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14.離婚に向けて父との話し合い、というか母が暴走


 失恋の儀式を終えた翌日、わたしは朝食後、急いで執務室に行こうとするお父さまを捕まえた。

 ここ最近、離婚について話し合いたいと伝えていたのに、時間がとれない、予定が詰まっている、などなど様々な言い訳をして逃げ回っていた。

 さすがにこれ以上引き延ばすわけにはいかない。それで朝食が終わった後に捕まえることにした。


「お父さま、そろそろ離婚について、話し合いたいのですが」

「ローズマリア、これから急ぎの仕事をしなくてはいけなくてな」


 やや顔色悪くそんなことを言う。にっこりと笑って、側にいる家令に声をかけた。


「急ぎの仕事、あるの?」

「いいえ。通常業務だけでございます」

「ですって。娘に時間を取っても許されますわ」


 お父さまは恨みがましい目で家令を睨むが、彼は特に顔色を変えることなく一礼する。


「さあさあ、サロンへ行きましょう? お母さま、お時間があるようなら立ち会っていただきたいのですが」

「ええ、もちろんよ。可愛い娘がコケにされているんですもの。旦那様の意見が聞きたいわ」


 優雅にお茶を飲んでいたお母さまは厳しい目をお父さまに向ける。お父さまの青かった顔色が、白くなっていった。


「いや、その、だな」


 言葉を探しても、なかなか見つからないのか、変な言葉を羅列している。もごもごと言っている間に、お母さまがお茶を飲み終えて立ち上がった。


「あなた、さあ、行きましょう」


 しっかりとお父さまの腕を掴み、サロンへと引きずっていく。その姿を見て、ようやく離婚に向けた話し合いができるとほっとした。



 長椅子に一人、お父さまが座る。その向かいの席にわたしとお母さまが。

 興奮して凶器になってはいけないということで、お茶はナシ。


 お父さまは居心地が悪そうに体を左右に揺らしている。これで本当に侯爵業をしているのだろうか、と疑わしいほど落ち着きがない。何を言われるのか、ちゃんとわかっている証拠ともいえる。


「結婚してもう少しで三カ月です。残念なことに、オベット公爵はこれといって改善することなく、援助したお金で生活をしているだけ。さらには、わたしに愛人がいると勝手に思い込んで、お互いさまを公の場で宣言する始末。離婚します」

「待ってくれ! 離婚はせめて三年……」


 三年、と聞いてやっぱりと頷いた。どうやら、離婚の理由を円満にするために、子供ができなかったためとしたいようだ。


「ほほほ。何のための三年ですの?」


 食いついたのはお母さま。逃がさないと言わんばかりのぎらついた目をお父さまに向けている。


「普通、貴族の離婚は後継が望めなかった場合で……その、あの」


 ばきっと何かが壊れる音がして、お父さまが言葉を濁した。音に驚いてお母さまを見れば、いつの間にか持っていた扇子が真っ二つになっている。恐らくお父さまを叩くために用意していたのだろうが、感情に任せて折ってしまったようだ。


 あとで扇子を差し入れた方がいいかもと、明後日なことを考えてしまう。


「旦那様の考えはよくわかりました。ローズマリアのことを愛していないのですね」

「そんなわけあるか! 娘は可愛い」

「ふうん? 本当かしら? いつまでも陛下との友情を優先して娘を不幸にする。三年して離婚した場合、誹謗中傷されるのはローズマリアです。夫に顧みられなかった妻、もしくは子供ができなかった女というレッテルが貼られるのですよ」


 ひどく現実的なことをお母さまが淡々と話す。その言葉に、お父さまが真っ向から否定した。


「いや、しかし。オベット公爵が恋人を常に側に置いているのは有名な話で、子供ができなくて離婚したとしてもローズマリアが非難されることはないだろうと」

「それを本気で言っているのなら、わたし、あなたと離婚します」

「り、こん?」


 目を見開き、お父さまが固まった。信じられない言葉を聞いたと言わんばかりだ。お母さまは涼しい顔でそんなお父さまを見つめる。


「だってそうでしょう? 娘の誹謗中傷を許すような夫なんていりませんもの。侯爵家が何も行動に起こさないことで、この子はこれから先、どれほど生きにくくなることでしょう。あなたが行動を起こさないのなら、わたしが行動するしかありません」

「は、何を、言って」


 頭が働かなくなってしまったのか、お父さまがわかりやすくポンコツになった。


「父親がオベット公爵に迎合しようとも、母親は断固として抗議して娘を守る。外に向ける態度が娘をほんの少しだけ息をしやすい環境にします」

「お母さま、そこまでわたしのことを思ってくれていたのですね」


 お母さまはわたしの味方になってくれることが多かったけれども、侯爵夫人の椅子を捨ててまで守ってくれるとは思っていなかった。


「もちろんですよ。多少のことなら、我慢しなさいと言いますけど。オベット公爵は常識を突き破り過ぎる。前の婚約を白紙にしてまで結婚する意味があったのか」


 お母さまは交流のある貴族夫人と連絡を取って、婚約白紙を撤回しようとしていた。それが難しくなって結婚することになってしまったけど、こうして離婚することに手を貸してくれる。


 それだけでも、心が温かくなった。絶対の味方がいてくれる、それだけで心強い。


「では、さっそく離婚の手続きを」

「待ってくれ! お願いだ、早まらないでくれ」


 お母さまが立ち上がると、お父さまが復活した。慌ててお母さまの前に回り込み、縋りつく。


「お前のことを愛しているんだ。捨てないでくれ」

「まあ、本当かしら? これほどわたしが娘のために動いてくれとお願いしていたのに全部無視してくれて」

「しかし、陛下との約束が!」


 お父さまにとって陛下は家族よりも優先順位が上。こんな状態になっても、陛下が出てくる。


「そんなこと、知りませんわ」


 お母さまはお父さまの手を振り払った。お父さまは力なくその場に腰を落としてしまう。


「陛下との約束が一番なんでしょう? ローズマリアに我慢しろと言ったのです、あなたも同じだけつらい思いをしたらいい」

「そんな……」

「それに、あなたは調べてもいないかもしれませんけど。オベット公爵がローズマリアの愛人としたのはフォスター公爵家の息子ですよ。勘違いするには、最悪です」


 エドモンド様の名前が出てきて、首を傾げた。勘違いは確かによくないが、警戒するほどなのだろうか。


「フォスター公爵家の息子」

「ええ。しかも貿易を生業にしている三男」


 わかりやすくお父さまの顔色が変わった。


「こうしてはいられない、お詫びを!」


 お父さまは突然立ち上がり、サロンから嵐のように去っていった。


「どういうこと? エドモンド様がどうしたの?」

「彼、貿易の仕事をしているでしょう? 陛下がオベット公爵へ斡旋する案件、フォスター公爵との仕事なのよ」

「へえ」


 そんな仕事相手を愛人と勘違いするなんて、無礼すぎる。

 お父さまが慌てた理由がはっきりして、ざまぁと笑った。


「あ、お母さま、本当に離婚するんですか?」

「んー、どっちでもいいわね。陛下との関係を見直すなら、現状維持。できないなら、そのうち離婚するわ」


 どうやらわたしの知らないところで、まだまだ色々ありそうだ。

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