第十一話「馬鹿王子、連敗街道まっしぐら」
「さて、じゃあ始めましょうか」
私は木剣を軽く回しながら、殿下の前に立つ。殿下は先ほどまでの素振りで既に疲れ果てているが、これも王太子としての鍛錬の一環。容赦はしない。
「ちょ、ちょっと待って! 俺、まだ休憩――」
「いくわよ」
私は一歩踏み込み、殿下の木剣を軽く叩く。すると――
「わっ!? ちょ、ちょっと、ソニア!? うわああああ!!!」
殿下は慌てふためいて後ずさり、あっさりと転んだ。
「……まだ攻撃してないわよ?」
「えっ?」
殿下はぽかんとした顔で私を見上げる。
「いや、だって今、すごい威圧感が……」
「何もしてないけど」
「嘘だぁぁぁ!! 絶対なんかやった!!」
「……」
思わず私は溜息をつく。
「まあいいわ。じゃあ次、立ち上がってちゃんと構えて」
「くそっ……こうなったら――うおおおおお!!」
殿下は叫びながら木剣を振り下ろしてきた。だが、その動きは素人同然。私は軽く身をかわし、殿下の木剣を叩いて弾く。
「うわっ!? ちょ、ソニア、待って――」
バシッ!!
「ぐああああ!!!」
殿下はきれいな放物線を描いて地面に転がった。
「……もう終わり?」
「ううっ……これは……これは事故……」
「どこがよ」
私は肩をすくめ、ルイン公爵の方を見た。彼は軽く微笑みながら頷く。
「まあ、予想通りですね」
「っ……ルイン、お前がそんなこと言うなら……お前ともやってやる!!!」
殿下はよろよろと立ち上がり、木剣を構える。
「本気で?」
「本気だ!!」
「……そうですか」
ルイン公爵はため息をつきながら、手にしていた木剣を軽く握り直した。
「では、始めましょう」
***
「うわあああああああ!!!!」
五秒後――殿下は吹っ飛んでいた。
ルイン公爵がほんの少し木剣を動かしただけで、殿下の木剣はあっさり弾かれ、挙げ句の果てに尻もちをついてしまったのだ。
「う、うぅ……」
殿下は泣きそうな顔で地面にへたり込む。
「アルバート殿下、剣術の基本は力ではなく、正確な動きとバランスです。むやみに振り回しても意味がありませんよ」
「……わかってる……つもりだった……」
「では、次はエミリナ様と対戦してみましょうか?」
「は?」
殿下は固まった。
「え、いやいやいや!? エミリナって、剣を少し使えるくらいなんじゃないの!?」
「護身のために学んでいたと聞いていますし、アルバート殿下よりは基礎ができていると思いますよ」
「そんなはずは……」
殿下は動揺してエミリナを見る。
「え、エミリナ、お前……剣、どのくらいできるんだ?」
「え、えっと……修道院では基本的なことは一通り……」
「まさか、お前まで俺より強いなんてことは――」
「まあ、やってみればわかるんじゃない?」
私は殿下に微笑みながら促した。
「や、やるけど……さすがにエミリナには負けないと思う……」
殿下はそう言いながらも、どこか不安そうだった。そして――
***
「はぁっ!!」
エミリナが小さく掛け声を上げながら、一歩踏み込んだ。殿下はそれに対して、慌てて木剣を振るう。
だが――
バシッ!!
「ぎゃあああああ!!!」
殿下はあっさりと吹っ飛んだ。
「……え?」
エミリナは自分の手元を見て、少し驚いた顔をしている。
「……あの、わたくし、本当に軽く打ったつもりだったんですけど……」
「そ、そんな馬鹿な……俺……聖女にまで負けるのか……」
地面にうずくまる殿下。完全に心が折れたようだった。
「殿下、少しは自分の現状を理解した?」
「……はい」
「じゃあ、剣の基礎から学び直しね」
「……はい……」
こうして、殿下の更生計画はまた一歩前進したのだった。
***
「……うう……」
翌朝、殿下の部屋から聞こえてきたのは、今にも息絶えそうな呻き声だった。
「……身体が……動かない……」
まるで何年も幽閉されていたかのような呻き方だが、実際には昨日の稽古でただ筋肉痛になっただけだ。
私は殿下の部屋の扉をノックすると、優雅に入室する。
「おはよう、殿下」
「おはようじゃない! ソニア、俺、動けない!!」
「ふぅん?」
私はベッドに転がる殿下を見下ろしながら、ゆっくり扇を開いた。
「大げさね。たかが筋肉痛でしょ」
「いや、これ絶対たかがじゃない! 身体中がバラバラになりそうだ!!」
「ふふ、殿下、今までどれほど運動を怠けてきたのか、身をもって理解できたのではなくて?」
「……うぐっ……!」
私は容赦なく微笑み、殿下の枕元に紅茶を置いた。
「安心して。今日も鍛錬はあるわ」
「無理だ!! 今日だけは休ませてくれ!!」
「ダメよ」
私はピシャリと言い放つ。
「運動後の筋肉痛を治すには、適度に動かすのが一番なのよ。さ、起きて」
「ソニア……鬼か……」
「馬鹿王子、早く起きなさい」
「くぅぅ……っ!!」
殿下は涙目になりながら、ゆっくりと起き上がる。
「よし、いい子ね」
私は満足げに頷き、ルイン公爵とエミリナを振り返る。
「それじゃあ、今日も更生計画を進めるわよ」
「ええ、よろしくお願いします」
「アルバート様、頑張りましょう!」
エミリナが笑顔で励ますが、殿下の顔には絶望しかなかった。