愛と恋
第三王子が帰ったあと、ウィルフさまは少ない荷物をまとめ始めた。
「シャンテル、さっそく城へ帰って正式に婚約を交わそう。ガイア、世話になったな。恩に着るよ」
「国王陛下によろしくお伝えください」
ガイア卿がにっこり笑った。
「結婚式には私も呼んでくださいね」
「ああもちろん。親友を呼ばぬわけがない」
ガイア卿は現在、モルトハウス公爵の治める領地で暮らしているが、学生時代は王都に住み、貴族学院に通っていた。
病気が治り、在籍だけしていた学院へ行けるようになったウィルフさまとは、自然と仲良くなったらしい。
モルトハウス公爵家は王妃さま方の親戚筋なので、ごく自然な流れといえば自然だ。
その上、ガイア卿は要領が良いので、すんなりウィルフさまの懐に入ったと思われる。
二人が結婚式の話で盛り上がっているそばで、わたしは全くピンときていなかった。
結婚………。
わたしとウィルフさまが、結婚?
待って待って、なんだろうこの違和感。しっくりこない感じ。
昨日、ウィルフさまに「相思相愛だな!」と興奮してハグされたときにも、ん?と感じた。
わたしはウィルフさまが好きで、とても大事に思っている。
ウィルフさまもわたしのことが好きで、大事に思ってくれているのが伝わる。
好き合っている同士に違いない。
けどその「好き」って、結婚して夫婦になりたい類いのものだった?
ウィルフさまのおそばで、ウィルフさまをお守りしたいと願うけれど、それって妻として? 全然ピンとこない。
ウィルフさまが好きだ。心から愛しいと思う。幸せでいてほしい。この気持ちに迷いはない。
だけど、ウィルフさまとキスしたり、いちゃいちゃしたり、ということは想像できない。
もしウィルフさまが泣いていたらギュッとしてあげたいし、転んだら手を取ってあげたい。不安がっていたら抱きしめて安心させてあげたい。
だけど、キスしたりいちゃいちゃしたいという考えは浮かばなかった。
「色恋に興味がなさそう」と評されるわたしの、それが本質なのかもしれない。
そういえば、ウィルフさまを愛しく思うことは多々あっても、ドキッとしたりキュンっとしたことは一度もない。
つまり、トキメキがない。
「あの、ウィルフさま……」
ん?と振り返ったウィルフさまは、満面の笑顔だ。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……」
「ウィルフさま、馬車の用意ができたようです」
「悪いなガイア、何から何まで世話になって」
「水くさいことをおっしゃらないでください」
ガイア卿の指図でモルトハウス家の使用人が、私たちの少ない荷物を馬車へ運んでいく様子を目で追った。
どうしよう。このままの流れに乗れば、ウィルフさまと一緒に王城へ向かい、婚約することになってしまう?
それが嫌? いや、嫌じゃないけどちょっと待ってほしいような。困るような、困らないような。
嬉しそうなウィルフさまの勢いに負けてしまう。
「シャンテルは久しぶりの王都帰還だな。もしかして緊張してる?」
「そうですね……そうかもしれません。きっといろいろ変わっているんでしょうね」
「一番変わったのは私だけどな」
冗談ではなさそうだ。確かに。改めてまじまじとウィルフさまを見て、その変貌ぶりを噛みしめた。
ああ、見違えるほど健康的に、見目麗しくなられて……と感慨深くなる。
やっぱりドキッとしたり、キュンっとしたりはしない。ただ愛しさがこみ上げる。
なんだろう、この気持ちは……。親?
親心的な?
「シャンテルも少し痩せたな。あの辺境の森で、魔女のもとでさぞ苦労したんだな。これからは贅沢してほしい。そのためにも、私はやはり王子であるべきだよな」
「私のことはいいんです。痩せたというより、身が引き締まったという感じですし。私のためにではなく、ウィルフさまは王子であられるべきお方だと思います」
「シャンテル……絶対幸せにする。もう二度と私から離れないでくれ。頼むから、そばにいてくれ」
「はい、ウィルフさま」と条件反射のように応じてしまったけれど。
親心から恋心が生まれることって可能だろうか?




