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第二十二話「馬鹿王子、交渉術の洗礼を受ける」

「では、次は"譲歩"について学びましょう」


 エミリナが微笑みながら言った。


「じょ、譲歩?」


 アルバート殿下は不安そうに眉をひそめる。


「はい。外交では、自国の利益を守りながらも、相手に譲るべき部分は譲ることが大切です。無理に強硬な姿勢を取れば、交渉が決裂する可能性がありますし、逆に譲りすぎると国が損をしてしまいます」


「なるほど……つまり、バランスが大事ってことか?」


「はい、その通りです」


 エミリナが満足げに頷いた。


「例えば、交渉の場で"〇〇を譲るなら、××をいただけますか?"というように、交換条件を提示することが重要です。では、実践してみましょう」


「実践……?」


 殿下が嫌な予感がする、とでも言いたげな顔をする。


「はい、わたくしが"他国の代表"になり、殿下が"自国の代表"として交渉するのです」


「……マジか」


 殿下はげんなりとした表情を浮かべたが、ここで逃げるわけにはいかない。


「それでは始めますね。わたくしは"隣国ベルカの使節"という設定でまいります」


 エミリナは一瞬で表情を引き締め、まるで別人のような冷静な雰囲気をまとった。


「――貴国の領地の一部を、我が国にお譲りいただけませんか?」


「なっ……!? いきなり土地を奪う話か!?」


「ええ、国の発展のために必要なのです。もちろん、代わりに何かお渡ししますよ」


 エミリナは優雅に微笑みながら、しなやかに手を広げる。その姿はまさしく外交の場に立つ貴族そのものだった。


「こ、こういう時はどうすればいいんだ?」


 殿下が私に助けを求めるような目を向ける。


「自分の国の利益を守りつつ、相手の提案を利用するのよ。むざむざ領土を渡すんじゃなくて、交渉材料にするのがいいわね」


「なるほど……えーっと……」


 殿下は一度咳払いし、表情を引き締めた。


「領土を譲るのは難しいが……代わりに交易の条件を改善する、ってのはどうだ?」


「ふふ、少しは成長されましたね、殿下」


 エミリナは満足げに微笑んだ。


「ですが、それだけでは我が国に十分な利益がありません。もう少し、魅力的な提案をいただけませんか?」


「くっ……まだ足りないのか……」


 殿下は焦りながら考え込む。


「……例えば、交易品の関税を下げる、とか……?」


「まあ、それは良い案ですね。ですが、それだけで納得するとは限りませんよ」


「……もう勘弁してくれ……!」


 殿下はぐったりと肩を落とした。


 ルインが横で優雅に笑う。


「アルバート殿下、これが外交の現実ですよ。たった数分の会話で、もう疲れ果ててしまったのですか?」


「お前は静かにしてろ……!」


 殿下の呻き声が部屋に響いた。


 こうして、アルバート殿下の"交渉術特訓"が始まったのだった。



 ***



「もう無理だ……俺には外交なんて向いていない……」


 アルバート殿下は机に突っ伏し、完全にやる気を失っていた。


「まだ一回やっただけでしょ。何を言ってんの?」


 私は呆れた声を出した。


「いや、一回で十分だ! こんなの毎回やるのか!? 交渉って、こんなにしんどいもんなのかよ……」


「当然です。外交交渉は国の命運を左右するものですからね」


 ルインが優雅に紅茶を飲みながら、殿下を冷ややかに見つめる。


「これでもまだ実戦ではありません。実際の交渉は、これよりもさらに複雑で、相手国の文化や政治的背景も考慮しながら進めなければなりませんよ」


「俺、絶対に向いてねぇ……」


 殿下は完全に戦意喪失している。


「ふふ、そうおっしゃっていても、やるしかないのですよ」


 エミリナが優雅に微笑んだ。


「そ、そんな笑顔で追い詰めないでくれ……」


 殿下が怯えたように身を縮める。


「さて、次は"相手の譲歩を引き出す交渉術"について学びましょうか」


「まだやるのかよぉぉぉ!!」


 殿下の叫びが部屋中に響き渡った――



 ***



「……というわけで、次の交渉では、相手にこちらの条件を受け入れさせるための"話の持っていき方"を考えます」


 私は扇を開きながら説明する。


「えっと……どういうことだ?」


 殿下が不安げに尋ねた。


「例えば、"もしこの条件を飲んでいただければ、より良い協力関係を築けるでしょう"といったように、相手にメリットを提示するのです」


「……要するに、うまく言いくるめろってことか?」


「違います。納得させるんです」


「言い方が違うだけじゃないか……」


「いいえ。全然違います」


 私はピシャリと言い放った。


「交渉は、嘘やごまかしではなく、信頼を築くことが大前提。だからこそ、相手が"それなら受け入れよう"と思えるような説得力が必要なの」


「説得力か……」


 殿下は考え込む。


「まあ、殿下の場合は、まず自分が何を言っても信用されないってところから始めないとね」


「お前なぁ!?」


「今までの行いを考えたら当然でしょ」


「ぐぅ……」


 殿下が何か言い返そうとしたが、結局、反論できずに項垂れた。


「ふふ、では実践してみましょうか」


 エミリナが柔らかく微笑む。


「またか……」


 殿下の苦悶の表情を見て、私は少しだけ同情した。


 ……ほんの少しだけ、だけどね。

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