家族
「どうしてあの場で、すぐにハイと言わなかったのだ」
自宅へと向かう馬車の中で、父がしかめっ面で言った。
「王子妃だぞ。シャンティの縁談を邪魔しておいて断るなど。お前はつくづく勝手な奴だな。もっと家のことを考えろ」
別に断ってはいないが、先延ばしにしたのは事実なので反論しない。
「大体、勝手に家出して、あんな手紙一つよこして、もう帰りませんって。母さんはショックで寝こんで、仕事をやめたんだぞ」
えっと驚いた。
「今も寝こんで?」
「今は回復してる。お前が顔を見せればなお元気になる」
よかった。
父に指摘されて気づいた。確かにわたしは身勝手で、家族のことを頭に置いていなかった。
見た目そっくりな双子でありながら、シャンティは貴重な治癒魔法が使えて、わたしは何の魔法も使えなかった。
シャンティの魔法の才能が発現したのは三歳のときで、それ以降両親はシャンティにばかり期待と関心を向けていたから。
わたしがいくら学業を頑張って成績を上げても、治癒魔法が使えることに比べたら、平凡で取るに足りないことだったのだ。
シャンティに比べて暇だろうからと任された、ウィルフさまの遊び相手というお役目が、ひねくれていたわたしの心を癒やしてくれた。
ウィルフさまはとにかくわたしを褒めてくれた。かわいい、賢い、器用だ、センスがいい。
シャンティと比べられることもなかった。
ウィルフさまの不治の病も聖女なら治せるかもしれないと、シャンティが呼ばれたことも何度かあった。
しかしシャンティの魔法はウィルフさまの病気には効かず、シャンティはあとでひどく愚痴っていた。
「わたしの魔法は、怪我や疲れを癒やすものなの。生まれつきの難病まで治せるわけないっての。無茶ぶりされたって困るわ。無理なものに期待して、盛大にがっかりされる身にもなってほしいわ」
露骨にがっかりしてみせたのはウィルフさまではなく周りの大人たちだったが、それ以来シャンティはウィルフさまのことを嫌っていた。はずなのに……
「シャンティは家のために、ウィルフさまとの縁談を? あんなに嫌っていたのに……」
「こら、滅多なことを言うもんじゃない。シャンティはウィルフさまをお慕いしておる」
「では第二王子のオーティスさまとは……あんなに仲睦まじい感じだったのに」
「第二王子の名は出すな。そうだ、あんなにシャンティと仲睦まじい感じだったのにな。隣国の姫と婚約しやがったんだ。国と国との結びつきを深めるために、っていう大義名分を盾にシャンティを捨てやがった」
不憫だろ、と父は続けた。
「うちのシャンティは聖女だ。貴重な治癒魔法の使い手なんだ。あんまり雑な扱いしてもらっちゃ困る、よその国でも引く手あまたなんだ。ってことをな、遠回しに伝えたら、代わりに第四王子を差し出してきたわけだ」
話しながら父は興奮してきたようだ。鼻息が荒い。
「なのにあの馬鹿王子、二言目にはシャンテル、シャンテル。シャンテルじゃなきゃだめだ、シャンテルじゃなきゃ嫌だっ!ってうるさいから、教えてやったんだ。シャンテルはお前のために身を犠牲にして、もう二度と戻らないとな。暗黒の森に住む魔女に囚われて、もう死んでおるかもしれんと。そしたらあの馬鹿王子、シャンテーーーッルと叫んで、城を飛び出してそのまま……あれでよく戻って来れたな」
最後には感心して、父はこう結んだ。
「だからまあ、お前たちは結婚しろ」
家に着いた頃は夜だったが、母はたくさんのご馳走を作って待ってくれていた。
「ああ、シャンテル。本当にお前なのね。よく戻ってきてくれたわ。夢のよう。母さん、毎日神様にお祈りしてたの、シャンテルに会えますようにって」
「ただいま、お母さん。ごめんなさい、勝手なことをして、心配かけて」
「心配はたくさんしたけど、誇りに思うわ。あなたの行動を。あなたのおかげで、ウィルフさまはあんなにお元気になられたんだもの。今じゃご兄弟の中で一番タフでいらっしゃるわ。ささ、食事にしましょう。食べながら聞きたいわ、あなたの勇敢な冒険物語を」
涙が滲む目尻を拭って、母は晴れやかに笑った。
生まれて初めて、シャンティよりもわたしを見てくれていると感じた。
「あら、そういえばシャンティはお城から一緒に帰って来なかったの?」
「ああ、シャンティは忙しいからな。今晩は国王陛下と特別な任務の打ち合わせとかで。大したもんだよ」
「シャンテルが戻ってきた今日くらい、帰宅させてくれても良いのにねえ」
母は残念がったが、シャンティがいるより気が休まると思ってしまった自分に、少し嫌な気持ちになった。
両親とシャンティよりも、姉妹格差に確執しているのはわたしかもしれない。




