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29.お祝い


 高ぶる気持ちのまま、エドモンド様にお願いしてミリアたちの住んでいるアパートへとやってきた。突然やってきたわたしに、三人は目を丸くする。


「どうしました? こんな時間に」


 ハンナの疑問はもっとも。わたしは訪問する時は大抵夕方前までの明るい時間帯だ。日が傾いた頃には滅多にやってこない。


 レナとミリアがテーブルに広げていた道具を慌てて片づける。


「ごめんなさいね、どうしても明日まで待てなくて」


 申し訳ないなと思いつつも、弾む気持ちが隠せない。奇麗に片づけられたテーブルにわたしは先ほど受け取った硬貨の入った袋を置いた。


 じゃらりと確かな重みを感じさせる音が鳴る。

 テーブルの上にはお金を入れた袋。ミリアたちは目の前の袋を凝視した。


「美術館の隣にあるギャラリー、知っているでしょう?」

「はい。いつもメタクソに罵ってくる口の悪いオーナーがいますぅ。わたし、いつも傷ついていたんですよねぇ」

「そうそう。女は駄目だとかそういうことを平気で言う彼からよ」


 お金の出どころを告げれば、三人とも理解できないと言った顔だ。


「なんで?」


 ミリアがようやく言えた言葉はそれだけだった。他の二人も驚きに固まっている。


「女性が描いたとは言わずに売りさばいていたみたい。その売り上げ。無名の新人ということで恐らく代金はさほど高くないと思うけど」

「え? あの嫌味野郎が売りさばいた?」


 レナが信じられないと目を大きく見開き、ハンナは無言でお金の入った袋の口を開いた。そして、ひっくり返してテーブルの上にお金を出す。


 じゃらじゃらと硬貨の落ちる音が部屋の中に響いた。てっきり銅貨が多いものだと思っていたが、しっかりと金貨ばかりだ。

 そのあり得ない金額に、ハンナは無言で一枚、手に取った。そして、ガリッと歯を立てる。


「……本物だわ」

「本物?」

「きゃー! 嬉しい!」


 ハンナの呟きにレナが不安そうに聞き返し、ミリアは金貨を両手に掬い上げた。


「これ、本当にわたしたちの絵の代金なんですよね? 信じちゃいますよ」


 ものすごい笑顔でミリアがわたしに確認してくる。ミリアの喜びに、小さく頷いた。


「間違いないわ。エドモンド様も一緒にいたから」


 ちらりと隣に立つエドモンド様を見れば、彼は頷いた。


「君たちに散々、嫌味を言っていたようだが、きちんとギャラリーとしての仕事をしていたのだろう」

「嬉しい、嬉しいです……!」


 三人は手を取り合って喜び合っていたが、そのうち号泣し始めた。それもそうだろう。今まで門前払いや罵倒は当たり前。女性というだけで、門戸は開かれなかった。それがこんな形で認められるとは想像すらしていなかったはず。


 わたしとエドモンド様は少し離れた位置で彼女たちを見守る。これは第一歩で、まだ先は長い。喜びはすぐさま絶望に変わるのではないかと不安になるほど、小さなものだ。それでもやはり希望の光には変わらない。


「――国外からこちらの国に持ち込んだ方がいいかもしれないな」

「どういうことです?」


 エドモンド様の言葉はよくわからず、首をかしげた。ここから正念場であるが、国内でも日の目を見る可能性があるのだ。国外に行かなくても、という気持ちがあった。


「ギャラリーのオーナーが言っていただろう? 国外で成功したら取引したいと。あれは国外で認められた女流画家であれば、問題ないと言っているようなものだ」

「あっ」


 オーナーとの今までの関係性から、彼女たちが認められたという気持ちしかなかったが、先のビジネスを考えればそのようにも受け取れる。


「え? それって、女流画家でもこの国で認められるようになるということ?」


 三人は手を取り合って呆気にとられた顔をする。


「簡単ではないが、そういう道ができてもおかしくはない」


 エドモンド様の何気ない言葉に、胸が熱くなった。無駄じゃないということがすごく嬉しい。


「今日はお祝いね! モリー、ごちそうを用意しましょう!」

「わかりました。手配します」


「ごちそう!」


 歓喜の声を上げたのはミリアだ。元気よく手を上げて、モリーに訴える。


「お肉がたっぷり食べたいです! それから」

「わたしはケーキが。一度、食べられるだけ食べてみたかった」


 そっと手を上げて要望を告げるのはレナだ。それぞれが好きなものをモリーにお願いしている。楽しい様子を眺めて、こちらも嬉しくなってしまう。


「エドモンド様にお礼を言わないと」

「お礼を言われるようなことはしていないよ」


 彼はそう不思議そうに首をかしげる。


「いいえ。あのようにオーナーと冷静に話せたのは初めてなんです」


 いつもわたしは喧嘩腰、あちらは拒絶一択で会話が成立したことはない。あまりにも嫌味ばかり言うので、どうしても言い返したくなってしまうのだ。彼女たちの頑張りを知っているから、なおさら女性だからという一言で拒否する彼の態度が許せなかった。


「僕が役に立ったのなら嬉しいな」

「もし」


 躊躇いが、声を小さくした。エドモンド様は聞き取りにくかったのか、体をかがめてわたしに耳を寄せてくる。


「なに?」

「もし、わたしが国外に移り住みたいと言ったら手を貸してくれますか?」


 驚きに目を見張ったが、すぐに柔らかい笑みになった。


「もちろんだ。僕は先人だからね。後輩には手を貸すよ」

「ふふ。とても心強いわ」

「期待してくれていい。僕はこう見えても金持ちなんだ。秘密だけど」


 秘密と言っているが、少しも秘密ではない。生まれもそうだが、複数国で商売をしている人がお金に困っているはずがない。どのくらいの資産を持っているのかは興味があるが、流石に聞くのはマナー違反だ。


「では、わたしも秘密を教えてしまいますわ。実は、そこそこのお金持ちなんですの」

「へえ?」


 本当なのに、信じていないような顔をする。


「それに、これからお金持ちになる予定ですから」

「彼女たちの成功があれば簡単だね」

「それだけじゃないわ。離婚したら、がっぽりと慰謝料を貰うつもり」


 オベット公爵だけでなく、お父さまとか陛下とか。

 わたしを不幸に陥れた原因から搾り取ってやる。慎ましく遠慮するなんて、絶対にしない。わたしの貴族女性としての価値がなくなったのだから、一人で暮らしていけるぐらいのお金は貰わないと。


 うふふふと不気味に笑うと、エドモンド様はちょっとだけ引いた。

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