第二十七話「エミリナへのご褒美」
翌朝、宮殿の庭園にて。
澄んだ朝の空気の中、私はゆったりと紅茶を楽しんでいた。長旅の疲れも、昨日の酒場での食事とほどよい賑わいで少しは和らいだ気がする。
しかし、対面に座るエミリナ・ランベルディは、まるで世界の終わりを迎えたかのような顔をしていた。
「……ひどいです」
うるうると潤んだ瞳で、彼女は私を見つめる。
「わたくし、ずっとお待ちしていたのに……なぜ、お誘いいただけなかったんですか……?」
「そんなに落ち込むこと?」
「落ち込みますよ!」
バン、と珍しく強めにテーブルを叩くエミリナ。普段はおっとりとした物腰なのに、よほどショックだったのだろう。
「だって、だって……! 殿下とソニア様、そしてルイン様まで……みんなで素敵なご褒美を楽しんでいたなんて……!」
「いや、そこまで大げさに言うことじゃないと思うけど」
「いえ、大問題です!」
エミリナは頬をぷくっと膨らませ、むすっとした顔になる。どうやら本気でご機嫌ななめらしい。
「わたくしも、酒場というものを体験してみたかったのです……それなのに……それなのに……!」
恨めしげに私を見る彼女の表情は、まるでおやつを取り上げられた子どものようだった。
「まあ、仕方ないでしょ。昨日は殿下へのご褒美だったんだから」
「では、わたくしにはご褒美はないのですか……?」
「いや、それは……」
彼女はぎゅっと拳を握りしめ、今にも泣き出しそうな勢いだった。
「わたくし、みんなと一緒に最後までご一緒したかったです……!」
「……」
ふぅ、と私は小さく息を吐いた。まさかここまで落ち込むとは思わなかった。
「分かったわよ。じゃあ、エミリナにもご褒美をあげるわ」
「本当ですか!?」
ぱぁっと顔を輝かせるエミリナ。そのあまりの切り替えの速さに、私は少し呆れる。
「ええ。庶民の酒場は夜に行く場所だから……そうね、今日の午後、お茶会にでも行きましょうか」
「お茶会……!」
彼女の瞳がきらきらと輝き始める。
「どこか素敵な場所に?」
「ええ、王都で評判のカフェにでも。貴族向けではないけれど、スイーツが美味しいって評判の店があるのよ」
「まあ……! それは楽しみです!」
エミリナは両手を胸の前で組み、夢見るような表情を浮かべた。
「では、それをご褒美として……!」
「ええ、エミリナのための特別な時間にするわ」
「ありがとうございます、ソニア様!」
エミリナの機嫌は、あっという間に回復した。
本当に単純というか、素直というか……
「じゃあ、午後になったら迎えに行くわね」
「はい! 楽しみにしていますね!」
こうして、エミリナの「ご褒美」も決まり、彼女は満面の笑みを浮かべたまま足取り軽く去っていった。
……まあ、これでしばらくは機嫌を損ねずにいてくれるでしょう。
***
午後になり、私は約束通りエミリナを迎えに行った。彼女はすでに準備万端で、上品な淡いピンクのドレスを身にまとい、嬉しそうに待っていた。
「お待たせ、エミリナ」
「いえ、わたくしのほうこそ……本当に嬉しいです!」
彼女は満面の笑みを浮かべながら私の腕にそっと手を添える。その表情はまるで舞踏会へ向かう令嬢のようで、ただのカフェへ行くだけなのに、ここまで楽しみにしているとは少し意外だった。
私たちは馬車に乗り込み、王都の中心にある評判のカフェへと向かう。
「わあ……なんて素敵な場所でしょう!」
店の前に到着した瞬間、エミリナは目を輝かせた。そのカフェは貴族向けの格式張ったサロンとは違い、庶民にも親しまれる温かみのある雰囲気の店だ。外には小さなテラス席もあり、色とりどりの花が飾られている。
「ここはスイーツが絶品だって評判なの。気に入ると思うわよ」
店に入ると、甘い香りがふんわりと鼻をくすぐる。店内はこぢんまりとしているが、木の温もりが感じられる落ち着いた空間だった。
「いらっしゃいませ」
店員が笑顔で迎えてくれ、私たちは窓際の席へ案内された。席につくなり、エミリナはメニューを食い入るように眺めている。
「どれも美味しそうで迷ってしまいます……!」
「ここの名物はベリーのタルトとミルフィーユね。どちらも評判がいいわよ」
「そうなんですね! じゃあ、わたくしはベリーのタルトにします!」
彼女は楽しそうに注文を決め、私はミルフィーユを選んだ。
しばらくして、紅茶と共に美しく盛り付けられたスイーツが運ばれてくると、エミリナは感動したように手を合わせた。
「わあ……! 本当に綺麗ですね……!」
「味も期待していいわよ」
エミリナはそっとフォークを手に取り、一口食べると、目を見開いた。
「……美味しいです!」
「でしょ?」
彼女は夢中でタルトを頬張りながら、幸せそうな表情を浮かべている。その様子を見て、私は少し笑ってしまった。
「本当に満足そうね」
「はい……! こんな素敵なご褒美をいただけるなんて……ソニア様、本当にありがとうございます」
「大げさね。でも、喜んでくれてよかったわ」
「はい! これからも、もっとこういう場所にご一緒したいです!」
エミリナはにっこりと微笑み、紅茶を一口含んだ。
この時間が、彼女にとって最高のご褒美になったのなら、それでいい。
そう思いながら、私もミルフィーユにフォークを入れた。




