第三王子メルヴィン・ローバトム
翌朝、家と職を見つけるために王都へ行ってくるというウィルフさまを、ガイア卿がやけにしつこく引き止めるなあと思っていたら、客人がやってきた。
ウィルフさまのすぐ上の兄である、第三王子メルヴィンさまだ。
ウィルフさまと同じ美しい金髪だが、ウィルフさまのようにサラサラヘアーではなく、ふんわりした猫っ毛で、瞳の色はヘーゼル。
以前はウィルフさまより背が高かったが、今はウィルフさまのほうが高いのだな、と久しぶりにお目にかかって知った。
「メル……なぜここに?」
「親父が戻って来いってさ。勘当するって、もはや親父の口癖じゃん。真に受けてんじゃねーよ、相変わらずバカなのな、お前って」
スラスラと流れるように言葉を吐くメルヴィンさまは、いつもニヤニヤとにやついた顔をしている。
ウィルフさまが言葉を失ったのを見て、その場に居合わせたガイア卿が慌てて口を挟んだ。
「ウィルフさま、私じゃありませんからね。居場所を知らせたのは。外で目撃されたのでしょう、ウィルフさまはお目立ちになるので。それでこうしてわざわざお迎えにいらしてくださって、ありがたいことですね」
「ありがた迷惑だ」
とウィルフさまは強めの口調で言い放った。
「城へ戻れば、意に介さぬ縁談が待っている。何度も言うが、私はシャンテルとしか結婚したくない。この気持ちを貫けないのならば、王子の身分は捨てる」
「え、何言ってんの」
とメルヴィンさまはへらっと笑った。
「すればいいじゃん、そのシャンテルちゃんとやらと結婚。生きてたんでしょ? 親父たちは、もう死んだと思ってたから反対したんじゃねーの。好きな女が死んだって事実を、わざわざ確認してショック受けるのはお前だし。生きてたんなら万々歳じゃん。親父に報告して、結婚しろってハナシ」
「え!」とウィルフさまは驚いた。
「いいのか、シャンテルと結婚して」
「俺はいいよ。お前が誰と結婚しようが。親父には会って自分で聞け」
終始にやついた笑みを浮かべているメルヴィンさまにわたしは不快感しか覚えなかったが、ウィルフさまは嬉しそうに、
「ああ、分かった。ありがとう、メル」
とお礼さえ述べたので、びっくりした。
相変わらずの素直さと前向きさ。単純とも言えるけれど。
「で、そこの君。君がシャンテルちゃん、だよね? ちょっと二人で話せる? 少しでいい」
空気のように存在感を消していたわたしのほうをばっと振り向いて、メルヴィンさまが言ったので、もっとびっくりした。
戸惑うわたしに、ウィルフさまがすかさず助け舟を出そうとした。
「メル、それはちょっと」
「はい、大丈夫です」
第三王子たっての申し出を断るのは、さすがに不敬だ。少し話すくらいは。
このメルヴィンさまが、わざわざ二人で話したいという内容に興味もわいた。
ウィルフさまとガイア卿が席を外すと、メルヴィンさまは薄ら笑いを浮かべたまま、じっとわたしを見た。
「ほんと、てっきり魔女に殺されたもんだと思ってたけど。よく戻ってきたね」
「ウィルフさまが迎えに来てくださったからです。それに『黒魔女』と噂されているお方は、実際には優しい方でした」
「そう。それにしても大変だったでしょ。アイツの治療薬を求めて、過酷な旅して二年……三年だっけ? よくできたよね、感心するよ。アイツにそこまでの価値ある?」
「もちろんございます」
兄王子のニヤニヤ笑いを引っ込めてやりたくて、力強く答えた。
二年どころか、一生を引き換えにしても良いと本気で思ったのだ。
メルヴィンさまは、ふ、と笑った。
「ありがとう」
一瞬、目と耳を疑ってしまった。
こんなに優しく微笑める人だったろうか。
「メルヴィンさま……少し、雰囲気が変わられましたね」
「あれ、俺のこと前から知ってた?」
「はい。わたしの両親が王城で働いている関係で、わたしも子どもの頃から出入りしておりました。ご病気だったウィルフさまの遊び相手にちょうど良いと、お役目をいただいて」
「ああ、『雇われ友達』ね。いたね、確か。それか。君、お金で何でもするタイプの人間?」
「いいえ。この身と引き換えにしてでもウィルフさまをお助けしたいと思ったのは、たんに好きだからです。ウィルフさまが」
「はは、惚気けられちゃったか。いいね、俺にはいないから。そういう特別に想える相手。それがアイツだなんて、君、相当センス悪いよね。安心したよ」
メルヴィンさまはやっぱり柔らかく微笑んで、「さあて」と話を区切った。
「頼まれた用事は済んだし、もう帰るよ」




