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7.少しでも前向きな気持ちに


 エドモンド・フォスター。

 その家名からフォスター公爵家の血縁者だとわかる。フォスター公爵家はライラの母方の実家だ。オレンジ色に見える金髪と琥珀色の瞳から、確かにフォスター公爵家の血筋に多く現れる色。ちなみにライラは黒に近いこげ茶色の髪に青い目のため、見ただけでは血縁者とはわからない。


 エドモンド・フォスター、と記憶の中を探っても、社交界で彼の名前を聞いたことはない。どういうことだろう、と内心訝し気に思いつつも、にこやかに挨拶をする。


「初めまして、オベット公爵夫人。お会いできて光栄です」

「初めまして。ライラのご親族の方ですから、わたしのことはローズマリアとお呼びください」


 プライベートな空間でオベット公爵夫人などと呼ばれたくない。かといって、今さらワーリントン侯爵令嬢もおかしい。なので、名前で呼べと告げる。

 にこにこと圧の強い笑顔で言えば、エドモンド様は驚きに目を丸くした。


「失礼ですけど、新婚ですよね?」

「ええ、新婚です。でも、クズの妻として認識されるなんて鳥肌が立ってしまうんですもの」

「クズ……」


 どうでもいいやり取りを繰り返し、それならば、となんとか納得してもらった。変な顔をしているのは、既婚の貴族夫人が初対面の相手に名前で呼べと言うのだ。多少、常識から外れている。


「エディはね、フォスター公爵家の三男なのよ。これといって継ぐものがないから、好きに生きているの」

「酷い言われ方だ。ちゃんと先を考えて仕事しているよ」


 エドモンド様はライラの乱暴な紹介に困ったような顔をする。


「だって本当でしょう? 社交界にほとんど顔を出さないんですもの。仕事をしているというのなら、人の繋がりは大切にした方がいいわ」

「正論だなぁ。上手くやっているから心配しなくても」

「信じられないわ」


 二人の気安いやり取りを興味深く聞いた。ここしばらく、自分の結婚に気を取られていて、こうした楽しい会話は久しぶり。つい、口を挟んでしまう。


「どのようなお仕事を?」

「貿易商です。本当なら人をやればいいのでしょうけど、他国に足を運ぶのが好きでして。社交は兄たちに任せて、色々な場所へ出かけています」

「まあ、では、何ケ国も訪れたことがおありなのね?」

「ええ。この国に戻ってくるのは一年に二か月ほどです」


 どうりで社交界で見かけないわけだ。どこかの貴族の婿になるよりも、自らの足で立つ。自立する精神はとても立派だ。どこかの誰かとは違って。自分を不幸だと思って陰鬱な顔をしている夫と比べて、エドモンド様は明るく楽し気だ。こうして前向きに働いている人と会話するのは楽しい。


「そういえば、ローズマリアは沢山言葉を学んでいたわね?」

「共通語の他に、二か国語だけよ。どちらも片言しか話せないけどね」

「どこの国の言葉を?」


 この国は共通語が標準であるが、わたしは国交のある二国の言葉を学んでいた。そのことを告げれば、賢い選択だとエドモンド様が頷く。


「片言でもそれだけできるのなら、訪問してみるといいですよ。とても刺激になるし、視野が広くなる」

「そうですね。いつかは訪れたいわ。ただ、こんな結婚をしてしまったから絶望的ですけど」


 そんな話をしているうちに、あっという間に時間が過ぎていく。

 久しぶりの楽しい時間に、自然と笑みが浮かんだ。

 うつうつとした気分で家に引きこもっていたけれど、久しぶりにアパートへ顔を出してもいいかもしれない。


 最後に彼女たちの所へ顔を出したのは、結婚式の一か月前だったはず。

 明日にでも、彼女たちのアパートに顔を出そう。



 久しぶりに街に出る。

 街の中心地から少し離れた場所にわたし名義のアパートを持っていた。これは祖母から受け継いだもので、住むこともしないことから、画家を目指す女性たちに貸し出している。いわゆるパトロンというものだ。


 生活費全般と画家としての活動費を三人の女性に渡していた。画家としては、食べていくことはできていない。

 彼女たちが創り出す作品はとても素晴らしい。もっと何かしてあげられたらいいのだけど、そもそも芸術関係の繋がりがあっても、女性画家というだけで断られる。


 どの国でも、女性が画家としては活躍できない。刺繍や染めを使ったタペストリーなどは女性の領域であるが、同じようにデザインしたものを女性が紙に描くのは受け入れられない。

 まったく不思議な世界である。


「お嬢さま、アパートに行くのなら菓子でも差し入れしては?」

「いいわね。どこがいいかしら?」

「ライラ様の侍女に薦められたお店に行ってみましょう」

「いつの間に」


 モリーはライラの侍女たちと深い交流がある。侍女には侍女たちの情報網があるそうだ。


「喫茶店になっているのよね?」

「そう聞いています」

「じゃあ、食べてから手土産を選びましょう」

「いいんですか!?」


 嬉しそうにモリーが破顔した。


 楽しみにしていた結婚がなくなり、あまり評判のよくないオベット公爵と結婚。

 反発心と、どうしてという気持ちで、どうしようもなくなっていたけれども、世界が終わるわけでも、過去に戻れるわけでもない。


 ようやくそんな前向きな気持ちになっていた。

 もちろん強がりの部分も多い。それでも前を向こうと思えたことが嬉しい。


「お嬢さま、教えてもらったお店はあちらです。一番のお勧めはベリーのケーキとお茶のセットだそうです」


 モリーにぐいぐいと連れられていく。彼女がそのような行動をとることは珍しい。きっと心配していて、わたしの気がまぎれるようにしているのだろう。


「楽しみね。美味しかったら、お母さまにもお土産で買っていきましょう」

「そうですね、奥様も喜ばれます」


 他愛もないことを話しながら、目的の店へと足を向けた。ところが、いくらも進まないうちに、モリーが足を止めた。


「どうしたの?」

「いえ、今日はこちらに行くのは止めた方がいいかもしれないと、今、天啓が」

「ええ?」


 わたしも何となくそちらを見れば、夫がいた。しかもいつものように護衛を連れて。とても柔らかな顔で微笑んでいる。

 モリーが嫌な顔をするわけだ。


「今日は仕事ではないんでしょうかね? 護衛がドレスを着ています」

「護衛でも休みはあるでしょう。いいんじゃない?」


 護衛だと言い張っているけれども、二人の関係は結婚前から恋人同士。

 人目を気にせず行動するのは、彼らの強みだ。


「しかし」


 結婚したのに、とモリーの顔に描いてあった。

 彼女がそういう反応をしてくれるから、わたしは冷静でいられるのかもしれない。


「今日はこちらの方向に進むのは止めましょう」

「そうですね」


 嫌なことはなるべく避ける。

 そんな気持ちで方向を変えたのだが、不運にもオベット公爵と目が合ってしまった。彼は慌てて連れていた護衛の恋人と距離を取る。


「今さら何をしているのかしら?」

「本当ですね」


 見咎めるつもりはないが、これは報告案件。

 離婚も意外と早くできるんじゃないかしら。


 それがなんだかおかしかった。

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