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第二十九話「王太子、お茶会に出る!」

 翌日、私は朝から妙な気分だった。


 ブレスレットの感触が、どうにも落ち着かない。普段、装飾品なんて滅多に身につけないせいか、手首に視線が向いてしまう。


(……昨日のこと、夢じゃないわよね)


 何度も確認するように、手首をひねってブレスレットを眺める。シンプルで上品なデザイン。それが、よりによってアルバート殿下からの贈り物だなんて――


「……はぁ」


 ため息をつきかけたところで、ノックの音が響いた。


「ソニア様、ご準備はよろしいですか?」


 エミリナの声だ。私はブレスレットを袖口で隠しながら「ええ」と答える。


 今日は王宮での茶会が予定されている。私の誕生日に合わせて開かれるものではないが、社交の場に顔を出さなければならないのは避けられない。


(まあ、いつも通りね)


 気持ちを切り替え、私は部屋を出た。


 王宮の庭園は、今日も見事に整えられていた。色とりどりの花が咲き誇り、優雅な音楽が流れる中、貴族たちが談笑している。


 私は適当に挨拶を交わしながら、視線を巡らせた。すると――


「……!」


 少し離れた場所で、アルバート殿下がこちらを見ているのに気がついた。


 しかも、こちらを見ているというより、私の手首をじっと見ている。


(……もしかして、昨日のブレスレット?)


 私は思わず手首を引っ込めた。が、殿下はそれを見てふっと微笑む。


「ソニア、そのブレスレット……」


「な、なによ?」


「つけてくれてるんだな」


「……っ!」


 言葉に詰まる。まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。


「いや、別に深い意味はない。ただ、気に入らなかったら仕舞われるだろうし……それだけだ」


「……別に、気に入らないわけじゃないわよ」


 私はそっぽを向きながら答えた。殿下はどこか満足そうに頷く。


「そうか。それならよかった」


(この顔、なんか腹立つわね……!)


 なんとなく悔しくて、私は話題を変えることにした。


「それより、今日の茶会、ちゃんと振る舞えるんでしょうね?」


「な、なんだよ急に!」


「昨日の一件を考えれば、あなたがまた何かやらかすんじゃないかって心配になるのは当然でしょ」


「そ、そんな失礼な! 俺だってちゃんと成長してるんだぞ!」


「そう? なら見せてもらおうかしら」


 私は腕を組んで彼をじっと見つめる。


 すると、殿下は少し緊張したように背筋を伸ばし、真面目な顔を作った。


「……お、お茶を淹れるのも、貴族同士の会話も、俺はもう問題なくこなせる!」


「お茶を淹れるの?」


「えっ」


「まさか、殿下が自分でお茶を淹れるつもりなの?」


「……」


「……」


「そ、それは……!」


 殿下がしどろもどろになるのを見て、私は思わず吹き出した。


「ふふ、やっぱりね。まだまだね、殿下」


「くっ……!」


 悔しそうに唇を噛む殿下を見ながら、私はふと気づく。


(……なんだか、前よりも自然に話せるようになった気がするわ)


 昨日のことがあってから、少しだけ殿下との距離が変わったのかもしれない。


 茶会はまだ始まったばかり。さて、今日はどんな一日になるのかしら――



 ***



 茶会が始まってしばらくは、特に問題もなく進んでいた。貴族たちは談笑し、優雅に紅茶を楽しんでいる。私も適当に会話を交わしながら、殿下の様子を横目で見ていた。


(……今のところ、無難にこなしてるわね)


 殿下は緊張しつつも、失礼のないように振る舞っていた。会話の内容も問題ない。失態を演じることなく、むしろ以前より成長したようにも見える。


(珍しく、うまくやってるじゃない)


 少し感心しかけた、その時だった。


「では、アルバート殿下、ご自身でお茶を淹れてみられてはいかがですか?」


 貴族の一人が、笑顔で提案した。殿下が成長したかどうか確かめるための、ちょっとした試験のつもりなのだろう。周囲の貴族たちも興味深そうに見守っている。


(……あ)


 私は嫌な予感がした。だが、時すでに遅し。


「よ、よし! 俺に任せろ!」


 殿下は自信満々に胸を張り、急須――ではなく、ティーポットを手に取った。


「まずはお湯を――うわっ!?」


 バシャアッ!!


「あっつ!!」


「殿下!!?」


 殿下は勢いよく湯を注ごうとして手元が狂い、熱湯がテーブルにぶちまけられた。慌てて避けたものの、一部の紅茶カップにまで飛び散る始末。貴族たちが小さく悲鳴を上げる。


「そ、そんな……俺はただ……」


「……殿下」


 私は眉間に手を当てて溜息をついた。


(やっぱりこうなったわね)


「す、すまない!!」


 殿下は真っ赤になって頭を下げる。貴族たちは驚きつつも、なんとか笑って取り繕っていた。


「い、いえ……殿下もまだお慣れでないだけでしょう」


「そ、そうですわね。お気になさらず……」


(いや、気にするでしょうよ)


 お茶会の場を気まずい空気にしてしまった殿下に、私はそっと近づいた。


「……殿下」


「……な、なんだ?」


「お茶会の作法、ちゃんと学び直しましょうか」


「えっ!?」


「このままじゃまた同じことを繰り返すわ。次こそ、ちゃんとやり遂げるために」


「……うぐ……」


 殿下は悔しそうに唇を噛みしめたが、観念したように頷いた。


「……わかった。頼む、ソニア」


 こうして、アルバート殿下のお茶会修行が始まることになったのだった――

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