モルトハウス公爵家のガイア卿
「ねえ、ウィルフさまのことなんだけど……」
モルトハウス公爵家の一人息子、ガイア卿はわたしと二人きりになると、そう切り出した。
「王城へ戻るよう、君から説得してよ」
「やはりご迷惑ですか?」
口づけようとしたティーカップを受け皿へ戻し、ガイア卿の表情を窺った。
「迷惑とは思ってない。親友だからね。親友だからこそ、心配しているんだ。世間知らずの第四王子が、王子じゃなくなってやっていけるわけがない」
「それは、やってみないと分からないことです。お言葉ですが、ウィルフさまには無理だと決めつけてここへずっと引き留めているのは、ガイアさまですよ。わたしたちはすぐにでも出て行けます」
「え、分かるでしょ普通に。そうやって君が甘やかしてきたのが、良くないんじゃないの。まあ分かるよ、ハズレ王子とハズレ聖女で、お互いに通ずるものがあった、ってことで? お互いに、かわいそうにって同情しあって傷舐め合って、甘やかして。そういうの全然共感しないし、良くないと思うけど。第一、ウィルフさまはもう以前のハズレ王子じゃない。特効薬が見つかって病気が治って、今はあのとおりだ。君が国を空けている間にね。大好きな君に突然去られてずいぶん落ちこんでたけど、君が決めたことならと無理やり納得した。なのに、また急に現れて振り回すんだな。ハズレ聖女どころか、とんだ悪女、小悪魔だ』
まさかの小悪魔認定に、目をしばたかせた。
昔からずっと「くそマジメ」「可愛げがない」「色恋に興味なさそう」というイメージで見られてきたタイプのわたしだ。
対極にある「魔性の女」認定されたことに驚きと新鮮味を覚えた。
と同時に、冷静に納得した。ああやっぱり、みんな知らないのだな。わたしが国を離れていた本当の理由を。
ウィルフさまに効く秘薬を求める旅に出て、ハイディさまへの一生奉仕と引き換えに、それを手に入れたことを。
大きな顔でドヤるつもりはないけれど、いまのガイア卿の言葉のなかには、どうしても聞き捨てならない部分があった。
「お言葉ですが。わたしはウィルフさまをおかわいそうだと思って、甘やかしたことは一度もございません。ただひたすら、愛しかったからです。持病で苦しいときも、お兄さまがたに意地悪されたときも、指一本思うように動かせないときも、ウィルフさまはくじけず、腐らず、そのときにできる最善のことをなさってきました。そのひたむきさに、頑張り屋さんなところに、幾度心救われたことか。わたしがくじけず、腐らずにやってこられたのは、ひとえにウィルフさまのおかげです」
そ、と言って、ガイア卿はたじろいだ。
「それだったら、なおさら、」
「シャンテルっ!!」
ガイア卿の声をかき消す勢いで叫んだのは、ウィルフさまだった。
仔牛くらいの大きな犬を連れている。何もせずに居候しているのは悪いからと、犬の散歩をかって出て、その散歩から戻ってきたのだ。
「シャンテル、いまの話」
「ウィルフさま、とんでもなく早かったですね! いまの話、どこからお聞きで?」
ガイア卿がすこぶる焦って尋ねた。
ウィルフさまの前では固く封印している毒舌を、思いきり聞かれてしまったのではないかと心配してだろう。
ガイア卿は清々しいほど裏表があるタイプだ。
「え? ウィルフさまはくじけず、腐らずのところから、一言一句聞き逃すまいと立ち聞きしてたけど。シャンテルっ、そんなふうに私のことを思ってくれていたなんて!」
駆け寄ってきたウィルフさまが、両手でわたしを抱きしめた。
「嬉しいよ。感激した。相思相愛だな。結婚しよう。その前にちゃんと家と仕事を見つけないとな。無職の居候じゃプロポーズもできん。すぐに見つける。ガイア、もう少しだけ迷惑をかけるが」
「迷惑だなんてちっとも。もっと甘えてくださって良いんですよ」
さっきとは打って変わり、柔らかい声色でガイア卿が言った。恐るべし裏表。




