表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/52

第一話「宣告、それは遺言」

「侯爵令嬢ソニア・グラント、君との婚約を破棄する!」


 王宮の舞踏会。華やかな音楽と優雅なダンスが繰り広げられる中、王太子アルバート・フォン・エルンストは、堂々とした態度でそう宣言した。


 周囲の貴族たちはざわめき、舞踏会の中心にいた私、ソニア・グラントに視線を向ける。絶世の美女と称えられる侯爵令嬢である私が、突然婚約破棄を突きつけられたのだから、彼らの興味を引くのも当然だろう。


 だが、彼らは知らない。


 私がどれだけの力を持つかを。


 婚約破棄を告げられた令嬢がとるべき態度は、泣き崩れるか、悲しみに沈むか、あるいは激昂するか――


 だが私は違う。


「え? 婚約破棄? なにそれ、遺言?」


 私が静かにそう呟くと、周囲のざわめきがぴたりと止んだ。


「……え?」


 アルバートが一瞬きょとんとした顔をした。


「いや、だから、君との婚約を――」


「いやいや、聞こえたわ。でも、それ、遺言だよね?」


 私は微笑みながら問い返す。


「あなた、大丈夫? もしかして熱でもあるの? 王太子殿下が私に婚約破棄を突きつけるなんて、そんな無謀なことをするはずないもの」


「無謀!? いや、私は王太子だぞ!?」


「ええ、知っているわ。でも、私の婚約者でもあるのよね?」


 私は優雅に扇を広げ、口元を隠す。


「王太子であるあなたと、侯爵家の私。両家の関係、そして国内の政治的均衡を考えれば、この婚約がいかに重要かは理解しているでしょう?」


「そ、それは……」


 アルバートの顔が微妙に引きつる。彼はきっと、私がもっと感情的に反応すると思っていたのだろう。だが、私はただ淡々と、しかしじわじわと追い詰めていく。


「まさか、そんな大事な婚約を破棄するなんて……本当に命が惜しくないのね、殿下?」


「……っ!?」


 アルバートの顔から、みるみる血の気が引いた。


 周囲の貴族たちも、震えながら後ずさる者がちらほらいる。彼らは知っているのだ。


 ――侯爵令嬢ソニア・グラントを敵に回すことが、どれほど恐ろしいかを。


「そ、ソニア……? お前、冗談だよな……?」


「さて、どうかしら?」


 私は微笑みながら、舞踏会の中央をゆっくりと歩き、アルバートの前に立つ。そして、彼の肩にそっと手を置いた。


「大丈夫よ、殿下。私、怒ってなんかいないわ」


「ほ、本当に?」


「ええ。怒るほどのことじゃないもの。ただ……軽率な発言の責任は、しっかり取ってもらうわよね?」


「………………」


 アルバートの顔は青ざめ、汗が額に浮かんでいた。


 私が微笑んだまま、彼の肩を軽く叩くと、彼は何かを悟ったように震え始める。


「婚約破棄は……」


 アルバートは、ギリッと歯を食いしばりながら、言葉を絞り出す。


「……撤回する……」


 当然よね、と私は優雅に微笑んだ。


 ――こうして、私の婚約破棄騒動は、王太子殿下の「撤回」によって幕を閉じた……。


 だが、この話はこれで終わりではない。


 婚約破棄を宣言した王太子の評価は地に落ち、私の株はさらに上がる。そして、この騒動がきっかけで……王宮にはさらなる波乱が巻き起こることになるのだった。



 ***



「侯爵令嬢ソニア・グラント! 君との婚約を、今度こそ破棄する!」


 ――ああ、これはもう遺言でいいわね。


 舞踏会で婚約破棄を撤回した王太子アルバートは、数日後、またもや私に婚約破棄を突きつけた。場所は王宮の大広間。貴族たちが見守る中で、彼は堂々とした態度を装っていたが、その額にはじんわりと汗が滲んでいる。


「……殿下、頭を打ちました?」


「打ってない!!」


 思わず真顔で確認してしまったけれど、アルバートは必死に否定する。いや、正気でこんなことをするなんて、余計に心配なのだけれど。


「この間、婚約破棄を撤回したばかりよね?」


「あ、あれは……その、気の迷いだった!」


「気の迷いで国の未来を左右しないでほしいのだけれど」


 まったく、この王太子、どれだけ学習しないのかしら。


 私はアルバートをじっと見つめた。彼はぐっと口を引き結び、なぜか緊張した様子で立っている。


 ――何か裏があるわね。


「……殿下、何か弱みを握られました?」


「な、なに!? そんなことあるわけが――」


「……図星なのね」


「うっ」


 アルバートは視線を泳がせる。やっぱりね。


 私は軽くため息をついて、周囲を見渡した。貴族たちは興味津々な顔でこのやりとりを見守っている。


「殿下、もしかして……」


 私は少し声を潜めて、彼にそっと近づいた。


「――なにか、甘い言葉を囁かれました?」


「!!?」


 ビクリと肩を跳ねさせるアルバート。なるほど、確定ね。


「たとえば……『殿下はお優しい方ですわ。私のために、どうか自由になってください』とか?」


「な、なんでわかった!?」


「殿下が単純だからよ」


「ぐっ……」


 まあ、予想通りの展開ね。きっとどこかの令嬢が、アルバートに言葉巧みに婚約破棄を促したのだろう。


「それで、今度はどこの令嬢に唆されたのかしら?」


「そ、唆されたわけではない! 彼女は……」


「彼女?」


 アルバートは言い淀む。あら、これはますます面白くなってきたわね。


「……まさか、聖女さま?」


「!!!」


 沈黙が答えだった。


 なるほど、最近王宮に現れた『聖女』とやらが、アルバートに影響を与えたのね。


 聖女――それは突如現れた不思議な力を持つ少女。彼女の涙は傷を癒し、祈りは作物を実らせると言われている。そして、何より――


 王太子アルバートが、異様に庇護している存在だった。


「……ふぅん?」


 私は扇を開き、優雅に口元を隠す。


「殿下、私の婚約破棄を望む理由がわかったわ。でもね」


「な、なんだ?」


「……そんな理由で、また遺言を残すことになるとは思わなかったわ」


「遺言じゃない!!」


「さて、どうかしら?」


 私は彼を見つめる。アルバートは動揺しつつも、何かを振り切るように大きく息を吸い込んだ。


「で、でも! 婚約破棄は、絶対に撤回しない! 今度こそ本気だ!」


 あら、本気なのね?


 ならば、私も少し――


「……そう」


 本気を出してあげないといけないわね。


 周囲の空気が変わる。私が微笑みを深めると、貴族たちは息をのんだ。


「では、殿下。婚約破棄の正式な手続きを進める前に、いくつか確認させていただくことがありますわ」


「な、なんだ?」


「婚約破棄の理由を公表してもよろしいかしら?」


「え……?」


「だって、これは国政に関わる大事な問題ですもの。殿下が聖女に唆されて婚約破棄を決めた、という事実を王宮に広める必要がありますわね?」


「ちょっ……!?」


「さらに、婚約破棄をする場合、私は名誉を守るために相応の賠償を求めます。当然ですわよね?」


「ま、待て!」


 アルバートが顔を引きつらせる。


「何か問題が?」


「そ、それは……」


 彼の顔はみるみる青ざめ、周囲の貴族たちは興味津々で見守っている。


「どうしました? 殿下が本気なら、私は喜んで受け入れますけれど」


「…………」


 アルバートはギリッと歯を食いしばった。


「………………撤回する」


「よろしいですわ」


 私はにっこり微笑んだ。


 ――こうして、二度目の婚約破棄騒動は、王太子の涙目撤回によって幕を閉じたのだった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。気に入りましたら、ブックマーク、感想、評価、いいねをお願いします。

星5評価をいただくと飛んで喜びます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ