表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/32

9.パトロン業


 王都の中心から少し外れに、比較的裕福な平民たちが暮らすエリアがある。賃貸用の居住地と生活に必要な店が立ち並び、貴族たちの居住地とは違う活気のある空気に満ちていた。


 その一角にある三階建てのアパートに入れば、三人の女性が一斉にこちらを見た。一階部分にあるフリースペースは一間になっており、作業用のテーブルやそれぞれの使用している道具が置いてある。


「久しぶり。三人とも、元気かしら?」

「ローズマリア様! お会いしたかったですぅ~!」


 真っ先に我に返った女性が、舌足らずな話し方で突撃してきた。特徴的なピンクブロンドの髪をしている小柄な女性だ。モリーが慌てて彼女を弾き飛ばす。


「あうっ」


 勢いを殺しきれなかったミリアは弾かれて、床にべしゃっと転がった。痛そうだと手を差し出そうと思っているうちに、がばっと顔を上げモリーに抗議する。


「モリー様! 酷い! 痛かったですぅ」

「ミリア、いつも注意しているでしょう!? あなたのその勢いでお嬢さまに抱き着いたら怪我をするわ!」

「まったくよ。嬉しいのはわかるけど」


 モリーの後に言葉を続けたのは、丸い眼鏡をかけたひょろりと背の高い女性。彼女はレナといい、ミリアと同じ画家を目指している。こちらは水彩画だ。ちなみにミリアはパステル。


「いつも騒々しくて申し訳ありません。こちらにどうぞ、お茶を用意します」


 侍女のような濃紺のワンピースにヘッドドレスを付けた少し年嵩の女性が丁寧に頭を下げた。長い黒髪をぴっちりと一つにまとめていて、どこをどう見ても侍女。

 だけど、彼女、ハンナも画家を目指す一人だ。こちらは油絵だ。


「あなたたちは変わらないから、安心するわ」


 結婚する前もした後も、あまり変わらない態度に思わず微笑む。三人は顔を見合わせた。目で何か語っているようだが、誰が聞くか相談しているようにも見える。


「どうしたの? 言いたいことがあればどうぞ」

「……ローズマリア様を不幸にするクズに報復してもいいですかぁ? 色々考えたんですけどぉ、面倒くさいんで、ぐさっといってしまおうかぁって」


 ミリアが目をキラキラに輝かせて、両手をあごに当てておねだりポーズだ。たとえ二十代半ばでも、十分可愛い。

 なのに、なんか言葉が……え、襲撃の相談?


「ミリア、ローズマリア様が引いているわ。ちょっと表現を考えなさい」

「えー、でも。ハンナの持っている不能にするえげつない百の方法の教本よりも、よっぽどいいと思うけどぉ」

「ハンナさん。後でわたしにその教本をこっそり貸してください」


 モリーが何故か食いついた。


「ちょっと落ち着いて。まずは、お茶にしましょう。今日は美味しいお菓子を買ってきたのよ」


 場を落ち着かせようと、菓子の話題を出した。三人は会話をやめ、一斉に動き出した。散らかっていた画材道具を片付け、テーブルにはクロスをかける。


 そしてあっという間にお茶会ができる程度に整った。先に腰を下ろすと、皆それぞれ席に着く。


「ここ数か月、顔を見せられなくてごめんなさいね。また、定期的に訪問するようにするわ」

「ローズマリア様が大変なことはわかっていましたので」


 ハンナが言葉を探しながら、丁寧に告げる。でも聞きたいことはそのことではないはずだ。どうやって切り出そうかと思いめぐらせれば、レナが躊躇いがちに聞いてきた。


「あの……どうして、結婚相手がスティーブ様じゃないんですか? 用意していたお祝いが……」

「レナ! ストレートすぎ!」


 珍しくミリアが突っ込んだ。焦っているのは、それだけ聞きにくいことだからだろう。わたしはにこりと笑みを見せた。


「大丈夫よ、随分と気を遣わせてしまったみたいね。王命でね、スティーブ様との婚約は白紙、今の夫と結婚することになったのよ」

「おう、めい?」


 三人は呆けたような顔になった。そして割れんばかりの奇声を上げる。


「えええー! そんな横暴なことが許されるんですか!?」

「あと半年でしたよね? 準備もそろそろ終盤だって」

「許すまじ……!」


 ちょっと不敬かな、と思うけど、同じようにわたしも感じているから特に注意しなかった。ハンナが淹れてくれたお茶を飲み、ため息をつく。


「貴族は政略結婚を受け入れるものだから、仕方がないのよ」

「そんなぁ。わたし、ローズマリア様とスティーブ様の並んだところを描く予定だったのに!」


 ミリアは眉尻を下げて、嘆く。

 ここの三人はスティーブ様のことを受け入れてくれていたから、わたしたちが結婚しないことになってショックを受けているみたい。


「ありがとう」

「何がですか?」


 レナが不思議そうに首を傾げる。


「わたしたちがとても仲が良かったことを覚えてくれている人がいるのが嬉しくて」


 そう気持ちを話せば、部屋が静まり返った。


「や、や、やっぱり特大の呪いを!」


 レナの反応に、ハンナが何やら怪しげな道具を持ちだしてくる。


「これは、遠く離れた島国の呪術道具で」


 彼女たちの騒動を眺めて、愛されているなぁとしみじみとする。


「うん、元気になれそう。あなたたちの作品を見せてもらえないかしら」


 ここしばらく見ていなかったのだ。時間もたっぷりあったのだから、きっと良いものが沢山あるだろう。そんな気持ちで声を上げれば、三人がすっと視線を逸らした。


「どうしました?」


 不審そうな声を上げたのはモリーだ。


「えっと」

「何もしていなかったわけじゃないんだけど」


 ミリアさえ、もごもごと言っている。


「見せて?」


 圧の強い笑みを浮かべれば、三人は肩を落とした。

 そして、恐る恐る自分たちの作品をわたしに見せる。


「これって」


 余りにも禍々しい作品のそれらに、呆気にとられた。


「だって、結婚相手が違ったし、幸せな噂があればまだよかったけどぉ」

「集めた噂から、相手がクズ夫だと知って」

「至極当然かと」


 ミリア、レナに続き、ハンナがきっぱりと言い切った。


「いい出来ですね。これで本当に呪えたら満点でした」


 モリーさえおかしな判断をする。


「本当にあなたたちは」


 わたしを喜ばせるのが上手だ。こんなにも心配されて、元気になれないわけがない。


「夫がクズでも、やるべきことはやらないとね。あなたたちもちゃんと作品を作ってちょうだい。きっと販路を見つけてみせるから!」


 力強く、彼女たちに約束した。

誤字脱字報告ありがとうございます!

とても助かっています。

信じられないような誤字も多くて自分でもびっくり(;^ω^)

皆様に心から感謝を。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ