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23.オベット公爵家へ


 なんだかんだと、平穏な日々を送っていた。

 オベット公爵がお父さまの所に通い出して三カ月。元々頭がいい人だったのだろう。理論だけじゃなくて、具体的な指摘をし、実地の経験を積むことで、随分と良くなったそうだ。

 オベット公爵が熱心に取り組んでいるから余計に成果が目に見える。彼の生育環境を思えば、こうして導いてくれる大人の男性が必要だったのかもしれない。


 わたしとしては、オベット公爵家が立て直されれば縁が切れるわけで、順調で何よりだ。


「ローズマリア」


 図書室へ行こうと廊下を歩いていたわたしに声をかけたのはオベット公爵だ。すっかり陰りはなくなり、自信が顔に表れるようになっている。変われば変わるものだとしみじみとしつつ。軽くスカートを摘む。


「ごきげんよう」

「その、たまにはオベット公爵家に来ないか?」

「……なぜ?」


 誘われている理由がわからず、首をかしげた。オベット公爵はちょっと気まずそうに視線を逸らす。


「その、オベット公爵家も使用人の入れ替えと、古参の使用人たちの再教育をしている。その成果を……見てもらいたくて」

「わたしが認める必要がありますか?」


 今さらだ。

 結婚当初ならば、前のめり気味に喜んだだろう。だけど、離婚に向かっている今、その必要性があるとは思えない。


「認める必要はない。ないが、君に変化したのだという姿を見てもらいたいという私の希望だ」


 縋るように見つめられて、困ってしまう。

 行くのはそれほど難しくない。だけども、何となく嫌な感じがするのだ。


「駄目だろうか……」

「うっ」


 オベット公爵の自信のなさげな様子に、怯んでしまった。断る自分が悪者になった錯覚すら覚える。


「お嬢さま、オベット公爵家に置いてある家財道具をどうするか決めに行く必要がありますから」


 モリーが迷っているわたしにそっと囁いた。


「家財道具?」

「ええ。結婚当初、あちらに送っているのです。簡単に持ち出せないので、そのままにしてあるので」

「大切なものなのだろうか?」

「大切と言えば大切かしら? 陛下や友人たちにいただいたお祝いの品もあるので」


 結婚祝いなのだが、この結婚が微妙なことになっているので、どうしても引き揚げたいという気持ちはない。ただ、お祝いの品はわたし宛のものだから、置きっぱなしにはしておけないのも事実。


「……わかりました。明日にでもそちらに伺います」

「そうか! わかった、待っている」


 嬉しそうに笑みを見せ、オベット公爵はいつものようにお父さまの執務室へと向かった。その後姿を見送り、ため息をついた。


「初めからあの態度だったら未来が違ったかもしれないわね」

「お嬢さま、ほだされてはいけません」

「やり直すつもりはこれっぽっちもないわよ」


 折角、ミリアたちの未来が開かれようとしている時なのだ。どうでもいい問題で時間を無駄にしたくない。


「オベット公爵家ですべきことは明日、片づけてしまって。わたしはミリアたちの生活を考えないと」

「国外に住んだ状態で、援助はできないのですか?」

「うーん、それってお金を渡すだけと変わらないから、できる限りしたくないわ」


 彼女たちが羽ばたくその姿を是非側で見たい。

 そうなると、わたしも国外に出ることが必要。


 移住しないとしても国外に出る許可をもらうことが、とてつもなく難しい。お母さまはきちんと説明すれば許してくれそうだけども、お父さまがね。案外、娘に対しては頭が固い。


 上手くいくような策を練らなくては。

 それこそ、事業を起こすぐらいの計画書は必要だろう。



 久しぶりのオベット公爵家。

 馬車を降りれば、オベット公爵と家令が出迎えてくれた。こんなこと、結婚して初めてだ。驚いていれば、オベット公爵が嬉しそうに笑った。


「来てくれて嬉しいよ」

「約束しましたから」


 来たくて来たわけではないのに、あまりの歓迎ぶりに違和感を覚える。なんだろうな、と笑顔を崩すことなく考えていれば、違和感の正体が分かった。


「愛……いえ、あなたの恋人、どうしたの?」

「レベッカは今日は出かけてもらっている」


 そうなのだ。いつもこの屋敷にいるときは後ろについていたレベッカがいない。オベット公爵がお父さまの所に来る時は連れてこられないだろうと思って気にしていなかったが、この屋敷でも姿を見ないとなると、不思議な感じだ。


「どうして?」

「話が進まないからだ」


 驚きの返事に、唖然とした。悪いものでも食べたのだろうかと、心配になってくる。


「それでいいの?」

「いいも悪いも……とにかく中に入ろう。お茶を用意している」


 お茶。

 前回来た時には、お湯のようなものが出て来たけれども。わざわざ用意しているというぐらいだから、きっとまともなものが出てくるに違いない。

 ぞくぞくと、背筋に何かが走っていく。何だろう、この気持ちの悪さ。あれほどダメダメだった使用人たちの動きは、一般的な貴族家の使用人と変わらず。

 とても静かに、そして主に忠実に控えている。敵意も好意も見せない態度は合格点だ。

 オベット公爵にエスコートされて、応接室に入る。前回と違って屋敷の中はとても明るく、澄んでいた。掃除が行き届いているのもあるが、趣味の良い絵画や花が飾られていて、とても心地がいい。


 長椅子に腰を下ろすと、すぐに温かいお茶が用意された。花の香りのするお茶は最近王都でも人気のある種類だ。評判が良すぎて、手に入れるのが大変なほど。

 甘い花の香りがふわりと鼻孔をくすぐる。あれこれと考え巡らせているのを中断した。


 今はこのお茶を楽しみたい。


「とても良い香りだわ」

「いくつか試した中で、この香りが一番好きだった」

「わたしは柑橘系の香りのお茶をいつも飲んでいるわ」

「柑橘系か。それは試したことがないな」


 ふうむ、とオベット公爵が考え込む。特に考えることなくすぐに言葉が出た。


「では、今度、侯爵家にいらしたときにでもお出しするわね」

「それは楽しみだ」


 気を遣うことなく、ごく普通の会話ができている。

 わたしの知っている夫とは違うのかと思うほど。お父さま、いえ、お母さまが変な方法で彼の性格矯正していないだろうか、と心配になってくる。


 雑談が一通り終わったところで、お茶を飲み切った。彼もお茶を飲み終わったのを確認してから、切り出した。

 

「そろそろ、部屋に行きたいのだけど」

「ああ、そうだったな。案内しよう」


 案内はいらないんだけど、と思ったが、後で難癖付けられても困る。ここは素直にエスコートされることにした。モリーにもここで待っているようにと告げる。やや不安そうな顔をしていたが、オベット公爵がついてるのだ。流石に侍女が出しゃばるわけにもいかない。


「君が出て行ったあと、部屋はそのままにしてある」

「オベット公爵は入らなかったのですか?」

「もちろんだ。君の部屋だし……女性は勝手に部屋を見られるのを嫌がるだろう?」


 一応夫なのだが、そういうところはちゃんとしているようだ。


「持ち込んだものを引き揚げるだけですから。今日は確認だけするつもりです」


 あとは業者に任せる。

 売り払うことはできないから、領地のどこかの部屋に置くことになるだろう。


 数か月ぶりの自分の部屋ともいえない部屋に入った。

 結婚するにあたって持ち込んだものがそのまま残されていた。ドレス類はすでに持ち出しているので、本当に家具だけだ。


「これならすぐにでも目録が作れるわ」


 いくつか確認していると、がたりと大きな音がした。驚いてそちらを見れば、顔色を悪くしてうずくまるオベット公爵がいた。体を支えるために、テーブルに手をついているが、それもしんどそうだ。


「具合が悪いのですか?」


 慌てて彼によれば、すぐさま手を振り払われた。


「近寄るな!」

「えっ、でも」


 ようやくまともな関係になったと思っていたのに、振り払われてしまった。驚きと、ほんの少しの悲しさがこみ上げてくる。


「違う、君を払いたいわけじゃないんだ。だけど、体がおかしく……」


 荒い息をし始めて、徐々に顔色が赤くなってきた。汗まで出ている。尋常じゃない様子に、人を呼ぼうと扉に駆け寄った。取っ手を握る。


「開かない!?」


 閉ざされた扉、そして尋常じゃない様子のオベット公爵。苦しそうな息遣いに、とにかく首元を緩めようと彼の顔を覗き込む。


 顔を上気させ、潤む瞳、そしてどこか色気のある息遣い。


「え、嘘でしょう?」


 これ、媚薬を盛られている状態では?

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