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10.理解できないのは悪なのか

 オベット公爵家に行けば、珍しく夫がいた。

 結婚してから二カ月、すでに五回ほどこちらに通っているが遭遇するのは初めてのこと。


 珍しいこともあるものだと驚いていれば、オベット公爵は不機嫌な顔で声をかけてきた。


「君に言っておきたいことがある」

「なんでしょうか?」

「彼女、レベッカは私の愛する人だ。彼女を害することは許さない」


 あまりにも飛ばした内容に、眩暈がした。

 だが、ここで怯んでいるわけにもいかない。ぐっと腹に力を入れ、顔を上げる。


「それは、何のための宣言です?」

「何のため?」


 わたしの質問が予想外だったのか、戸惑いを見せた。この男は本当に二十五歳なのだろうか。政略とはいえ、妻に愛人を宣言する。それが何を意味するのか。


 もし、わたしがオベット公爵のことを少しでも愛していたり、よりよい環境にしようとしているのなら意味があるだろう。

 だけど、わたしは今すぐにでも離縁しても構わないという前向きな気持ちを持っている。そもそも、仲良くなって家族になろうという思いは、あの初夜の日に奇麗さっぱりなくなった。


「そちらの女性が護衛ではなく恋人であることはわかっていました。初夜の日だって、夫婦の寝室まで入ってくるような方ですもの。正直に言えば、離縁したいんだなという感想しかありません。そんなわたしが今さらそちらの女性に何かしようと思います?」

「わからないじゃないか。正妻のプライドが傷つくとどんな行動にでるのか」

「プライドが傷つく行為だということはわかっているんですね。ああ、よかった。てっきり常識がない方たちかと」


 笑みを浮かべ、チクリと嫌味を言った。オベット公爵はむっとした様子で口を閉じる。


「愛人宣言をしたのですから、もう離縁でいいですね」

「離縁はしない。君も愛人を作っているんだ、援助もしてもらう」


 愛人を作っていると言われて、面食らってしまった。


「はい? わたしに愛人ですか?」

「この間、男と一緒に出かけていただろう」


 この間、とは?

 ぱっと思いついたのは、先日、ライラの遠縁であるエドモンド様とたまたま街で出会った時だ。モリーと一緒に買い物に出た時に、ばったりとであった。エドモンド様は人気の店に入ってみたいと言ったので、付き合ったのだ。


 それをどこかで見ていて、愛人だと判断したのだろう。同じテーブルにはモリーもいたし、愛人との逢引きのような雰囲気は全くなかったはずなのだが。頭痛が痛いと、訳の分からないことを思いながら、ため息を押し殺した。


「君の愛人を認めるから、君も彼女を認めてほしい。これならば平等だろう」


 平等というのかそれって。


「あまり健全な関係ではありませんね。援助のことを含め、父に相談しますわ」


 もう面倒くさくて、元凶となった父に丸投げすることに決めた。



「面白い感性をしているんだね、君のご主人は」


 オベット公爵と頭の痛い会話をしてから数日後、ライラに呼ばれて訪問すれば、彼女だけでなくエドモンド様も待っていた。彼の面白そうな表情をみて、ため息が出る。


「もしかして、突撃されました?」

「紳士クラブでね。はは、びっくりしたよ。公の場で愛人として認めるとか言い出すから。色々なことを経験したつもりだったけど、流石にこれは一度もなかったパターンだ」


 その時のことを思い出したのか、エドモンド様は腹を抱えて笑っている。声を出さないのは一応気を遣っているからなのか。


「大声で笑ってくださってもいいのに」

「いや、申し訳ない。なんというのか、純粋? 独特? な感性の持ち主で。友人たちも楽しんでいたよ」


 言葉ってすごい。

 わたしだったら、罵る言葉しか出てこない。


「ねえ、どういうことなの? エドモンド様とそういう関係になったの?」

「違うわよ。たまたま街で会ったので、一緒にお茶を飲んだだけ。しかもオープンテラスでよ。同じテーブルにモリーもいたわ」

「え、それだけで愛人認定されたの?」


 ライラは驚いた顔をする。


「ええ。わたしも言われた時、何を言っているのかさっぱり理解できなかったわ」

「お互いに愛人を作っても許されるのは、義務を果たしてからでしょうにね」

「やめてよ。今さら、気持ち悪い」


 その気になられても困るので、ライラに釘を刺した。煽るような余計なことをしないように。ライラは悪戯がバレたような顔をしているので、何かしら噂を仕込もうと思っていたのだろう。

 油断も隙もない。面倒なのはわたしなのに。


「でもそれだけ純粋に恋人を思い続けられるのはすごいことだと思うけど。逆に認めてあげたらいいのにな」


 エドモンド様は笑いを収めると、そんなことを言い始める。

 オベット公爵家の跡取りがいないことが問題であるが、オベット公爵自身は爵位には頓着がない。もっとも、貴族でなくなったら真っ先に生きていけなくなる人だとは思うが。そういう傲慢さは持ち合わせていた。


 貴族のままで、愛した女性と結婚したい。

 身分が合えば、よかっただけの話。元貴族であっても、お金を積んで家格の合う貴族の養子になる手もあったはずなのだ。それすらもしないのだから、気持ちばかりで現実を見ていないのだといつも感じてしまう。


「オベット公爵家でなければ、やりようがあったけれども。陛下がねぇ、一番の問題なのよ」


 おかげで、未だにお父さまに離縁を渋られている状況だ。


「陛下?」

「なんでも、陛下の初恋の令嬢の実家だそうよ」

「ああ、その話、聞いたことがあるわ」


 ライラも思い当たる情報があったようで、うんうんと頷く。


「もう亡くなっているのだけど。その彼女が他国の貴族に嫁ぐときに、実家をよろしく頼むとお願いしたみたい」


 詳しい事情は知らない。ただ繋ぎ合わせると、前オベット公爵の姉君で、陛下の初恋であったそう。他国に嫁いだみたいだが、父親が駄目で、弟が駄目で、陛下とお父さまに没落しないようにお願いしたようだ。

 しかも他国に嫁いだ理由が支度金狙いだ。陛下と結婚できなかったのは莫大な借金と無能な父親がいたため。なんとも悲しすぎる。


 同情する気持ちはあるけど、こういう情による繋がりでわたしの人生を滅茶苦茶にしないでほしい。

 思わぬところで、怒りが再燃する。


「じゃあ、ローズマリアはずっとこのままなの?」

「冗談じゃないわ。このままずるずるしても、時間の無駄。そろそろ動くつもりよ。お父さまもこの件に関しては頼りにならないし。男の友情ってサイテーだわ」


 煮え切らない態度のお父さまを思い出し、怒りがこみ上げてくる。辛うじて援助額は下げてくれているが、わたしが言わなかったら絶対に全額援助している。


「動くって……離縁は何とかなってもその後のことを具体的に決めているのか?」


 エドモンド様が心配そうに聞いてくる。


「いいえ」


 自信満々に胸を張った。彼は困惑した様子で、わたしを見つめる。


「まずは、離婚してから考えるつもり。なんとかなるわよ」

「ローズマリアらしいわね」


 ライラは呆れを隠さなかった。

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