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32.新しい生活、そして隣にいる人


「んー! 海はとても広いわね!」


 船上から見える景色はどこまでも青い海。

 遠くに島影があるものの、それでも海は広かった。


「お嬢さま、日傘もなく甲板に出ないでください」


 モリーが日傘を片手にやってくる。ぷりぷり怒っているものの、それでも柔らかな態度は国から離れたからか。


 オベット公爵がレベッカに刺されて二カ月後、離婚が成立した。

 命に別条がないものの、自由に歩くことができなくなってしまった。媚薬によって体の不調があった上に、短剣で腰を深く傷つけられたことで下半身の運動機能が損なわれてしまったそうだ。寝たきりではなく、介助があれば歩くことはできるらしい。今後のリハビリ次第では、杖があれば一人で歩くことも可能になるそうだ。そこまでの道のりは果てしなく大変だとも聞く。


 ただそんな状態の彼がオベット公爵家を立て直すことは不可能で、とうとう陛下が諦めた。


 つまり私の離婚と、オベット公爵の爵位返上を認めたのだ。

 爵位返上と引き換えに国から相当の金品が支払われた。ただし、そのままオベット公爵や家令に預けたらたちまちなくなってしまうだろうから、今回は管財人を国から派遣したそうだ。オベット公爵は静かな場所で療養しながら生きていく。彼と家族のように過ごしてきた使用人たちがついていくそうだから、今までと変わらぬ生活だ。


 レベッカは平民が上位貴族を害したということで、死刑が確定した。ところが、被害者であるオベット公爵が嘆願したことで、刑が軽くなり北の収容所へ行くことになった。北の収容所は自然が厳しく、当然生活環境も厳しい。労働も科せられるから、不自由ながら甘やかされてきたレベッカにとって死ぬほどつらい生活ではないかと思う。ある意味、死刑よりもはるかに厳しい刑になる。


 離婚したわたしは国にいてもいい縁談もなく、社交界に出ても話題を提供するだけの存在。貴族令嬢としての義務は果たしたのだからとミリアたち三人と国外に移住することにした。


 もちろんすんなりとお父さまの許可が下りたわけではない。泣かれて拗ねられて、面倒くさいおっさんに成り下がった。これが侯爵家当主なのかと呆れるほど、鬱陶しい。


 どうにもならずに、結局最後はエドモンド様を頼った。彼も一年の大半を国外で過ごしている人だ。治安やその国の情勢、また過ごし方など色々知っているし、しっかりと仕事をしていることでお母さまの信頼もある。


 頑なに拒絶していたお父さまだったけど、お母さまが離婚をちらつかせ、さらには陛下からも国外に行く許可をもぎ取ったことで諦めた。心が折れたともいう。ワーリントン侯爵家は一年後にはお兄さまに代替わりすることも決まった。


 王妃様からは陛下の横暴に対する慰謝料という名目で随分大きなお金をいただいた。陛下はあれほどこだわったオベット公爵家が終焉を迎えてしまい、魂が抜けたようになっているそうだ。よほどその初恋の令嬢を思っていたのだろう。王妃様の顔がすごく怖かった。


 こうして色々な後始末をしながら、離婚から半年後。

 わたしは今、海の上にいる。


「エドモンド様はちゃんと準備しているでしょうか?」

「大丈夫でしょう。住むところがあれば、何とでもなるわよ」

「お嬢さまは本当に楽観的なんですから」


 モリーがため息をつくが、大丈夫と言われているのだから信じるしかない。ミリアたちは先に他国に行き、生活をし始めている。


「ああ、とても楽しみね。きっと新しいことだらけよ」


 国にいればワーリントン侯爵家の娘であるが、外に出てしまえば名前による保護力は小さくなる。

 それでも。

 自分で人生を選び取れる喜びの方が大きい。


「あら、島影が見えて来たわ」

「これから行く港でしょうか」


 船が進むたびに、どんどんと海岸線が近くなる。そして沢山の船、にぎわう人々が見えてくる。声までは聞こえてこないが、雰囲気がとても明るい。



「こっちだ、ローズマリア嬢」


 久しぶりにエドモンド様の声を聞いた。彼の声に反応してそちらを見れば、彼は手を大きく振っている。


「ごきげんよう、エドモンド様」

「待っていたよ。船の旅は楽しかったかい?」


 挨拶すれば、エドモンド様は笑顔で出迎えてくれる。

 久しぶりの再会に、思わず頬が緩む。

 彼にどれだけ助けられたことだろう。今もこうして親身になってくれる。


「ええ、とても。揺れも少なくて快適だったわ。ミリアたちは元気かしら?」

「ああ、にぎやかにやっているようだよ。いつ立ち寄っても楽しそうだ」


 彼女たちの大騒ぎする様子が目に浮かぶようだ。


「本当にありがとう。とても感謝しているの」

「あー、そういう純粋な感謝は後ろ暗い僕の心を抉るね」


 彼の遠回しな言い方に、目を見開いた。思わず彼を見上げれば、とても熱のこもった眼差しに出会う。戸惑いと、それから恥ずかしさに頬が熱くなった。


「もしかして、意識している?」


 目を細め、どこか嬉しそうに微笑む。視線をうろつかせ、何とか言葉を絞り出した。


「……ライラから頼まれたから、気を遣って」

「僕はライラから頼まれた程度ではここまで動かないよ」

「……」


 どういうこと、とは問えなかった。エドモンド様がどういう気持ちでいるのか。今はまだはっきりさせたくないという思いが強い。


「困らせた?」

「えっと、もう少し待ってほしい」

「いくらでも。さあ、お手をどうぞ」

「……ありがとう」


 これからどんな生活が待っているのか。

 貴族の娘としてしか生活してこなかったわたしがきちんと生活できるのか。もしかしたら、国に帰りたいと思う日が来るかもしれない。漠然とした不安もあるし、不確かなことが怖いとも思う。

 でも同時に、何にでもなれるかもしれないという期待もあった。


 エドモンド様が差し出した手に自分の手を乗せた。彼がしっかりと握りしめる。

 彼との関係もどうなっていくのか。何もかもが目新しく、経験したことがないほど胸が高鳴る。


 こうして期待と少しの不安を抱きながら、新しい世界へ足を踏み入れた。


Fin.

完結までお付き合いありがとうございます!

楽しんでいただけたら、幸いです。


誤字脱字報告もありがとうございました。とても助かります。

それではまた。よいなろうライフを(^▽^)/

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