ハッピーエンド
それから3ヶ月後、私たちに婚約のお祝いの品を贈りたいと異国の行商人が王城を訪れた。
直接会いたいとゴネているらしい。
「あん? そんなものはお前らで対応すれば良かろう」
ウィルフさまは気を抜くとやはり横柄な態度が表に出る。
特にいまは公務の合間の休憩時間だ。わたしとの時間を邪魔されて面白くないのだろう。
「ウィルフさま」と小声で呼びかけ、袖を引いた。
「特別に用事があるようです。お話を聞いて判断なさっては」
「そうだな、シャンテル。詳細を話せ」
「はっ。その者らは男女二人組で、ハイディ&モーリスと伝えてもらえば分かる、と」
「ハイディ&モーリス!!」
ウィルフさまと声を合わせて復唱した。
「今すぐ会うわ」
「ここにすぐ通せ」
「はっ」
行商人の変装をしていても、ハイディさまはやはりハイディさまで、お変わりなかった。
はききれんばかりのダイナマイトボディが隠しきれていない。
目を見張る変貌ぶりはモーリスだった。
「元気そうで何より」と言ったハイディさまの脇に控えている、寡黙そうな大柄な男がモーリスだとは、言われなければ分からなかっただろう。
わたしとウィルフさまの視線がモーリスに釘付けなことに気づき、ハイディさまはふっと息を吐くように笑った。
「そうか、この姿になって会うのは初めてだったな。モーリスだ。私の作った薬がきいて、骨ばりが取れたよ。少し時間はかかったが」
頭から出ていた牛の角のようなものが引っこみ、角ばっていた顔も丸みが出ている。面長には変わりないが、なかなかの男前だ。
そして全身を覆っていた体毛も薄くなって、人の肌が見える。毛深い部類かもしれないが普通の人間だ。言うなれば、ワイルド系マッチョ。もちろんちゃんと服も着ている。
「良かった。すごいです、さすがハイディさま。ありがとうございます」
「礼には及ばん。シャンテル同様、モーリスもよく働いてくれているからな。私の助けになっている。こちらが礼を言いたいくらいだ」
「そんな、ハイディさまには助けていただいた上、何から何までお世話になってる。俺は一生をかけて恩返しすると心に決めてます」
モーリスが少し照れくさそうに言い、こちらを真っすぐに見た。
「お2人にも感謝してます。ハイディさまと引き合わせてくださって。あのとき、殺さずに生かしてくれて……。天文台で俺が怪我をさせた兵士たちは無事ですか。それが気になって……その償いをどうやってすればいいのか」
ウィルフさまと顔を見合わせた。
ひと呼吸置いて、ウィルフさまが答えた。
「いいよ、そんなの。お前はやっつけたことにしてあるし、兵士たちもみな回復して復帰したところだ。お前は生まれ変わった気持ちで、新しい自分を生きろ」
モーリスは深々と頭を下げた。
「一応な、私たちから品を贈る。これにて全部チャラにしてやるから、シャンテルを世界一幸せにしろよ。この私から奪ったんだからな」
ハイディさまがずいと差し出してきた品物は、大きな水瓶ぐらいの大きさがあった。重さも相当なようだが、モーリスが背負ってきたらしい。すごい馬力だ。わたしよりよっぽど役に立っていそうだ。
ウィルフさまの目が輝いた。見るからに高価な品と分かるものより、見るからに謎なものを発見したとき、ウィルフさまは興奮する。
「大きいな! なんだろう、ワクワクするな」
大きな壺の蓋を開いたウィルフさまは絶句した。
「なんだ、これは……」
壺に手を入れて、ひょいと摘み上げた。白い石のような骨のような、欠片だ。
「ドラゴンのピースだ」
「は?」
「ドラゴンの骨を砕いて削って磨いたピースだ。刻まれた番号どおりに組み立てると、ミニチュアドラゴンが出来上がる。三十年くらい前になにかの際で貰ったものだが、組み立てる気力が全くなくてな。納屋に放置していた」
ハイディさま、それはもはやゴミと呼べるのではと思ったが口に出せないわたしと違い、ウィルフさまは言った。
「すっげーー! いいなコレ、宝物じゃないか。少しづつ組み立てて、絶対完成させるよ。楽しみだ、貴重な品をありがとう!」
ピカピカの笑顔で言うウィルフさまが眩しい。ああ、やっぱりこの純粋さ、子どもっぽさも好きだ。わたしの愛しい王子さま。