぐには反応がなかった。


 だが、しばらくしてゆっくりとこちらを振り向く。


「……俺は、今まで何をしていたんだろうな」


 ぼそりとした声に、私は少し驚いた。


「急にどうしたの?」


「アレクセイが言っていたこと、ようやく少し分かった気がするんだ」


 殿下は苦笑するように額を押さえた。


「俺は、王太子のくせに何も知らなかった。外交のことも、貴族の派閥のことも、この国の財政のことすら……本当に、何も考えていなかった」


「……殿下」


「怠けていたんだ。自分が王太子であることを、ただの"立場"としてしか見ていなかった。でも、違うんだろう?」


 殿下は拳を握りしめる。


「王太子は、国を導く立場だ。何か問題が起これば、俺が対処しなければならない。でも、俺は今まで何もしてこなかった。全部、誰かがなんとかしてくれると思っていたんだ……」


 その言葉には、今までの自分を悔いる本音が滲んでいた。


「もし俺がもっと早くちゃんとしていたら、アレクセイが王宮を離れる理由も、もっと早く察することができたかもしれないのに……」


「……後悔しても仕方がないわ」


 私はそっと言葉をかける。


「大事なのは、これからどうするかよ。殿下が今まで怠けていたと認めるなら、これからは違う自分になればいい」


「……違う自分に、か」


 殿下は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸した。


「……そうだな。もう逃げるのはやめよう」


 そう言った殿下の瞳には、今までにない決意の光が宿っていた。



「――アレクセイ様の足取りが掴めました」


 数時間後、王宮に戻ってきたルインがそう報告する。


「彼は、王都近郊の宿に滞在しているとのことです」


「……王宮を出たのに、遠くへは行っていない?」


 エミリナが不思議そうに首を傾げる。


「ええ。まるで、誰かを待っているような動きです」


「誰かを?」


 殿下が眉をひそめた。


 私は少し考え込む。


 アレクセイが単に王宮から距離を置くだけなら、使節団と共に別の場所へ移動するはずだ。しかし、王都近郊に留まっているということは――


「……私たちの出方を探っているのかもしれないわね」


「俺たちの?」


「ええ。アレクセイ様は、殿下がどう動くかを見極めたいんじゃないかしら」


 私は殿下をまっすぐ見つめる。


「殿下、どうなさいますか?」


 殿下は短く息をつき、そして真剣な表情で頷いた。


「……直接会いに行く」


 その言葉に、私たちは驚く。


「それは……危険では?」


「でも、このままじゃ何も分からないだろう?」


 殿下はそう言って、きっぱりとした表情を見せた。


「今まで俺は何もしてこなかった。だからこそ、今は自分の足で確かめたいんだ」


 その瞳には、確かな意志が宿っていた。


 ――こうして、アレクセイと殿下の再会へ向けて、新たな一歩が踏み出されたのだった。

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