第三十一話「王太子殿下のお茶会、思わぬ客人が乱入する」
「さて、ようやくまともなお茶会が開けるようになったわね」
私は紅茶を一口飲みながら、隣で得意げな顔をしているアルバート殿下を横目で見た。貴族たちも和やかに談笑しており、前回のような惨事が起こる気配はない。
(ここまでは順調ね……だけど、そう簡単に終わるかしら?)
何かが起こりそうな予感がしていた。こういう時、決まって厄介ごとが舞い込んでくるものだ。
――その予感は、すぐに的中する。
「失礼するよ」
突如、庭園に設けられたお茶会の会場に、涼やかな声が響いた。
「……?」
皆が一斉に視線を向ける。そこに立っていたのは、一人の青年だった。
端正な顔立ち、洗練された佇まい、そして何より――その瞳の色が印象的だった。
「あなたは……!」
私が目を見開いたのと同時に、殿下が席を立つ。
「アレクセイ・フォン・エルフェルト!」
そう、彼は隣国エルフェルト王国の第一王子、アレクセイ・フォン・エルフェルトだった。
「ふふ、ようやく覚えてくれたかい?」
アレクセイは微笑を浮かべながら、ゆったりとした足取りで近づいてくる。その余裕に満ちた態度が、ますます場の空気を張り詰めさせた。
「まさか、正式な招待もなしに他国の王子がふらりと現れるとはね。外交儀礼を知らないわけではないでしょう?」
私は鋭く問いかけるが、アレクセイは悪びれた様子もなく肩をすくめる。
「もちろん知っているとも。でも、どうしても君たちのお茶会を見たくてね」
「……言い訳になってないんだけど」
私は頭を抱えそうになった。一体何を考えているのかしら、この王子は。
「まあまあ、堅いことは言いっこなしだ。ほら、せっかく来たんだから、お茶をいただいても?」
アレクセイが余裕の笑みを浮かべながら、優雅に椅子を引く。誰もそれを止められなかった。
「ど、どうする?」
殿下が小声で私に囁く。私は少し考え――そして、小さく溜息をついた。
「……ここで追い出したら、逆に問題になりそうね」
「うぐ……確かに」
「ならば、受けて立つしかないわね」
私は静かにティーポットを手に取り、優雅に紅茶を注いだ。そして、アレクセイの前にカップを差し出す。
「どうぞ、殿下。せっかくいらしたのですから、じっくり味わってくださいな」
アレクセイはにやりと笑い、紅茶を口に運ぶ。
「……ほう、これはなかなか」
彼は意味ありげな笑みを浮かべながら、私とアルバート殿下を見つめた。
「さて、このお茶会――俺も少し、楽しませてもらおうかな?」
こうして、王太子殿下のお茶会は予期せぬ展開を迎えることになったのだった。
***
アレクセイ・フォン・エルフェルトの突然の乱入で、優雅だったお茶会の空気は一変した。
貴族たちは戸惑いながらも笑顔を保ち、何事もないかのように会話を続けている。しかし、明らかに場は緊張していた。私の隣で、アルバート殿下がぎこちなくカップを握る。
(殿下、大丈夫かしら……)
私はさりげなく殿下の様子を観察した。せっかくお茶会の修行を積み、失敗せずに進められるようになったというのに、こんな形で外交の試練が訪れるとは。
アレクセイはそんな殿下を楽しんでいるようだった。彼は紅茶を一口飲み、にこりと笑う。
「この茶葉は王宮専用のものかな? なかなか良い香りだ」
「そ、そうだ。特別に選ばれたものだ」
殿下は少し緊張しながらも答える。アレクセイは興味深そうに目を細めた。
「なるほど。では、殿下自ら淹れていただくことはできるだろうか?」
「……!」
場が再びざわめいた。
(また、お茶を淹れろって言うの? この前の失敗を知っていて……?)
私はアレクセイの意図を探ろうとした。しかし、彼はあくまで自然体だった。殿下の成長を試すつもりなのか、それともただからかっているだけなのか。
アルバート殿下は唇を引き結び、やがて静かに頷いた。
「……いいだろう。俺が淹れよう」
(殿下……!)
私は少し驚いた。以前なら戸惑い、私に助けを求めていただろう。しかし、今の殿下は違った。決意を秘めた顔で、ティーポットに手を伸ばす。
紅茶の葉を適量取り、湯の温度を確かめながら慎重に注ぐ。以前のような慌てた動きではない。修行の成果が出ているのだろう。
静かな空気の中、殿下はゆっくりとカップに紅茶を注いだ。透き通った琥珀色の液体が、優雅に揺れる。
(……悪くないわね)
私は安心した。殿下はやっと、貴族らしい所作を身につけたのだ。
殿下はカップをアレクセイの前に差し出した。
「どうぞ。エルフェルトの王子に失礼のないよう、心を込めて淹れた」
アレクセイはじっと殿下を見つめ――そして、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
「…………」
沈黙が流れる。
「……ふふ、なるほど」
アレクセイは微笑んだ。
「悪くない」
短くそう評すると、彼は静かにカップを置いた。その言葉に、殿下は安堵の息をつく。
「ようやく、王太子らしくなってきたな」
アレクセイの言葉に、殿下は目を見開いた。
「なっ……!」
「今までの君は、ただ王族として生まれたというだけで、自分の立場を深く考えていなかった。しかし、今日の君は違う。少しずつだが、成長が見える」
「……っ」
殿下は悔しそうに拳を握るが、何も言い返せなかった。
(アレクセイ……殿下を試しているのね)
私は確信した。彼は単にお茶会を楽しみに来たのではない。アルバート殿下という王太子を、その未来を見極めるために来たのだ。
「さて、そろそろお暇しようか」
アレクセイは立ち上がり、優雅に礼をする。
「今日は楽しい時間をありがとう。今後の君の成長を楽しみにしているよ、アルバート殿下」
そう言い残し、彼は去っていった。
お茶会が終わった後、殿下は悔しそうに呟いた。
「……まだまだだな、俺は」
「でも、前よりずっと良くなったわよ」
私はそう言いながら、殿下のカップに新しい紅茶を注ぐ。
「さあ、もう一杯いかが?」
殿下は少し驚いた顔をしたが、やがて静かに頷いた。
こうして、王太子殿下のお茶会は予想外の展開を迎えつつも、無事に幕を閉じたのだった――




