12.不思議な女性
「おひさしぶり、エディ。楽しい友人がいるのよ、是非、紹介したいと思っているの。いつがいい?」
実家に戻ってきた次の日、遠縁にあたるライラがやってきた。彼女はウィレット侯爵家の令嬢で、フォスター公爵家とは昔から姻戚関係にある。とはいえ、養子である僕とは何の血のつながりもない。それでも年が近いせいなのか、彼女はよく僕に声をかけてきた。
そして、主に国外で暮らしている僕がたまにこの国に戻ってくると、真っ先に声をかけてくる。一体どんな情報網を持っているのだと、いつも舌を巻く相手だ。
「ライラ、今回は仕事のために戻ってきたんだ。悪いが時間は取れない」
「あら、そうなの? でも、ほんの少しでいいのよ」
断っているのに、受け入れるつもりがないのか、にこにことしている。
「もちろん、エディにとってもメリットがあるように考えたわ」
「僕のメリット?」
「ええ。時間を取ってくれたら、おばさまの防波堤になってあげる」
ライラのいうおばさまとは、僕の義母だ。彼女は僕を捕まえてはお見合いの場を設けようとする。いつだってどこぞの令嬢と顔合わせをセッティングする気満々だ。確かに、ライラがそれを阻止してくれるのなら、ありがたい。
「本当だろうな?」
「もちろんよ。今回滞在している間、ずっとよ」
滞在している間、というのは魅力的だった。今まで、義母のお節介を最小限にするために短い期間だけこちらの国に来ていたのだ。もし、二、三カ月、こちらにいることができれば、次の事業の足掛かりができる。
「決まりね! よかったわ」
「そんなに会わせたかったのか?」
「ええ。最近ちょっと不幸続きでね。少し気晴らしを兼ねて」
「僕と会うことが気晴らしになるとは思えないが」
懐疑的な思いで聞けば、ライラは華やかに笑う。
「大丈夫よ。多分、気が合うんじゃないかしら」
「ふうん。そこまで言うのなら、期待しているよ」
ライラの紹介で知り合った人たちは確かに個性豊かで、それでいてのびやかな人が多い。いくつかの契約で助けられたこともある。今回の帰国の理由は仕事なのだが、ライラが勧めるほどの相手に興味が湧いた。空いている時間を教える。
「では、お茶会の招待状を後で送るわね」
「わかった」
すぐさま届いた招待状。
そして、出かけた茶会の日。
友人が、若い女性であることに驚いた。ライラは僕の事情をよく知っているから、女性を紹介することはないのだ。それに、近くに寄れば、つい最近オベット公爵と結婚したと話題になっていた女性だった。
柔らかな金髪に、穏やかな緑の目。落ち着きのあるボルドー色のドレスは彼女の肌の白さを際立たせていた。
「初めまして、オベット公爵夫人。お会いできて光栄です」
そう挨拶すれば、オベット公爵夫人はにこりと微笑んだ。誰もが見とれるほど美しい笑みだが、目が全く笑っていない。冷たい氷でも飛んできそうなほど冷ややかな目だ。
何か不味いことを言ったのか、と背筋に汗が流れたが、気合を入れていつもと変わらぬ態度を維持する。
「初めまして。ライラのご親族の方ですから、わたしのことはローズマリアとお呼びください」
彼女は氷のような空気を消すと、そう言いながら手を差し出してきた。彼女の差し出した手を握りながら、困惑する。
「しかし」
「クズの妻として認識されるなんて鳥肌が立ってしまうんですもの」
「クズ……」
本当にいいのかと、何度も確認し、ローズマリア夫人と呼ぶことにした。
ローズマリア夫人は流石ライラの友人だけあって、話題が豊富だった。女性に貿易や他国の習慣などの話をすると、大抵つまらない顔をされる。それなのに、彼女は好奇心旺盛にあれこれと質問してくる。しかも、自分の知識と照らし合わせてくるものだから、話していて面白い。こちらも新しい視点を得られて、頭の中がフル回転する。
次はこの話題を、と思いついたところで。
「あら、時間だわ」
ローズマリア夫人が残念そうに席を立った。
気が付けば、三時間。
あっという間に茶会が終わった。
◆
ローズマリア夫人が帰宅した後も、ライラの屋敷に残っていた。侍女が新しいお茶を用意してくれる。
「ローズマリア、面白いでしょう?」
「ああ、そうだな。あれほど楽しく女性と話せたのは初めてだ」
大げさでもなくそう思ったので、感想を伝えた。
「本当にね、あんなクズにはもったいないのよ」
「……その、理由を聞いてもいいんだろうか」
好奇心だけで聞いているとは思われたくなくて、彼女がどうしてオベット公爵と結婚したのか聞けなかった。オベット公爵は昔から恋人との関係が有名で、そのせいでいくつかの事業がとん挫している。彼は能力はないとは言わないが、すべてが恋人優先で、仕事相手としてはやりにくい相手なのだ。
オベット公爵の評判は恋愛がらみというよりも、仕事がらみから聞いていた。ローズマリア夫人が評判のよくない彼と結婚しなくてはいけない理由が気になってしまう。
「はっきりいえば、親の横暴による犠牲ね。陛下がオベット公爵家を何とかしようとした結果、ローズマリアに目を付けたのよ」
「ローズマリア夫人に立て直しをさせるために?」
「いいえ。さすがにそこまでは求めていなかったはず。ワーリントン侯爵家から援助が入るから、それでどうにかしろということ」
ライラは知っている限りの情報を僕に話した。聞き終わって、ため息が出てしまう。
「クソだな」
「本当にね。親の友情ごっこに巻き込まれて本当に気の毒だわ」
辛らつな言葉をライラは笑顔で吐いた。だがすぐに、憂いのある顔になる。
「でも、相手は陛下ですものね。わたしの実家に頼ったところで、何もできないわ」
「そうなのか?」
「ええ。ローズマリアのお母さま、ワーリントン侯爵夫人と王妃陛下も抗議したらしいのだけど、撤回されなかったと聞くわ」
最悪だ。
きっと陛下も何かをこじらせているのだろう。だが、それに若い令嬢を巻き込んでいいわけがない。
「エディも変な手出しはしないようにね。今はローズマリアも腐っているけど、そのうち自分でどうにかするわよ」
「……しかし」
「んー、それなら彼女が頼ってきたときに手を貸してあげて」
あれほど気持ちの良い人なのだ。彼女が助けを求めてきたら、迷わないだろう。
「そんなことでいいのか?」
「いいのよ。ローズマリアはああ見えて強いのよ」
「まあ、確かに」
結婚した翌日、実家に戻ってくるなんて、なかなかできることではない。実家に絶対的な味方がいることも大きいのだろうが、それでも貴族夫人としては何とか関係改善しようとするのが普通だ。
「あー、なるほど」
そこまで考えて、納得した。
「何がなるほどなの?」
「いや、現状を気にしていないようだから何故かと思ったんだ。夫との仲を改善しようと思わないなら、どうでもいいわけだ」
「改善したいと相談してきたら、目が覚めるまで説教するわよ」
ライラは嫌そうな顔でそう言った。
「オベット公爵の評判は聞いたことはあるが、それほど酷いのか?」
「酷いなんてもんじゃないわ」
そこからライラの情報をさらに聞く羽目になった。




