第三十四話「アレクセイの真意」
「本当の話?」
私が静かに問い返すと、アレクセイは微笑を崩さずに頷いた。
「そうだ。これ以上、お互い探り合いを続けるのも面倒だからな。少し話そうと思う」
穏やかな口調とは裏腹に、彼の瞳には鋭い光が宿っている。
「……では、お聞かせいただけますか?」
エミリナがそっと紅茶をカップに注ぎながら言う。ルインも無言でアレクセイを見つめている。
アレクセイは紅茶の香りを楽しむように一瞬目を閉じ、そして言った。
「俺がこの国に来たのは、単なる親善訪問じゃない。俺たちエルフェルト王国は、ある"問題"を抱えている」
「問題……?」
「そう。これはまだ公にはしていないが――この数年、俺たちの国境付近で、不穏な動きが見られるんだ」
「不穏な動き、ですか?」
エミリナが目を伏せる。
「具体的には?」
「周辺の小国での武装集団の動き、密輸の増加、不審な貴族の動向……どれも単独では大した問題には見えないが、総合すると何かが起きている気がしてならない」
アレクセイの言葉に、私は思わず身を乗り出した。
「それで……こちらの国に?」
「そうだ。俺たちの王国だけでは、全容を掴むのが難しい。そこで、俺は他国の動向を探るため、こうして各国を巡っている」
アレクセイの視線が鋭くなる。
「お前たちの国にも、何かしらの兆候はないか?」
「兆候……」
私は考える。
だが、王宮で暮らしている限り、直接的な異変を感じたことはない。
しかし――
「最近、貴族たちの間で妙な噂が流れているのは確かですね」
ルインが静かに言った。
「妙な噂?」
「あくまで噂レベルですが……近隣諸国との貿易で、不正な取引が増えていると」
ルインの言葉に、アレクセイがゆっくり頷いた。
「……やはり、か」
「それが、あなたの探している"不穏な動き"と関係していると?」
「可能性は高い」
アレクセイは真剣な表情になる。
「エルフェルト王国だけでなく、他の国々でも同じような現象が起きている。何者かが影で動いているのは間違いない」
「……では、それを突き止めるために、殿下の"成長"を見届ける必要が?」
私が疑問を投げかけると、アレクセイは口元を歪めて笑った。
「そういうことだ」
「……どういう意味ですか?」
「単純な話さ。次代の国王になる者が、こうした問題をどう捉えるのか……それを確かめるのも、俺の目的の一つってわけだ」
アレクセイはアルバート殿下に視線を向けた。
「殿下。貴族社会の駆け引きだけでなく、こうした国際的な問題にも、これから向き合うことになる。それをどう受け止める?」
「……俺は……」
殿下は一瞬戸惑ったように視線を落とす。
だが、次の瞬間にはしっかりとアレクセイを見据えた。
「……俺は、この国を守るために、できる限りのことをする」
アレクセイが満足げに笑う。
「悪くない返事だな」
「……ありがとうございます」
殿下の声には、これまでよりも少しだけ力強さがあった。
私たちはこれから、ただの外交ではなく、国を揺るがすかもしれない問題に向き合うことになるのかもしれない――
***
アレクセイの言葉を受け、しばし場には沈黙が流れた。
殿下は紅茶のカップを見つめながら、何かを考えている様子だった。
アレクセイはそんな殿下をじっと見つめた後、ふっと肩をすくめる。
「ま、焦る必要はないさ。だけど、俺がここにいる間にもう少しお前の考えを聞かせてもらえると嬉しい」
「……わかった。俺も、もっとよく考える」
殿下が真剣な表情で答えると、アレクセイは満足そうに頷いた。
私は一連のやりとりを見守りながら、心の中で考える。
アレクセイの話が本当なら、この王国も無関係ではいられない。むしろ、まだ見えていない問題が国内にも潜んでいる可能性がある――
「……アレクセイ様」
「ん?」
「先ほどおっしゃった、武装集団や不審な貴族の動きについてですが……それは、エルフェルト王国内の問題と考えるべきでしょうか? それとも、何者かが意図的に外から仕掛けていると?」
私の問いに、アレクセイは目を細める。
「現時点では確証はないが……俺の直感では、後者の可能性が高い」
「外部からの干渉……ですか?」
エミリナが小さく息をのむ。
「そうだ。だが、それを裏付ける証拠が足りない」
「なるほど……」
ルインが静かに頷く。
「では、その証拠をつかむことが、今後の課題というわけですね」
「そういうことだ」
アレクセイは軽く肩をすくめる。
殿下はそのやりとりを黙って聞いていたが、ふと顔を上げた。
「俺も、協力する」
その言葉に、私は驚いて殿下を見た。
「殿下……」
「アレクセイの話を聞いて、俺はこのまま何もしないわけにはいかないと思った。国の未来のためにも、事態を見過ごすわけにはいかない」
真剣な眼差しでそう告げる殿下に、アレクセイはしばし沈黙した後、やがてゆっくりと笑った。
「――いいね。お前が本気なら、俺も全力で協力しよう」
こうして、殿下は外交だけでなく、より大きな問題へと足を踏み入れることになった。
それが、どんな未来を呼ぶのかはまだ分からない――




