6.友人との茶会
「ローズマリア、待っていたわ!」
嬉しそうに声を弾ませて出迎えたのは、長年の友人のライラ。わたしよりも二つ年上の二十歳。一年ほど前にウィレット公爵家からレイシー伯爵家に嫁いでいる。同じ派閥なので、幼いころからの気安い関係だ。
美しい黒髪を結い上げ、表情も明るく、以前よりもしっとりとした美しさがある。元々色気のある容姿をしていたけれども、結婚してから仕草ひとつにも色香を感じる。
これが愛される女の持つ魅力か。
わたしには一生手に入れられない艶やかさかもしれない。
「ごきげんよう、今日はお招きありがとう。暇だったから、声をかけてくれて嬉しいわ」
なんでわたしだけこうなってしまったのか、とぼやく気持ちを綺麗に隠して、いつもと変わらぬ笑顔を見せた。ライラはじっとわたしを観察してくるけれど、そんな程度で動揺なんて見せない。
「ふうん、いつもと変わらないわね。もっと怒っていると思っていたのに」
「何でそう思うの?」
友人の感想に、思わず首を傾げる。ライラはうふふと笑った。
「あの結婚式の様子を見たらね。不幸に浸るのはあなたの性格ではあり得ないだろうし、怒り狂っているかと」
「あながち間違いではないわ」
長い付き合いなだけある。わたしの性格をよく知っている。
ライラはわたしに椅子に座るように促した。腰を下ろせば、すぐに侍女がお茶を淹れる。湯気とともに爽やかな柑橘系の香りが広がった。わたしの好きなお茶だ。ライラはいつもわたしの好きなものを用意してくれる。
「それで、どうしてあのオベット公爵と結婚することになったの? 結婚式の招待状をもらってびっくりしたのよ。相手が違うんですもの!」
「簡単に言えば、王命」
「まさか!」
「そのまさかよ。信じられないでしょう? 援助が必要なら、ビジネスでいいわよね」
こうして改めて言葉にすると、結婚以外にも方法があっただろうと思う。ライラもそう思ったのか、変な表情だ。
「でも、王命ならば、オベット公爵も気を遣うでしょう?」
普通の人はそう考える。あとでいがみ合うこともあるだろうが、最初はそれなりに歩み寄るだろう。
わたしは声を潜めて、ライラに新婚夫婦の秘密を暴露した。
「それがねぇ。初夜から、お前を愛することはない! と言われたわ」
「ええ! 本当にいるのね、そういうことを言い放つ男性って。物語の中の話だけと思っていたわ」
「びっくりするわよね。当事者のわたしは面白くもないけど」
ぶっちゃけ話から始まった茶会は楽しいものだった。ライラにはオベット公爵家で起こった、「君を愛することはない」から、使用人たちの低レベルの嫌がらせまで、隠すことなくぶちまける。
ライラはひーひーと淑女ではあり得ない声を出して笑い転げる。
「もう、だめ。笑い死にそう」
「楽しんでもらえて、何よりだわ」
わたしの不幸も、こうして笑い飛ばしてしまえば、なんてこともない。
「それで、今は実家で暮らしているの?」
「そうよ。結婚式の翌日には実家に戻ったわ。食事もまずい、使用人たちも質が悪い、夫もイマイチ、わたしがオベット公爵家にいる必要ないわよね?」
こうして冷静になってあげてみても、いいところがなさすぎる。
本人は気付いていないだろうけど。なんというのか、あの家はうちに閉じこもり過ぎて、客観的な視点が失われている。使用人たちも、常識を考えるよりも、オベット公爵を守らなくてはという気持ちだけなのだろう。それがどういうことを引き起こすか理解していない。
「オベット公爵から戻って来いと言われないの?」
「特に何も連絡はないわね。いなくて清々しているのではないかしら」
下手をしたら悪女を追い出したとお祝いをしていそう。簡単に想像ができて、笑いがこみ上げてくる。ライラは遠慮なく聞きにくいことも聞いてきた。
「噂の愛人は屋敷にいるの?」
「いるわね。いつも護衛としてオベット公爵にべったりよ」
「まあ! 常識がないのね、二人とも」
愛人は見せるものではなくて、隠すべきもの。
本来ならば愛人は作るべきではないのだが、それでも政略結婚の多い貴族社会。男も女も、義務さえ果たせば好きにしてもいいという暗黙の了解すらある。
もっとも彼らにとっては、邪魔者はわたしの方。きっと障害物が大きくて、盛り上がっているに違いない。
「義務も果たさないうちから愛人を連れて歩くねぇ」
「護衛だと言い張るから、オベット公爵家は家の中でも常に護衛を連れて歩かなくてはいけないほど危険な屋敷でした、と陛下に報告しておいたわ」
ライラはすごい勢いで体を震わせた。素直に声を出して笑えばいいのに。一口お茶を飲み、一番知りたかったことを切り出した。
「……ところで、スティーブ様、どうしているか、ライラは知っている?」
ライラは私の質問に迷いを見せた。その様子からわたしが期待する状態ではなさそう。それでも知りたかった。じっとライラを見つめれば、彼女は諦めたようにため息をついた。
「――彼は伯爵家嫡男ですもの。年が少し離れてしまうけれども、婚約者候補の令嬢が数人いるらしいわ」
「そう、婚約者候補がもういるのね」
わたしもすでに結婚しているのだから当然のこと。だけども、胸がしくしくと痛む。
やっぱりオベット公爵ではなくて、スティーブ様と結婚したかった。心の中は消化しきれていない、ドロドロとした醜い気持ちが渦巻いている。
ざわめく感情を落ち着かせるために、お茶を一口飲んだ。
「でもスティーブ様は婚約者候補との顔合わせは突っぱねているそうよ」
胸が喜びに騒いだ。
もしかして、まだわたしのことを思ってくれているのかしら。
そこまで考えて、何があってもわたしたちは結ばれないのだと、改めて思い知る。
「落ち込まないで。さあ、このお菓子を食べてみて? 新しいレシピなの」
ライラは落ち込むわたしに、お菓子を載せたお皿を差し出す。ライラに気を遣わせてはいけない。無理やり口角を上げて笑って見せた。そんなことをしているうちに、家令がライラの元にやってきた。
「お嬢さま、お客様が御到着です」
「まあ、間に合ったのね! こちらに呼んでちょうだい」
「誰か来るの?」
「ええ。わたしの従兄弟の従兄弟なのだけどね。仕事でこちらに来ているのよ。あなたに紹介したくて声をかけていたの」
ほとんど他人じゃないかと思ったのは口にしなかった。