11.植物園での散策
モリーを連れて植物園の整備された散歩道をゆったりとした足取りで歩く。
実家にいてもつまらないし、オベット公爵家に行くのも気が進まない。絵画の進捗確認というのもあるけど、彼女たちと交流を再開してからまだ一週間。時間を空けずにアパートに行くのは作業の邪魔だろう。
その結果、わたしは植物園での散策をすることにした。適度な運動になるし、外で動くと内に向きがちな気持ちがある程度緩和される。
時折、美しい花を見つけ足を止めながら、あれこれとこれからのことを考える。
ライラとエドモンド様に宣言した通り、わたしは離婚に向けて動き始めた。念のため、お父さまにも言ってみたが、もうちょっと頑張ってほしいと懇願されてしまった。
オベット公爵家の立て直しを目的とした結婚なのに、援助しても立て直す気が全くないからね、あの夫は。援助を生活費に充てるだけで、領地のために使おうという気がない。新しい人を入れようとしても、拒絶一択だし。お父さまも自分の選択を後悔すればいいのだ。
「お父さまにとって結婚は仕事のひとつなんでしょうね」
「お嬢さま、それを旦那様に告げると、奥様が恐ろしい行動に出そうですが」
「だって、娘が不幸な結婚をしているから、助けてほしいと言っているのに、頑張ってほしいと返すような人なのよ? お母さまが縁を切ろうと思っても仕方がないわよね」
お父さまは心底お母さまに惚れているから、貴族としての義務だからとお母さまに笑顔で前面に押し出されてしまったら心臓が止まってしまうかもしれない。
でも跡取りであるお兄さまもいるし、それでもいいんじゃないかしら?
そんな薄情なことを思いつつ、ゆっくりと歩く。
「……旦那様はお嬢さまを蔑ろにし過ぎです」
「そう? でも、侯爵家の当主なんだから、ああいうものじゃない? 愛人がいるからと妻になることを放棄し、離婚しようとしているわたしの方がこらえ性がないと思われるはずよ」
とはいえ、あんな夫と関係を再構築するのは嫌だ。
「でも、どうするのです? 旦那様の許可なく離縁することなど、できるんでしょうか?」
「時間をかければ可能よ。白い結婚なのは間違いないのだから」
「ですが、その白い結婚の証明が難しいのでは?」
「大丈夫よ。ちょっと突っつけば、オベット公爵は自分で話してしまいそうだわ」
うふふ、と笑う。だけど、モリーは懐疑的だ。
「……オベット公爵から言葉を貰うのは簡単かもしれませんが、第三者からは難しいと思います」
「オベット公爵の純愛を応援している使用人がいるじゃない」
「ですから、あの家の使用人は白い結婚の証言はしないのでは?」
使用人としてもわたしは気に入らないけど、わたしがいることで入る援助は欲しい人たち。オベット公爵が純愛を貫いたとしても、第三者が否定する可能性がある。追い出すほど嫌っているのだから、と思っていたけれども、身勝手に考えればそういうこともあるのかもしれない。
「うーん、否定できない。どうしようかしら?」
「すでに別居状態ですから、証拠だけでも集めておきましょう」
それで離婚の話は終わった。その後は散策しながら、ミリアたちの話へと移っていく。憂鬱な話よりもミリアたちの話は楽しい。
「社会に受け入れられさえすれば、彼女たちの絵はすぐにでも人気になると思うのだけど」
ぼやけば、モリーが思いついたようにポンと手のひらを打った。
「フォスター様に頼ってみてはどうでしょう?」
「エドモンド様に? 突然、何故?」
「貿易の仕事をしているとおっしゃっていたので。もしかしたら、女性画家を受け入れてくれる国があるかもしれません」
この国が駄目なら、他の国に行く。
単純であるが、国が変われば常識が変わる。ここは王政なので、王族と貴族が強い国だ。だけども、共和制を取っている国もある。文化の違いまで調べていなかったから、その可能性を考えたことはなかった。
「一度、彼に聞いてみてもいいわね」
「是非とも。彼女たちの活躍できる場所ができれば……」
モリーが何かを見つけ、言葉を切った。その分かりやすい変化に、思わずそちらを見てしまう。
「スティーブ様」
スティーブとは最後にあった時から八カ月。何も変わっていない。すらりとした体つきも、穏やかな笑みも。優しい薄茶色の髪は柔らかく、髪よりも少し濃い茶色の目は温かく。
彼は一人ではなかった。
わたしに向けていた微笑みを、知らない令嬢に向けている。わたしよりも年下のようで、大人になり切れていない初々しさがある。家族ではない男性にエスコートされて外出するのが初めてなのだろう。頬を染めて、恥ずかしそうにしている。それでもしっかりと手をスティーブに預け、心持ち距離が近い。
ああそうか。
彼も歩き始めたのだ。最後に会った苦しそうな顔ではなく、柔らかな笑みを浮かべられるようになっている。
これから先、もう二度とわたしに向けられることのない笑顔。
離婚したら、彼がまだ一人なら。そんな期待が心のどこかにあった。
的外れで、とても間抜けで、そして無様だ。
目の前がぼやけた。慌てて目を瞬き、涙を散らした。
「お嬢さま、こちらに」
「ええ」
モリーに促されて、彼らとは逆の方向に足を動かした。なるべく音を立てないように、そしてわたしの存在を気付かれないように。
胸が苦しく、目の奥が熱い。でもここで涙を流したくない。
彼に感情をむき出しにした顔を見られたくない。その気持ちだけで、モリーに支えられながら人気のない場所へと移動する。
「ローズマリア夫人、具合が悪いのか」
どれほど進んだあたりか、やや驚きを含んだ声がした。ゆっくりと顔を上げれば、そこにはエドモンド様がいる。彼も息抜きなのだろうか、普段ライラのお茶会で見るような華やかな服装ではなく、シンプルなダークグレーの外出着だ。
「ええ、少し。あの、ごめんなさい。屋敷に戻りたくて」
支離滅裂で、まとまらないまま言葉を吐きだす。とにかくここから離れたい一心だった。エドモンド様はわたしの態度に驚いた顔をするが、そんなことを気にしていられない。
早くしないと、胸の奥にある苦しみが涙として出てきてしまう。
「失礼」
彼は上着を脱ぐと、わたしの頭から被せた。誰にも顔を見られないようにすると、そのまま横抱きにする。
「えっ……」
「誰も見ていない。屋敷に送り届けるだけだ。モリーだったな? 早くこちらに。今なら誰にも見られずに馬車までたどり着ける」
外の世界を遮断されて、ついに涙が零れ落ちた。




