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17.夫と話し合いのはずが、愛人の乱入


 久しぶりにオベット公爵家にやってきた。

 失恋の心のケアや両親のごたごたがあって、すっかり足が遠のいていた。そもそもオベット公爵家に来たところで、改善なんてしているわけもなく、使用人たちの態度が変わらないな、と感じればそれで訪問終了。


 今回もそのつもりでいる。

 いちいち確認のためにオベット公爵家に足を運ぶのも面倒だから、改善したら連絡してほしいと言っておくつもりだ。生活に困ってくれば、改善する気にもなるだろう。


「あら、どうしたのかしら? なんだか雰囲気が……」


 そんな呟きが漏れてしまうほど、オベット公爵家は見るからに落ちぶれていた。

 使用人たちの手が行き届いていないのか、屋敷の中はどんよりとしていて、どことなく埃っぽい。窓ガラスは曇っている。もちろん、毎日磨けとは言わないけれども、せめて見えるところぐらいは磨きなさいと言いたい。


「随分と物もなくなりましたね」


 わたしのすぐ後ろで屋敷の中を見ていたモリーがそんなことを言う。


「そう? よく覚えているわね」

「覚えているわけではありません。あそこの壁」


 モリーが指さす方を見る。らせん状につけられた二階へ上がる階段の壁だ。


「壁がどうしたの?」

「よく見てください。うっすらと四角い跡が見えます」


 そう言われて目を凝らせば、確かに色がほんの少しだけ変わっている。全体的に手入れが行き届いておらず、くすんでいるので言われなければ気がつかなかった。


「あそこに絵画が飾られていた証拠です」

「なるほど。モリーはすごいわね」


 探偵並みの洞察力に感心してしまった。モリーは胸を張る。


「このぐらい、どうってことないですよ」

「でも、絵画が売られているということは、わたしが持ち込んだ調度品も売られているんじゃないかしら?」

「……可能性を否定できません」


 そんな話をしていると、つかつかと足音が聞こえた。お喋りをやめて、そちらに顔を向ける。ひどく難しい顔をしたオベット公爵だ。前回会ったのは――ああ、あの不愉快なお互い様愛人宣言をした時だ。あの時も驚き発言をしていたが、今日も驚き発言があるのだろうか。


「ごきげんよう、オベット公爵」

「遅いではないか! 日程はちゃんと守れ」


 挨拶も返さず、吠えている。その勢いに、びっくりして目を瞬いた。


「ええ? お約束していましたか?」

「十日に一度、こちらに来ると言っていたではないか」

「最初はね。ですが、来たところで、誰もが無視するのでいつでもいいかと思っておりました。特に改善する気もないようですしね」


 久しぶりに顔を合わせたと思えば、こちらを責めてくる。その気持ちは一体どんなものなのだろうと不思議に思う。

 何度も同じことを繰り返すつもりはないので、さっさと切り上げることにした。


「それでは、わたしはこれで帰りますね。ごきげんよう」


 にこやかに帰宅を告げれば、オベット公爵がわたしの腕を掴んだ。強めに引っ張られて、たたらを踏む。


「きゃっ」

「ああ、申し訳ない。強く引っ張るつもりはなかったんだ」

「何か用があるのですか?」


 引っ張られた腕をさすりながら、やや怒りの籠った声で聞いた。


「……少し相談が」

「相談、ですか?」


 珍しいこともあるものだ。前回に引き続き、とんでもなく迷惑で明後日な相談ではないかと、内心ため息を漏らした。



 香りもなく、色も薄い。

 これはお茶なのかと首をかしげるほど、お茶の味は感じられなかった。わたしのお茶だけそういうものを用意したのかと考えたが、同じポットからオベット公爵のカップにも注がれていた。つまり、彼のお茶もお湯のようなもの。


 ちらりと目の前に座るオベット公爵を盗み見れば、激高することもなく、顔をしかめることもなく慣れた様子で薄いお茶を飲んでいる。


 もしかしたら経済的に本当に困窮しているのかしら?

 わたしに合わせて演技していると考えてみたものの、そうではないだろうとすぐに否定した。だって、全体的にみすぼらしいのだ。嫁いできたときは、ここまで部屋はくすんでいなかった気がする。どうしたことだろう。モリーにならい探偵のように推理しながら、沈黙していた。


「正直に言おう。君の勝ちだ」


 オベット公爵がお茶を飲み干した後、そう宣言した。なかなか偉そうである。だが、言われたわたしはよくわからない。

 お湯のようなお茶をゆっくりと飲み、時間を稼ぎながら考えた。だが、どうしてそんなセリフが出てきたのか、さっぱりだ。何なら、初夜の宣言よりもよくわからない。


「勝ちってどういうことでしょう?」

「この家は君の好きにしたらいい」


 オベット公爵はとてつもない決意をもって告げる。


「好きに、というのはどのくらいまで?」

「君の思うままに」

「正直に言って、わたしは離婚したいんです。それが叶えばオベット公爵家はいりません。わたしの手には負えませんし」


 嫁いできた時の意気込みはもうない。今はさっさと悪縁を切って、新しい人生に進みたい。色々なしがらみがこの離婚で切れるのなら、何者にでもなれるのではないかという希望がある。


「……離婚は困る」

「そう言われましても」


 わたしだって、婚姻続行は困る。


「見てわかるように、オベット公爵家は傾いている」


 物理でも傾いていそうだわ、と心の中で呟く。


「僕も何もしなかったわけではない。だけど、上手くいかなかった」

「ん? ちょっと待ってください。陛下からオベット公爵へ事業の提案があると聞いていますが。それはどうなったのですか?」


 まだ手を付けていないのか、エドモンド様と引き合わされていないのか。


「それは……」


 歯切れ悪く、彼は視線を自分の膝に落とした。その様子に、ピンとくる。


「まさか、喧嘩を売って終わったんじゃないでしょうね?」

「……」


 そのまさかだった。

 あちゃーと天井を見上げる。


 なんとなく何があったか、わかる。

 陛下に呼ばれて行ったものの、現れたのは自分が妻の愛人と認めた男がいた。話を聞くこともせず、勝手な思い込みで非難してしまったのだろう。

 エドモンド様はわたしの夫だと知っているから、きっと大人の対応をしたはず。なんせ彼は純愛のオベット公爵を認めた男なのだ。小さいことで怒るような人ではない。


「はあ、なんて短絡的な」

「わかっている。怒った陛下からも援助を引き揚げられてしまって……今、屋敷はこんな状態に」

「自業自得ですわね」

「うぐっ」


 弱いところをついてしまったのか、オベット公爵が情けない顔で呻く。


「それで、相談なんだが」


 オベット公爵は意を決した様子で、まっすぐに視線を合わせてきた。いつもどことなく外れていた視線がわたしの目を見つめる。何の先入観もなく見れば、顔は良い。容姿は抜群に整っている。他が残念過ぎて、恋心なんて生まれないけど。


「君を全面的に女主人として認める――」


 すごい、天地がひっくり返った。

 そんな感想を持った時。


 勢いよく扉が開けられた。驚いてそちらを見れば、肩で大きく息をしているレベッカがいる。いつものように髪をまとめておらず、服装もラフなワンピース。完全に部屋着だ。先ほどまで寝ていましたという風情。


「ケイン、やめて! わたしのために信念を曲げないで!」

「レベッカ、仕方がないんだ」


 二人はわたしをまるっと無視して、恋人同士の悲劇的な語らいを始めた。


 一体、何を見せられているのかしら。

 もう帰ってもいいかしら?

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