第十五話「馬鹿王子、社交界デビュー(?)の余波」
「殿下! 先ほどのダンス、とても素敵でしたわ!」
「まあまあ、まるでおとぎ話の王子様のようでしたわ!」
「次はぜひ私とも踊っていただけませんか?」
舞踏会が終わるや否や、アルバート殿下の周囲に貴族令嬢たちが集まり、次々と声をかけていた。
……予想外の展開だ。
私は会場の片隅で扇を閉じ、ため息をついた。
「あのポンコツっぷりが"ドラマチックな演出"に変換されるなんて、誰が予想したかしら」
「意外と"愛され馬鹿王子"の素質があったということか」
隣でルインが腕を組みながら冷静に分析している。
「アルバート様……! すごいです、まるで英雄のような人気ぶりですね!」
エミリナは目を輝かせながら殿下を見つめていた。
いや、エミリナ。あなたの目には何か特別なフィルターがかかっているのではないかしら。
「ソニア、どうする?」
ルインが私に問いかける。
「……まあ、社交界での評価が上がるのは悪くないわね。ただし、あれが"天然の王子様ムーブ"ではなく、ただの偶然の産物であることを忘れてはいけないわ」
「ああ、俺もそこは同意する。だが、これを利用しない手はない」
「ええ、殿下の"更生計画"の一環として、この人気を本物に仕立て上げるのも悪くないかもね」
私たちは殿下を見つめながら、今後の計画を思案する。
***
「はーっ、疲れた……」
舞踏会の余韻も冷め、殿下が控え室に戻ってくるなり、ぐったりと椅子に腰掛けた。
「殿下、ご活躍でしたわね」
「いや、俺はただ踊っただけで……」
「転びかけた令嬢を抱き止めるなんて、まるでロマンス小説の主人公みたいでしたね」
「エミリナまでそんなことを言うのか!?」
殿下が情けない声を上げる。
「まあ、殿下の評価が上がったことは事実よ。今後はこのイメージを崩さずに行動することね」
「……え、これ続けるのか?」
「当然でしょ? せっかく得た人気を無駄にするつもり?」
「いや、そんなこと言われても……俺、あんなふうに"王子様"を演じるなんて無理だぞ!?」
「大丈夫よ、殿下。"演じる"必要はないわ」
私は微笑みながら扇を開いた。
「"自然体で王子らしく振る舞う"ことを学べばいいだけよ」
「それが一番無理なんだよ!!」
殿下が頭を抱えるが、私は優雅に笑った。
「さあ、殿下。これからは"理想の王子様"としての振る舞いを学ぶ時間ですわよ」
「俺の自由はどこへ……」
殿下が涙目でつぶやくが、もちろん容赦はしない。
次なる"更生計画"が、ここから始まるのだから。
***
「――では、まず"王子様らしい所作"から始めるわよ」
私は扇を閉じ、アルバート殿下をまっすぐに見据えた。
「……所作?」
「ええ。例えば、歩き方。王族としての風格を持つには、堂々とした立ち振る舞いが必要不可欠なの」
「俺、普通に歩いてると思うんだが……」
「いいえ、殿下。貴族の男性としての基本は押さえているかもしれないけれど、それだけではダメなのよ」
私はスカートの裾を軽く持ち上げ、優雅に一歩前へ出た。
「例えば、ダンスの時のような流れるような足捌き。腕の使い方ひとつで、洗練された印象を与えることができるの。さあ、やってみて」
「……え、こうか?」
殿下は私の真似をしようとするが、なんというか――ぎこちない。
「違うわ。もっとスムーズに。背筋を伸ばして、肩の力を抜いて」
「いや、そんな簡単に言うけど、難しいんだぞ!」
「殿下、言い訳をする前に実践なさい」
「ぐぬぬ……」
ルイン公爵が隣でくつくつと笑っている。
「ソニア、なかなかスパルタだな」
「当然でしょ。殿下は今まで甘やかされすぎたのよ。ここでしっかり鍛えないと」
「まあ、楽しませてもらおう」
ルインは椅子に腰をかけ、完全に観客の立場を決め込んでいる。
「エミリナ、お前もなんとか言ってくれ!」
殿下が最後の希望とばかりにエミリナに助けを求めたが――
「頑張ってください、アルバート様! とても素敵です!」
「お前、俺の苦労を楽しんでるだろ!?」
「そんなことありません! ただ……新しいアルバート様を見られるのが嬉しくて!」
「なんだそれぇぇぇ!!」
殿下が泣きそうな顔で叫ぶが、もちろん私の指導は止めない。
「さあ、次は礼儀作法よ。食事のマナー、歩き方、視線の使い方、全てを完璧にしてもらうわ」
「えええええ!!?」
「大丈夫よ、殿下。"王子様"の姿が板につけば、今まで以上に社交界での評価が上がるわ」
「そんなの求めてない!!」
「殿下、"王太子"なのよ? 求める求めないじゃないの。義務なの」
「……っ!」
私は微笑みながら、じりじりと迫る。
「さあ、レッスン開始よ?」
「……もうダメだ……」
アルバート殿下は椅子に崩れ落ち、遠い目をしていた。