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20.夫の決意


 オベット公爵家に行かなくなったので、空いた時間で国外に旅行するための準備を始めた。準備と言ってもまずは何が必要なのか、基本的なところから。今まで国外に行きたいと思っていてもそれはぼんやりと思っているだけで、具体的な行動は何もしていなかった。


 今回はミリアたちを連れていくので、貴族の旅行だけでなく平民の立場や旅行についても一緒に調べる必要がある。彼女たちがわたしと一緒にずっと行動するのは無理だからだ。どこの国に行っても貴族と平民にはしっかりとした線引きがあり、どれほど親しくても公で行動できない時もある。


 だからこそ、彼女たちが困らないようにしないといけない。これはわたしの義務だ。


「お嬢さま」


 部屋でエドモンド様から借りた本を読んでいると、モリーが入ってきた。


「オベット公爵よりお手紙が届いております」

「えー、見なくてもいいかしら?」

「必ず返事が欲しいと、ご本人が届けにいらっしゃいました」

「……何をしているのよ、あの人は? え、当主よね? 暇なの?」


 どうして使用人じゃなくて、本人が届けに来ているんだ。


「単に使用人の手が足りないのでは?」

「ああ、その可能性もあるのね。随分と人を減らしているみたいだから」


 お父さまが何をしたかはわからないが、明らかに生活の質が落ちていた。王命に逆らっていると判断されて、援助を下げられているのだと思う。


 苦々しい顔をしたモリーと軽口を叩きながら、手紙の封を切った。中に目を通せば、謝罪の言葉と相談したいという願い事が書いてある。先日と同じだ。


「相談はいいけれども、どうして指定された場所がカフェの個室なのかしら?」

「愛人の乱入を避けるためでは?」


 モリーが何でもないことのように言う。


「ああ、彼女がいると話が進まないからね。そうなると、先日に相談したかった内容かしらね?」

「そりゃあ、没落待ったなしですから。必死になるのも当然です」


 エドモンド様との仕事の話はどうだったか分からないが、こちらに相談に来るくらいだからうまくいかなかったのだろう。


 しばらく考えたが、情報が少なすぎてすぐに考えるのをやめた。

 ペンを取り了承した、と一言書く。それを封筒に入れてモリーに渡した。



「来てくれたのか!」


 指定されたカフェに行けば、すでにオベット公爵が待っていた。彼は大きな音を立てて立ち上がり、嬉しそうに笑う。結婚して以来、こんな顔を見るのは初めてかもしれない。


 わたしにも笑顔を見せることがあるのね、とどうでもいい感想を持つ。


「ごきげんよう。名ばかりでも、夫ですもの。一度は相談内容を聞いてみようかと」

「それでもいい。今まで申し訳なかった」


 手のひら返しの態度に、唖然とした。まじまじと頭を下げるオベット公爵を見つめる。


「頭を上げてくださいませ。どうしたのです、何か悪い病気なのですか?」

「違う。素直に謝罪を受ければいいだろう」


 むっとされて、ああ、この方が安心するとほっと息をついた。


「態度が違い過ぎると、邪推するものです」

「……今のままでは生きていけないことを実感したのだ」


 オベット公爵は小さな声で言った。その声には色々な感情が混ざっていて、わたしもどう反応したらいいのか迷う。わかりきったことであったが、本人が理解しているのだ。そこに追い打ちをかけることはできなかった。


「レベッカも仕事などしたことがないから……」


 お飾りでも本妻を前にして愛人の心配をするってどうなんだろう。結局この男はあまり変わっておらず、ただ生活が耐えがたいレベルに落ちたことでわたしに歩み寄ることにしただけだった。


 微妙な空気になったことを感じたのか、彼は顔を上げるとメニュー表をわたしに差し出した。


「お茶を飲みながら話そう。ケーキは食べるか?」

「いいえ。お茶だけで」


 この男を相手に、スイーツを食べる気にならないのでお茶だけ頼む。店の従業員がお茶を持ってきて、部屋から下がったのを確認してから切り出した。


「それで、相談とは?」

「オベット公爵家を立て直すために手を貸してほしい」


 真剣な顔をしてそう言った。頬に手を当てて、首をかしげる。


「援助金を上げてほしいという話なら、わたしの父に相談してください」

「お金の話ではない。その、実は……フォスター公爵令息についてなんだが」


 もごもごと言いにくそうに説明を始めるが、具体的なことを言わない。しばらく待ってみたが、だんまりだ。


「エドモンド様は大らかな方ですから、謝罪したのなら、面会してくださると思いますけど」

「……まだ謝罪していない」

「まあ!」


 さすがに謝罪していないとは思っていなかった。唖然として、うつむくオベット公爵を見つめる。


「陛下に紹介されなかったから、手紙を出していいものかと悩んでしまい」

「それは……」


 非常識だと責める言葉しか出てこなくて、詰まってしまった。しょんぼりとするオベット公爵を見て、ため息をつく。


「新しい事業の中心であるエドモンド様と挨拶ができなかったから、彼を紹介してほしいということですか」

「そうだ、わかってくれて嬉しい」


 いや、普通にまとめただけだ。なんだか出来の悪い兄を相手にしているように思えてくる。


「エドモンド様に連絡するのは問題ありませんが。オベット公爵は立て直すために何をしています?」

「新しい事業に参画して、そこから立て直しをだな」

「それではダメです」


 ほんわりした構想にダメ出しをした。オベット公爵は驚いたように目を見開く。


「は?」

「そもそもオベット公爵家はどうして傾いてしまったんですか?」

「祖父と父が散財して、資産がなくなったからな」

「原因はそうですね。でも、資産を使ってしまっていても同じ以上に収入があれば、傾かないのですよ」


 理解できていないようで、納得のいかない顔をしている。


「いや、しかし。事業の柱も売りに出さねばならぬほどの借金があって」

「事業の柱であるのなら、借金の形に売るべきではなかった。その事業をさらに発展させて、稼げばよかったのです」


 常識なんだけどね。

 きっとオベット公爵にそういうことを教える人はいなかったのだろう。実は実家に戻ってきてから、オベット公爵家についての調査書を読んだ。


 とにかく酷い。

 オベット公爵は使用人に育てられていた。当然、公爵としての役割なんて表面的なことしか教わっていない。貴族としての在り方とか、考え方とか。あの偏った考え方をする家令が教えていたのなら、程度が知れる。


 だからほんの少しだけ、同情していた。


「借金は確かにない方がいいですけど。お金を生むものを手放しては苦しくなるばかりです」

「そうなのか……」


 がっくりと肩を落とす彼を見て、お節介をすることにした。


「……もしあなたにやる気があるのなら、わたしの父に運営の仕方を教わってはどうでしょうか?」

「どういうことだ?」

「すでに公爵家の当主ですから恥だと思うかもしれません。ですが、今のままでは本当に没落して爵位を失います。そうなる前に、一からきちんと貴族の当主とはどういう存在なのか、理解してもいいのではないでしょうか」


 オベット公爵はしばらく考え込んでいた。今ここで決断できなくともしかたがない。

 何も音のしない部屋でゆっくりとお茶を飲む。すでに温くなってしまっているけれども、前向きな話をしているのだ。この沈黙は悪くない。


「厚かましいとは思うが……お願いしてもいいだろうか?」

「ええ、もちろんです。それでは父から連絡を入れるよう言っておきますね」


 お父さまは引き受けるだろう。なんせ、自分が引き取ってきた面倒ごとだ。きっちりと仕事をしてもらう。

 もう話し合うことはないので、席を立った。モリーが静かに扉を開ける。


「ああ、それから」


 部屋から出る前に振り返った。


「オベット公爵家の立て直しができたら、ぜひともわたしと離婚してください」

「君はぶれないな」


 彼は苦笑して頷いた。

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