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3.お約束と言えばお約束1

 お約束と言えば、お約束。

 オベット公爵家の当主があの態度なのだ。当然、使用人たちの態度もそれにならう。

 翌朝、身支度を整えて食堂へ来てみれば、広いテーブルの上に、冷めた食事がぽつりと置いてあった。

 ちらりと食堂に控えている侍女を見れば、どこか勝ち誇ったような顔をしている。冷えた食事を提供しているだけで、何で勝った気持でいるのか。モリーが今にも侍女に突っかかりそう様子なので、落ち着くように手を振る。


「お嬢さま、止めないでください。今すぐに、温かいものを用意させます」

「大丈夫よ。冷えているだけでしょう? どんなメニューかしらね?」


 控えている侍女に聞こえないほどの声でモリーと会話する。モリーは納得しがたい顔をしていたが、黙ってわたしの後に続く。

 とりあえずどんなものが置いてあるのか。

 好奇心丸出しの顔で、用意されている食事を確認した。


 そこにあるのはパンとスープのみ。


 パンはクロワッサンではなく、平民が主食にする黒パン。栄養価は高いが、貴族の食卓には出てこない逸品だ。今まで見たことはあるが食べたことはない。

 スープもなんだかよくわからない葉っぱが浮いている。スープ自体も黄金色ではなくて、明らかにお湯。ちょっとだけ黒い粒粒が浮いているので、これは胡椒だろうか。

 どちらにしろ、オベット公爵夫人となったわたしが食べるような朝食ではない。ここの使用人たちはわたしに出す食事はないと言いたいのだ。

 経験したことのない嫌がらせに、ちょっとだけワクワクする。


「まあ、びっくりしたわ。没落一歩手前とは聞いてたけれども、これほどまで困窮していたのね。オベット公爵夫人となったわたしの食事が薄いスープと黒パンだけだなんて」


 付き添っているモリーにわざと聞こえるように話せば、彼女は乗ってきた。激高する方向ではなく、心配そうに眉尻を下げている。なかなかの演技力だ。


「どういたしましょうか? ご実家にご相談しますか?」

「そうねぇ。陛下には困ったことがあればいつでも相談しろと言われているのよね。オベット公爵家はわたしの想像以上に困窮していて、食事がすでに平民以下だったと連絡いたしましょう」


 その会話を聞いていた侍女がさっと顔色を悪くする。


「あ、あの。お待ちください。今すぐ、温かいものに取り換えますから」


 侍女がわたしから返事をもらう前に、乱暴に食堂の扉が開いた。そちらに目を向ければ、息を切らしたオベット公爵がいる。朝から見たい顔ではないが、最低限の礼儀として挨拶した。


「あら、おはようございます」

「食事がまずいと文句を言っていると聞いたのだが、どういうことだ」

「まだ食べておりませんが?」


 不思議ないちゃもんを付けられて、首を傾げる。席についていたらその言いがかりもありかもしれないが、この状態では無理だ。


「なんだと?」

「ほら、ごらんのとおり、席にも着いておりませんでしょう? それよりも」


 いい獲物がいたと、内心喜びながらにこにこする。


「オベット公爵家がこれほど困窮しているとは想像しておりませんでした。食料の手配を()()()お願いしておきますね」

「困窮? 一体、何を言って……?」

「どうぞ、わたしに用意された食事をご覧ください。ワーリントン侯爵家で暮らしていたわたしには厳しい食事内容でしてよ。これに慣れることは出来そうにないので、遠慮なく陛下に泣きつくつもりです」


 促されたオベット公爵がテーブルの上に用意してある食事を見る。怪訝そうな顔をしていたが、メニューを確認すると目を大きく見開いた。そして唸るような声を出して、後ろにいる家令を見た。


「この食事はなんだ? これが公爵夫人に出すような朝食なのか?」

「……それは」


 家令は説明できずに、言葉に詰まる。思わず口を挟んでしまった。


「まあ、オベット公爵様の食事とは違いますの? もしかして、使用人と同じ食事なのかしら?」


 そんなことはないだろうと思いながらも聞いてみた。オベット公爵はさっと顔色を悪くした。使用人たちには優しい主のようだ。


「まさか、使用人たちはこのような食事をとっているのか?」

「いえ、そういうわけでは」


 しどろもどろに、家令が言い訳にもなっていない言葉を発する。


「あら、もしかして嫌がらせ?」

「嫌がらせなんて、被害妄想だ」

「では、どうしてこんな食事を用意したの? 説明してくださる?」


 説明を求めれば、家令の顔色は青から白に変わっていく。わたしが泣き寝入りすると思っていたのだろうか。明確な説明をしない限り、この行為は悪意とされてしまう。家令が焦っている様子が面白い。


 わたしのターゲットは別に使用人だけじゃない。にこにこして、この家の主を見つめた。


「どうやら、この家の人たちはわたしに出て行ってもらいたいようです。わたしは別に今すぐにでも離婚しても構わないのですけど」

「あなたこそ、この結婚の意味が分かっていないのではないか?」


 恥も外聞もなく離婚を口にした途端、嬉しそうに揚げ足を取ってくる。

 その程度でわたしがぎゃふんと言うわけないじゃない。


「わかっておりますわよ。王命では結婚まで。もちろん結婚が継続されている間は、ワーリントン侯爵家からの援助は入ります。ですが、その援助はわたしが虐げられている状態で行われるわけがありません。だって、オベット公爵家との縁ができたところで、我が家にはなんの利益もありませんから」


 元々オベット公爵家とは繋がりがなかった。それでも十分以上に発展しているのだ、実家は。

 それをいかにもオベット公爵家との縁が利益に繋がっていると思われているところが不思議。そんな有力な人脈があるのなら、没落一歩手前になんてならないはずだ。


「……あなたが私の子供を産めば、その子供はオベット公爵家を継ぐことができる」


 爵位がすべてとでも言いたいのか、そんな価値のないことを言う。そもそも初夜を拒否したのは誰よ。そういうことをしなければ、子供なんてできないのに。あり得ないことをメリットのように言うのはやめてほしい。でもそれを言って、抱かれたいのだろうと勘違いされるのは癪だ。


「そうですね、そのオベット公爵家が絶大な財産と地位を持っていれば、ありがたいことでしょう。でも、現状、借金ばかりで魅力は何もありませんが」

「その言葉、不敬だろう!」


 蔑んだわけではないが、そう受け取ったのだろう。オベット公爵の後ろに控えていた護衛が声を荒立てた。

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