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4.お約束と言えばお約束2

 この場に場違いな甲高い女性の声。

 護衛としての衣服を身に纏っていても、長い髪をきっちりと結い上げていたとしても、だ。

 怒りに目を吊り上げている女に、にこやかに声をかけた。


「あら、あなたどなた? 昨夜の夫婦の寝室にもいらしたけど……護衛なのかしら?」

「わたしは……!」


 怒りで使用人の枠を超えていることに気が付いていない。感情をむき出しにして、わたしを睨んでくる。

 ちゃんと噂の愛人を見たのは初めて。昨日の夜は暗くてよくわからなかった。


 どこにでもある褐色の髪に、薄い緑の目。女性にしては背が高く、肉付きが薄い。

 護衛を名乗っているだけあって、背筋はよく、護衛用の服装がよく似合っている。

 妖艶な美女というよりも、中性的な王子といった様子。


 十五、六歳ぐらいの令嬢が騒ぎそうだ。


 彼女が自分のことを名乗ろうとしたが、すぐさまオベット公爵が彼女の口を塞ぐ。後ろから抱えるように腕を回しているのだ、主人と護衛というよりも、無作法を止める恋人同士にしか見えない。


 わたしの目にどのように映るのか、きっと彼はわかっていないんだろう。


「彼女は……護衛だ。今すぐ下げる」

「ケイン、どうして?」

「レベッカ、黙って」


 オベット公爵は苦しそうに言葉を吐く。レベッカは悔しそうに唇を噛みしめた。


 その距離感、二人の作り出すどこか甘ったるい空気。


 ふうん、とわたしはわざとらしく首を傾げた。


「護衛ですって。わたしに怒鳴ったことに対して謝罪を求めますわ」


 本人たちがどう思っていようが、わたしはオベット公爵夫人なのだ。しかも国王が認めた。使用人ごときが、わたしに怒りを向ける。あっていいわけない。


「謝罪だと? そんなもの、必要ない!」


 何故かオベット公爵が怒りを露にした。本当にこの人、高位貴族なのかしら? 親しくしていたとしても、使用人との線引きは必要だ。しかも今問題になっているのは、名目上であってもオベット公爵夫人であるわたしへの態度なのに。


「使用人が当主夫人に無礼を働いたのよ。それとも、このオベット公爵家では使用人の無礼は許されているの?」

「それは」


 使用人の無礼は問題ないのかと聞けば、彼は口籠った。

 素直に愛人が謝罪すれば済む話なのに、彼女は悔しそうに唇を噛みしめて震えている。

 本人も元貴族であったはずなのに、貴族としての常識はどこに行ったのかしら、と不思議に思いつつ話題を変えた。どうせ待っていても、謝罪なんてしないのだ。


「まあいいでしょう。ところで、この屋敷は()()護衛を連れて歩かなければならないほど危険があるのですか?」

「危険など、あるわけない」

「だったら、彼女は何故、初夜の日に夫婦の寝室にもやってきたのです?」


 どんなつもりでやってきたのだろうと、聞いてみた。オベット公爵は口を引き結び、答えない。なので、わたしの推論を口にした。


「答えにくいのかしら? ということは、初夜の立会人ですか?」


 はるか昔、この国には初夜の見届け人制度があった。あまり気持ちの良いものではないが、間違いなく夫婦になったという証明が必要だった時代がある。今は廃れてしまっているが、なくなったわけではない。


「そんなわけあるか!」

「では、どうして昨夜、連れてきたのです? え、やだ。もしかして」


 話しているうちに気が付いてしまった。

 ものすごい性癖があるのかもしれない可能性。


 頭の中に駆け巡るのは、いつだったか、お茶会で披露された異国の文化。なんでも、複数人で愛を確かめ合うことがあるらしい、という貴婦人たちの茶会では時々起こる不道徳な噂話。

 その時にしみじみと言った貴婦人の言葉を思い出した。


 性癖はそれこそ改めることができないものなのよ。


 自分の夫がそのような人には言えないような性癖を持っているかもしれない。

 恐ろしい想像に、思わずぞわりと肌が毛羽立つ。


 わたしの考えていることを察したのだろう、後ろからモリーに腕を引っ張られた。


「お嬢さま、どうぞ落ち着いてください。それは本題ではありません」

「え! ああ、そうよね。ありがとう、モリー」


 冷静になるきっかけをくれたモリーにお礼を言い、大きく息を吸った。オベット公爵も同じくわたしが何を考えたのか、わかったようで苦虫を噛み潰したような顔だ。


「何を勘違いしているかわからないが、彼女は護衛だ。それ以上でも以下でもない」

「わかりました。きっと夜の寝室もお守りしていることでしょう。わたしもオベット公爵にならって、女性の護衛を実家から呼びますわ」


 危険がある屋敷ならば仕方がない。そう納得した。本当はもっと突っつくつもりだったけど、突っつきすぎて変な性癖の巻き添えになりたくない。


「それにしても、本当にこの結婚継続した方がいいのかしら?」


 仕方がないとあきらめるものの、疑問しか残らない。オベット公爵は睨みつけてくる。


「どういう意味だ」

「だって、屋敷でも常に護衛を置かないといけないほど危険、食事も平民以下。その上、使用人たちがこれではねぇ」


 上手く元の話に戻した。

 オベット公爵家をもり立てる気持ちはこれっぽっちもないが、流石に使用人のレベルが低すぎる。心地よく過ごせないのなら、実家に帰りたい。


「まずは父に相談しますわ。オベット公爵家に相応しくない使用人の入れ替えから考えます」

「勝手なことをするな! ここはあなたの家ではない!」

「承知しました。では、現状維持で。わたしは――そうですね、二日に一度、いえ、十日に一度、午前中に顔を出します。彼らの仕事ぶりを父に伝えますわ」

「は?」

「わたしに女主人として家を任せるつもりがないのなら、ここで暮らす必要がありません。顔を出すのは最低限の義務だからです。父に報告するのは、援助する金額を決めるため。能力の足りない者を雇いたければ、オベット公爵がお好きなようにどこからか都合してくださいませ」

 

 先ほどの流れから、口出しはしてほしくないが金は欲しい、とは言えなかったのだろう。プライドが高そうだし。


 オベット公爵は呆然と立ち尽くしていた。

 ちょっとだけ溜飲が下がった。

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